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なぜZガンダムのティターンズは負けたのか? 

1 組織が一枚岩ではなかった

一番大きな理由。

総司令官のジャミトフは建前(ジオン残党狩り)と本音(人口の削減)が違いすぎて
彼の思想信条は極めて理解されていなかった。

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そんなジャミトフの真意を知らずに、組織No2のバスクは毒ガスやコロニー落としを敢行。
バスクの独断に対しジャミトフは、シロッコを重用する事で、バスクの抑えにかかる。

シロッコはジャミトフの真意を知っていたようだが、野心高きシロッコは
「女性による統治」のための傍観者であるように振舞う。

組織の中心人物達の目的・理念が全く共有されていない点で、
組織だった行動が取れずに、内部崩壊するのは必然だった。

中心人物達以外も、エマのようにエゥーゴに投降する者もいれば
ヤザンに騙し討ちされたジャマイカンのようなものもいる。
上もバラバラであれば、下もバラバラ傾向にあった。


2 地球上の拠点・キリマンジャロ・ニューギニアの喪失

両拠点を失うことで、シャアの演説へと繋がった


3 シャアのダカール演説

地球連邦に政治的な根回しをしていたジャミトフだったが、
シャアの演説により無効化し、世論はエゥーゴに。
ここでティターンズは連邦政府という後ろ盾を無くした。


4 アクシズとの外交交渉失敗

アクシズと上手く同盟を結んでいれば、エゥーゴを倒せただろうが
ジオンの残党狩りを建前にしているティターンズでは同盟は難しかったのだろう。

一方のエゥーゴはシャアがハマーンに頭を下げたことで一時的に同盟は成立し
グリプス2の核パルスエンジンと、ゼダンの門の破壊に成功する。
同盟は短期間だったが、その間にエゥーゴはティターンズの戦力削減に成功。

持つべきものは昔の彼女である。


5 コロニーレーザーを確保できず

戦局を左右するコロニーレーザーをエゥーゴに握られたのは大きかった。
シロッコはNT能力でも、MS操縦でも、MS設計でも引けを取ることはなかったが、
最後の戦いでのコロニーレーザーを巡る艦隊戦では、ブライトに屈したといえよう。


6 ジェリドがカミーユを「女の名前」と言ってしまったから

歴史的失言の瞬間であった。


まとめ

ジャミトフの本音の元では組織化できないであろうから
ジオン残党狩りという建前でエリート主義を掲げて組織化したら、
優秀な人材もいたが、アクの強い人物達によって内部崩壊した。

組織が続いていくには、他の組織と競争し勝つには
TOPから一番下まで、ある程度理念の共有化ができていないと
内部崩壊して、自滅するという例をティターンズは示したといえる。
 
またティターンズの戦い方を見ると過激なやり方が目立つが
エゥーゴに勝利できたシーンは極めて少ない。
拠点と強力兵器(コロニーレーザー)を次々に失う。
戦術・戦略ともにエゥーゴが勝っていたということだろう。

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[ 2016/08/25 20:47 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

夏コミ新刊「シン・ゴジラ感想本」の紹介 

今回の夏コミ(C90)にて映画「シン・ゴジラ感想本」を頒布します。
原稿タイトルと執筆者、及び概要は以下の通りです。


・シン・ゴジラ―虚構は現実と踊る―おはぎ(@ohagi2334)

・シン・ゴジラ感想―みるとん(@mirutone)

・シン・ゴジラを観た感想―高城剣(@takashiroken)

・パニック映画としての傑作『シン・ゴジラ』―シン・川(@Nikkawa_Nipa)

・まさに日本対ゴジラ―伊川清三(@s_igawa)

・7140秒の奇跡を目にして―ファルナ@グランヴァニア(@falna_ral)

・シン・ゴジラを自己言及的に見てみる―加原メイナ 


「シン・ゴジラ感想本」概要
・頒布日:8月14日(3日目)
・頒布スペース:東ポ14a
・サークル名:失われた何か
・頒布価格:100円


また「シン・ゴジラ感想本」の他に
富野監督を語る同人誌「トミノ・トミノ・トミノ」(新刊)を頒布します。
富野監督の講演会レポートと、Gレコの総括を中心に富野監督語りの本となります。
頒布価格は200円となります。こちらも合わせてよろしくお願いします。
 
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[ 2016/08/11 07:47 ] ニュース | TB(0) | CM(1)

なぜみんな「シン・ゴジラ」を語りたくなるのか?9つのポイント 

なぜ、シン・ゴジラは語りたくなってしまうのか。

1 面白いから
⇒面白い部分を言いたくなる

2 期待を上回ったから
⇒12年ぶりのゴジラ新作、エヴァの庵野監督と樋口監督の二人の存在。

3 現実をシミュレーションした内容だから
⇒現実と比較して語りたくなる(政府の対応等々)

4 政治の問題や、核や原発の問題を扱っているから
⇒今後の社会経済を生きていくときに考えていきたい問題だから

5 他作品の引用が目立つために、引用元と比較したくなり、語る素地を与えてくれる
⇒引用元に思い入れがあるから語りたいのでは

5.5 (5の続きで)エヴァっぽく、庵野監督度が高く感じられるから
⇒エヴァを作ったスタッフのゴジラはどうなのかという視点で語りたくなる

6 ディテールに拘っているから
⇒戦車や兵器描写、政府のシステムについて語りたくなる

7 見る人によっては欠点が目立ち、指摘したくなる
⇒人間ドラマが薄いという指摘は散見される

8 12年ぶりのゴジラの新作だから
⇒ゴジラファンと特撮ファンは期待していたのでは

9 時代性があるから
⇒抽象的だが、シン・ゴジラの内容が今の時代の気分のように感じられるから

以上のように挙げてみた。
いずれにしても、エンタメとして面白かったから語りたくなるのだろうとは思う。
 
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[ 2016/08/02 22:37 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

シン・ゴジラ 感想-ゴジラとは核と映画製作 

シン・ゴジラを見る。面白かった。

キャッチコピーの「現実(ニッポン)と虚構(ゴジラ)」通りの作品。
東京の破壊描写、そして自衛隊とゴジラの戦いのすごさに
涙を流しすぎて鼻水まで垂れてきてしまった。

特に後半のヤシオリ作戦での、土木作業車の大群。
新幹線や電車自体が爆弾になってゴジラに突撃する描写では
ただただ、かっこいいと涙を流しながら見ていた。

ゴジラが起こす東京の破壊に
「もっと破壊を見たい」というカタルシスを感じつつ
一方で「これ以上日本を壊さないでほしい」という
矛盾するような二つの感情を抱きながら見ていた。

現実としては東京の破壊はないことに越したことはないのだが
虚構を楽しみたい観点に立つと、東京の破壊を見たくなる。
一つの感情だけ物語を感じるではなく
複数に抱く感情で同時に揺さぶられる点が、
シン・ゴジラの凄さだったと思う。

庵野監督と樋口監督とゴジラ

ゴジラを引き受けた庵野監督と樋口監督。
並々ならぬ決意があったに違いない。

空想特撮への憧れを強く語るお二人。
特に樋口監督はゴジラに憧れ、
ゴジラの映画製作のアルバイトからキャリアをスタートしただけに、
ゴジラの監督には、強い思いがあったのは推察できる。

また庵野監督は監督のオファー時にうつ病を抱えられていたようだが、
本作を見るに、病も払拭して制作された気概を強く感じられた。
「シン・エヴァ」にも改めて期待したくなった。

空想特撮からエヴァ、エヴァから空想特撮へ

シン・ゴジラはエヴァのような作りにも見える指摘は見られる。
カット割り、テロップの多様には庵野監督の作風を感じられ、
ゴジラを止めるためのヤシオリ作戦は、エヴァのヤシマ作戦を彷彿とさせる。

ただ元々のエヴァがゴジラやウルトラマンといった
空想特撮の手法や精神に影響を受けて作られている点を踏まえれば、
空想特撮(ゴジラ・ウルトラマン)からエヴァが生まれ
エヴァ的なものを注入して、シン・ゴジラ(空想特撮)が生まれたと
見るのが妥当かなと思った。

シン・ゴジラ製作時に出された庵野監督のコメントで
「恩返し」という表現があったが、
主にアニメを中心に活躍されていた庵野監督が
自分なりに培ってきた手法を持ってゴジラを作り
ゴジラに恩返しをした感じられる作りだった。

ゴジラを自己言及的に見てみる-ゴジラは映画製作そのもの

シン・ゴジラを自己言及的に見るとどうなるのか。
それは過去の庵野監督作品は極めて自己言及的な要素が強いからだ。

ゴジラを描く、政府・自衛隊がゴジラを止めるという行為は
特撮映画を作ること(もしくはアニメ製作)そのものなのではないかと思う。

本編で起こる
会議は企画会議、製作プロセスの打ち合わせ
各部署で案を練るのは、脚本や画コンテ、演出プランの打ち合わせ
ゴジラと戦うのは、実制作のような感じで見られるのではないか。

ゴジラにどう対処するにも、一つの映画を作るにも
膨大な人の存在と会議と、組織と組織のシステム構築が必要なのだ。
ゴジラに対処するのも、映画を作るのも一緒であり、つまりは戦争なのである。

例えるなら

東宝=日本政府
ゴジラ製作=ゴジラへの対処
庵野監督=矢口

みたいな見立てもできるかもしれない。

物語の中心にいる矢口は、庵野監督の自己投影先だと思う。
つまりはゴジラが実際に現れたら庵野監督ならこう動くという
存在が矢口だったのではないかと思う。

まとめ シン・ゴジラとは何か

ゴジラとは何か。
それはその時代に生きる我々に核の問題を突きつける存在なのだと思う。

初作の1954年ゴジラと本作の2016年シン・ゴジラでは
時代状況も社会経済のシステムも全く異なる、
しかし核の問題とゴジラが起こす恐怖を常に突きつけている点では同じである。

ゴジラがいつの時代でも人を惹きつけるのは、
決して無縁ではいられない問題を突きつけているからではないかと思った。
核ある限り、ゴジラは存在するのだと。
 
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[ 2016/07/31 21:16 ] ニュース | TB(1) | CM(0)

夏コミ新刊「トミノ・トミノ・トミノ」の紹介  

今回の夏コミ(C90)にて、富野監督を語る同人誌「トミノ・トミノ・トミノ」を頒布します。

<概要>
無題

頒布日:8月14日(3日目)
スペース:東ポ14a
サークル名:失われた何か
ページ数:22P
頒布価格:200円

本の内容/目次は下記の通り。

無題

当日はぜひお越し下さい。
 
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[ 2016/07/24 17:15 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

Zガンダム39話「湖畔」の物語的位置付け 

機動戦士Zガンダム 39話「湖畔」。

湖畔とは、予期せぬ運命的な出会いが訪れる場所。
宇宙と人工的なコロニーとMSと戦艦がひしめく中で
自然を感じさせ、人同士のふれあいが描ける場所。

1stではアムロとララァが始めて出会い、
Zではカミーユとロザミアが始めて出会った。

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これらの出会いは共に悲劇(女の死)に終わる。
カミーユにとってロザミアの死は、
彼の精神崩壊に及ぶプロセスの中での
最後の決定打として見ている。
39話はこの決定打の始まりでもある。

湖畔とセットで押さえておきたいのが
表現における死の象徴に用いられる白鳥だ。
特に1stの空から湖へ下降していく白鳥の姿は
やがて死にゆくララァの姿を重ねていたのだろうか。

Zでも湖畔で白鳥を出した点では、
ロザミアも死にゆく運命をまず提示したかったのか。

また一羽で飛ぶ1st、複数羽で飛ぶZの差に
個人の物語(1st)と、集団の物語(Z)の差があることも見立てられる。

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余談だが、逆襲のシャアのサントラにはSwan (白鳥)という曲がある。
この曲の後半部分がシャアとアムロの戦闘シーンでかかる。
アムロの夢のシーンでララァ=白鳥を連想させつつ、
白鳥の名を冠した曲で二人が戦う。ララァはいつも二人の間にいるのだ。
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また「湖畔」は悩み揺れるシャアの葛藤を描いた話でもあった。

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中立コロニー内にアムロの気配がすると感じてしまったために
流されるままにティターンズと戦闘状態に突入。

本来のシャアであれば、敵のハイザック2機を倒すなど造作もないだろうが
不利な状況と、近くにいたハマーンのプレッシャーを感じたのもあってか
結果的にコロニーを滅茶苦茶にしてしまった。

ダカールの演説が成功に終わり、一つ新しいステップを踏み始めたシャアだが
レコアの件もあってか、本調子にはまだ程遠い感じ。

まとめ

カミーユの新しい出会いと、シャアの苦悩。
どちらの出来事も、湖畔という場所を通して
Zガンダムの悲劇性を積み上げるエピソードの一つとして描かれたと思う。
 
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[ 2016/07/18 18:30 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

「甘々と稲妻」と美味しいご飯 

美味しいご飯を食べれば幸腹になれる。

おかずに手間を加えても、肝心なのはご飯の美味しさ。
本当に美味しいご飯なら、ご飯だけでもペロリと食べられる。
そんな物語が見られたのが「甘々と稲妻」。

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ご飯を美味しそうに食べるつむぎ。
子供(つむぎ)にこんな美味しそうな顔をされたら、
親からすれば、心動かさずにはいられないだろう。
※親視点で見ていました…

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炊き上がった瞬間の米が立っているシーン。
この絵を見ながら「米が立っていて美味しそう」と感動した。

食べ物が美味しそうに見えるかそうでないかは
描き手の資質による部分が大きいのだが、
「甘々と稲妻」の場合は美味しく見える方。

あとはつむぎがご飯を食べるシーンが良かった。

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口の動かし方が上手いなぁと。
あと感動を全身で表しているのも良い。

何より美味しそうに食べているのを見ると、
こっちまで美味しいご飯を食べたくなってしまう。

1話はつむぎも公平も味気ないコンビニ飯も食べていたりと
どこか満たされない感じの食事シーンもあった。
そして公平に思いがある小鳥のご飯が
二人の心を炊き上がるご飯の湯気のように暖かく包みこむことで、
家族を失った公平とつむぎの心を癒していくのだろう。
 
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[ 2016/07/05 21:19 ] ニュース | TB(2) | CM(0)