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うぐぅの歴史 

kanonの月宮あゆの代名詞「うぐぅ」。

kanonとあゆのキャラ人気によって「うぐぅ」は急速に広まった。

そのあゆに先駆けて「うぐぅ」を言ったとされるのは
るろうに剣心の石動雷十太といわれていた。

うぐぅ1
引用元:るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- ジャンプ・コミックス6巻より
(むぐう→うぐうと言う雷十太。雷十太の場合、語尾が強すぎるのか"ううう"と聞こえてしまう。)

剣心に技も敗れ精神的にも追い詰められた雷十太が
「うぐぅ」と叫んだのは明治11年の1878年頃とされている。

月宮あゆは「るろうに剣心」の読者であり
雷十太のシーンを見て「うぐぅ」を覚えた可能性がある。

しかし雷十太よりに先駆けて「うぐぅ」の原型となる言葉「うぐう」を発した方がいた。
「花の慶次」に登場する傾奇者である。

うぐう4
引用元:花の慶次 -雲のかなたに- 集英社文庫4巻より

この傾奇者がいつ「うぐう」と言ったのは定かではないが
豊臣秀吉が小田原征伐より前の話であるため、
1590年より前、1580年代の後半と推察される。

つまり石動雷十太は「花の慶次」の読者であり
傾奇者のシーンを見て「うぐうううう」を覚えた可能性がある。
古流の書を10年かけて解読する雷十太のこと、
花の慶次を読んでもおかしくはない。

結論として「うぐぅ」の歴史及び系譜は以下のようになる。

うぐう5

「うぐぅ」という何気ない言葉も何百年とかけて受け継がれているのだ。
 
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[ 2020/01/12 19:51 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

試合単位で選ぶNBA名勝負10選 

試合単位で選ぶNBA名勝負10選
(レギュラーシーズン・プレイオフは問わない)

nbajordan.jpg

10 2015-2016 February 27 GSW 121 OKC 118



ステフィン・カリーによるディープ3決勝弾試合。
3Pラインから遥か遠くから躊躇なく確信を持って3Pを放つカリーのプレイを見て
3Pラインは前ほど意味をなさなくなる事を予見させる
3P新時代を感じさせる試合だった。

9 2004-05 November 19 DET IND(放棄試合)


通称 パレスの騒乱。NBA史上最大の乱闘。
選手が観客に暴行を加える前代未聞の事態に…

シーズンの中の1試合ではあったが、
乱闘による処分により主力選手の大量離脱に陥った
優勝候補のINDは精彩を欠き、その後のチーム運営を左右する結果となった。

8 1995-96 CON FINAL GAME 2 May 21 CHI 93 ORL 88



ジョーダン・ピペン・ロドマン VS シャック・ペニーの新旧スター対決。
チームとしてのCHIの強さを感じさせた試合。

CHIホームはながら15点リードされてしまうが、
ディフェンスから徐々に点差を詰めて逆転。
ジョーダンもすごいが他の選手もすごい。
特にロドマンはシャックを抑える好DF。

7 2018-19 CON SEMI FINAL GAME 7 May 12 TOR 92 PHI 90


カワイ・レナードによるシリーズを決めた決勝ブザービーター。
セミファイナルレベルで決勝ブザービーターが見られるとは。

リングに当たらずネットに突き刺さるシュートは気持ち良いが、
このブザービーターのように3回?4回とリングにバウンドしてネットに決まるシュートが
こんなにも劇的とは…ということを教えてくれた。

6 1999-00 CON FINAL GAME 7 June 4 LAL 89 POR 84


初優勝を狙うシャックとコービーのLAL。
対するピペン・ウォーレス等のPOR。
3勝3敗でもつれたシリーズ最終戦。

PORが15点リードで引き離すが、
第4QでLALがシャックと脇役の奮闘で巻き返し逆転。
コービーからのシャックへのアリウープは、
2000年代のLAL3連覇の王朝幕開けでもあった。

5 2015-16 April 13 LAL 101 UTA 96


コービーの引退試合。
37歳の高齢。度重なる怪我と勤続疲労による身体の限界。
にも関わらず、引退試合で60点をあげるパフォーマンス。

NBAの選手の引退試合を何度か見たが、
この試合以上にインパクトあるものは中々無い。
60点もすごいがFGを50本試みるのもすごい。
そして試合に勝ったのが何より良かった。

4 2004-05 December 9 HOU 81 SAS 80


2000年代の名スコアラー、マグレディが最も輝いた試合。
NBA史の中でも守り手のボーエンを相手に35秒で13点を挙げて、
逆転に導くのはあまりにも爽快。対するスパーズの呆然ぶりも凄まじい。

3 2015-16 FINAL GAME 7 CLE 92 GSW 89


過去最多のシーズン73勝をあげたGSWがCLEを3勝1敗と追い詰め
ファイナルで1勝3敗から巻き返したチームが過去にない中、
CLEが2連勝して最終戦に持ち込んだ展開。

一進一退の攻防が続く中、
終盤でGSWのイグドラの速攻をレブロンがブロックし、
CLEのアービングが勝負所で3Pを決めCLEの勝利。

故郷に優勝をもたらすため戻ってきたレブロン。
鮮やかな逆転劇による3度目の優勝を勝ち取った
レブロンの評価は不動のものになった。

2 1997-98 June 14 FINAL GAME 6 CHI 87 UTA 86


3勝1敗の王手からホームで敗戦し、敵地での戦い。
シカゴのピペンが腰の怪我で本調子から程遠い状態の中、
ジョーダンが最終戦まで持ち込ませずに勝負を決めた展開。

今でも語り草になるラストショットも含め
その前のマローンからのスティール、
さらにその前のドライブからのレイアップ、
試合最後の30秒間はジョーダンが完全に試合を支配した。

リアルタイムでジョーダンを見られたのは幸せだった。
 
1 2019-2020 October 23 WAS 100 DAL 108



八村塁。NBAシーズン公式戦初試合。14点10Rの堂々のダブルダブル。
日本出身といわれる選手がNBAでドラフトされ
先発を任されるなんて夢にも思わなかった。

八村の今後を大いに期待したい。
願わくば長いキャリアを重ね勝利に貢献できる選手になってほしい。
 
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[ 2019/12/27 21:14 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

Gのレコンギスタ劇場版の見どころ-富野流編集術と元気な作劇について 

Gのレコンギスタ 劇場版 行け!コア・ファイターを視聴。
令和になっても富野監督作品が見られてただただ嬉しい。

greko.jpg


はじめに

私のとってTV版のGレコは
富野由悠季の「科学技術と社会経済の視点から見た世界に対する研究論文」という位置づけだ。

劇場版は主にアイーダ・ベルリの独白や(心情)描写のシーン、
互いが互いに触れてどう感じどう思っているのかを盛り込んだ。
結果、ベルリとアイーダの二人を中心に少年少女と大人が
文明崩壊後の世界を生き抜いていく物語としての色を強めた印象。

富野監督は講演会などでGレコの欠点はドラマ(キャラ)を無視したことと自戒していて、
実際に劇場版ではどう修正してくるのか期待していた。
ドラマを無視した弱点を補強するように、アイーダはTV版以上に
気丈で主張が強く、でもカーヒルを失った悲しみで一人の時は涙を流す、
それでも姫であろうと振舞う描写を挿入することで、
Gレコの物語がまた違う輪郭を備えて見えるように感じた。

劇場版であってもGレコの骨子が私のTV版での位置づけと変わらないと思う。
人間は文明とどう向き合うかという問いが強く突きつけられた作品だ。
ただ、劇場版はキャラクターの見え方が明快になった印象も受けた。

富野流編集術とアクション

物語の印象は以上として、何より驚いたのは映像の見せ方だ。
矢継ぎ早に割られるカット。縦横斜めにPANするカメラワーク。
とめどなく湧き出る水のように映像がスイスイ流れる。

速い!瞬きしていると置いていかれるスピード感であり
この映像を齢78の方がコンテを切り編集をした事に思いを馳せると
「絶対に老成はしないぞ」という富野監督の心の咆哮が聞こえてくるかのようだ。

特定のシーンが印象的なカット(作画)。映えるレイアウト。意味が込められた構図といった
ひとつひとつの絵・カットを見せたいという映像作りよりも、
連続したカット(一定の均質性・整合性)にこそ意味があるという作り方をしている。

富野監督の著書「映像の原則」で映像の演出とは
"映像の連続性と映像の変化が生み出す視覚ダイナミズムを利用する"
と書かれているが、Gレコの映像はこれが徹底されていると思った。
Gレコ劇場版は富野流「映像の原則」の集大成と言っていいのかもしれない。
※Gレコの映像を理解するのに「映像の原則」は有効かも…

アクションつなぎでカットを積み重ね、1カットも短く、
台詞が途中で切られても優先される編集。
カットはスライドし、カメラは絶えずPANを積み重ねる。元気の良いフィルムだ。
絵に凝るより、絵の連続性に凝る。こうした作りは富野監督の真骨頂であると思う。

特に流れる映像の見せ所としてMS同士の戦闘の出来栄えはTV版から凄かったが、
劇場版ではさらにスピードが増してますます目が離せなくなった。
どこから敵味方が出てくるかわからない空間の使い方や
雲といった気候や地形によっても戦闘や戦法の仕方を変える。
映像は速いが、きちんとMS同士が何をやっているのかはわかる。
アクション作家としてのGレコの富野監督は冴えに冴えている。

まとめ 元気のGなアニメ

Gレコは困難があって落ち込んでも前向きに生きるベルリとアイーダの物語を
生き生きしたキャラ描写を78歳とは思えない速さを持った映像と、
縦横無尽で元気なカメラワークで見せ続ける。
圧倒的な経験に裏打ちされた編集に絶対の自信を持つ
富野監督しかできない映画の作劇だ。

物語の元気の良さと、映像演出の元気の良さが見事に合わさった快作。
劇場版はTV版とは違った映像体験を味わえると思う。

私は毎週見て次週を楽しみに見ていたTVアニメ版のGレコの映像体験も好きだが
キレとスピードと映画的風格が備わった劇場版Gレコもまた好きになれそうだ。
Gレコはキャラの話もあるが、同等に社会を含めたパブリックな話をしている点でも好きだ。

TVアニメではTVアニメ的な見せ方があり、映画は映画の見せ方がある。
Gレコ劇場版はTV版以上に映画的でキャラを深堀する映像に仕上げることで、
勢いある作品に生まれ変わった点で、2作目にも期待したい。
 
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[ 2019/11/30 21:23 ] Gのレコンギスタ | TB(0) | CM(0)

TVアニメ史からみる劇場版シティハンターの位置づけ 

はじめに

劇場版シティーハンター <新宿プライベート・アイズ>を視聴。

「変わるもの・変わらないもの」を軸に
変化目まぐるしい大都会新宿を舞台に
絵作り(トンボが象徴)・時間の流れ方・声優・楽曲、
何よりEDの止めて引くも含め
当時のTVシリーズ”まんま”のように作った作品。

gekiyouCH.jpg
(変わる新宿、変わらない冴羽獠と香の関係)

当時の”まんま”で作ることで、
「変わるもの・変わらないもの」が浮き彫りになり
ただのノスタルジーだけで終わらない作品になった。
一方で往年のファンの期待に応えるものに仕上がった。

このCH劇場版に最も近いものといえば、2008年のwiiやPS3の時代に
ファミコンみたいな絵・音で作られたロックマン9かもしれない。

劇場版で”まんま”ができた理由

CH劇場版の"まんま"ができたのは、
総監督がこだま兼続であること。
企画・製作側によみうりテレビの諏訪道彦と
スカイフォールの植田益朗(TV版当時:サンライズ)の存在が大きい。
この事をTVアニメ史からみてみたい。

まずTVアニメ シティハンター(CH)(1987年)の位置づけを
4つの点から振り返り当時のこだま兼嗣・諏訪道彦・植田益朗の
3人の立ち位置を明確にしたい。

①ロボットアニメのサンライズがロボットアニメで低調傾向にある中
 ミスター味っ子と共に漫画原作に乗り出し成功したこと。
 サンライズの新規路線につながった。

②よみうりテレビ(諏訪道彦)とサンライズ(植田益朗)の関係が構築され
 ガンバリスト!駿・犬夜叉・結界師といったアニメの制作につながる。

③監督としてのこだま兼嗣とよみうりテレビ(諏訪道彦)の引き合わせにより
 後の名探偵コナンに繋がる。

④サンライズの植田益朗班(3スタ)に
 東京ムービー系のこだま兼嗣・北原健雄・青木悠三が参加した事。
 こだまはその後もアイカツシリーズ等でサンライズ系の作品に参加。
 北原もガンダムF91の作画監督で参加。サンライズの人脈の幅が広がった。

以上のように、TV版CHはサンライズ的にもよみうりテレビ的にも
後の仕事と人のつながりのスタートとして大きな役割を果たした。
またCHは当時若かった諏訪・植田にとっては成功した企画であり
引いては思い入れ深い企画になったようだ。

TVシリーズから30年たって…

そしてCHは1987年から1999年の間に
四つのTVシリーズ150話と三つのTVスペシャルの放送。
三本の映画を製作する人気シリーズに成長した。

このあと2019年に至る間、
よみうりテレビの諏訪道彦は一貫してアニメ畑で
名探偵コナンの商業的成功も含めて
多くの漫画原作アニメの企画を手がけてきた。
TV局側のアニメプロデューサーの第一人者になったといっても過言ではないだろう。

植田益朗はサンライズからA-1 Pictures及びアニプレックスの社長となり
多くのアニメ作品を世に送り出してきた。
A-1及びアニプレックスは植田が在籍する間に大きく成長した。

こだまは今日の名探偵コナンの成功の礎をなし、多数の監督を務め
70近くなった今もコンテを切っている。

三人とも30年間アニメ界の一線であり続けた。
この事が劇場版シティハンターの企画実現につながったと思う。
かつてアニメ化されたものが再アニメ化されること、
再アニメ化で往年の制作スタッフが参加することは決して珍しくない。

ただ劇場版CHのように諏訪・植田といった企画側の二人が
変わらずに企画として参加するのは珍しいのではないだろうか。
その二人がこだまを総監督として再び組んで制作したからこそ
当時の”まんま”ができたのではないだろうか。

またTV版で作画監督を務めた高橋久美子がキャラクターデザインとして
参加できたのも大きかったのかもしれない。

さらにEDではちゃっぴぃこと武井良幸が撮影をしているが、
武井はTVのCH3でサンライズの制作進行。植田は当時の上司。
当時の制作進行が30年近い時を経て、EDの撮影をするのはどのような心境か。

まとめ

以上振り返ってみたが、企画側に理解があり力のある方がいると
作品製作で大きな力になることが改めて思い知らされたのが劇場版CHだった。

時間は確かに流れた。アニメ製作も制作も変わり、かつての若者達はベテランになった。
声質も変化はあった。その中でも変わらないものもある事を教えてくれた作品だった。


チュートリアル徳井と小室哲哉

余談として劇場版CHで2019年の芸能界を振り返れる。

まずオカマのコニータの声優が法人所得無申告で話題のチュートリアル徳井な点。

ずっと所得を無申告でいて、指摘されて支払う点では”変わらない”が、
芸能活動を自粛に陥った点で”変わった”といえる。

またED Get Wild 作曲の小室哲哉が妻KEIKOと離婚調停中な点。

小室はKEIKOと別れて、家庭環境が”変わろう”ともしているが
一方で小室は結婚・離婚を繰り返している
新しく出会う女性に目移りしてしまう点では”変わらない”といえるし、
その女性好きは冴場にも通じるもっこりである。
 
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[ 2019/11/18 21:12 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

諸葛孔明と石動雷十太(憤死との関係から) 

三国志演義で、漢の諸葛孔明が魏へ出兵(北伐)時に魏の重臣王朗と論戦。
孔明は散々に王朗をこき下ろして憤死させる場面がある。

文章だけでも中々にインパクトがあるが、
映像にすると次のようになる。



孔明が喋り始めて約1分で王朗は口から血を吹き馬上から倒れ落ちる。

映像にすると王朗側で気になるところがある。
孔明が喋る1分の間に、王朗は口から血が出てしまうのなら
孔明と話す前から重症だったのではないだろうかと思ってしまう。

孔明に図星を突かれたから憤死というより、高齢で元々体調が悪いところに
孔明に痛いところを突かれたから、倒れたと見るのが自然のように思えてしまう。

ただ三国志演義での孔明は、魯迅が化けものじみていると評するように、
智絶と称された天才軍師であるので、
1分ぐらいで相手を憤死させることぐらい雑作もない描写として見るところなのだろう。
孔明は他にも周瑜と曹真に手紙を送って憤死させている。

文章で読む以上に映像で見ると孔明恐るべしと感じてしまう。


この孔明と王朗のやりとりを見ると、
石動雷十太は緋村剣心に勝負で負け
「人を殺したことがない」と喝破されても憤死せずに
再起は出来ないと相手が思う程度で留まっているのは
雷十太の精神力の高さを証明するものといえよう。

3c5c6c8a.png

雷十太は三国志演義の孔明に色々言われても
憤死しないのではないだろうか。


剣心は雷十太を再起が出来ないと言っているが、
あくまで剣心の推測なので、これが本当に当たっているかどうかはわからない。
剣心に人物のその後まで見据える眼力があるかはわからないからだ。

よってその後の雷十太はまだ史料となる文献が発掘されていないので
わからないが再起して新・新古流を立ち上げている可能性もあるのだ。

石動雷十太のその後に期待したい。
 
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[ 2019/10/14 21:45 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

女子高生の無駄づかい-10話 

松園公さんコンテ回はいつもより2割ましなイメージで面白い。
さんぺいさん、高橋さんがどこまでコンテチェックしているのだろうか。

muda10-1.gif

一回ひざを曲げてから振り向くのと
地面にカメラ置いてますよ感が出ているアングルが気持ち良い。


掛け合いが面白い原作だと思うので、
プレスコ方式がはまったアニメのひとつだと思う。
 
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アニメ「博多明太!ぴりからこちゃん」の見どころと狂気性 

紹介されて見た「博多明太!ぴりからこちゃん」が面白かった。

本作はKBC九州朝⽇放送の日曜朝6:15に放送されている5分枠のアニメ。
amazonやdアニメといったネット配信でも視聴可能。

まず良かったのは絵の満足度。

pirikara.jpg

1話ファーストカットの美術背景。
絵って感じをさせる描かれ方が心地よくて好き。
「衛宮さんちの今日のごはん」と同系統な描き方のように感じた。

pirikara1.jpg

キャラと背景が同レベルで描かれることで
一体化されたように見える絵が心地よい。
高畑勲が目指した背景とキャラクターの一体化に近い方向性の絵の使い方だ。
色トレスが効果的。

キャラの線もシンプル。背景も抽象化してシンプルにしているので絵が見やすい。
絵が見やすいながらに空間の奥行も感じさせるし、
温かい色味が満足感を与えてくれる。

本作は5分アニメゆえに少数のスタッフで制作されているが
少数ゆえの強みを生かし、情報の制御が行き届いている絵に仕上がっている。
各話アニメーターさんが1人か2人なので絵(線)の個性が見えやすいかも。

ちなみに主人公のぴりからこちゃん役の河野ひよりさんの声は癖になる声質だ。
(今期は荒ぶる季節~やソウナンですかにも出演し売り出し中だ)

pirikara2.jpg

このアングルで描かれる一体的なキャラと背景。
上記のようなレイアウトが良い、見て満足できる絵が多いのが本作の見所だろう。

特別に凝った動き(アニメーション)が描かれるわけではないが、
小気味よく動かして退屈させない。

pirikara3.jpg

あと本作は時たま狂気の片鱗を見せることがある。

1話ではぴりからこちゃんが、辺り構わず明太子をふりかける展開になる。
ぴりからこちゃんの友達のイチゴなあまおうちゃんに明太子が振りかかった時に
あまおうちゃんが、あまおうちゃんを共食いしているのが上記のシーン。
同種を食べるのに何も抵抗も葛藤もない。狂気を感じる。

pirikara4.jpg

6話は狂気性が高い。
他のあまおうちゃんの兄妹がどうなったのかを聞かれた時に
「ジャムになった。大福になった」と身も蓋もない返しをする。

pirikara5.jpg

6話のオチはあまおう狩りをしていたら、あまおうちゃんが紛れ
左のあまおうちゃんが入れ替わり(まゆげの描き方で別モノだとわかる)
ぴりからこちゃんは「まっいっか!」で済ませてしまう。

あまおうの扱いに狂気を感じさせる。


以上、色々本作の見どころや狂気性をまとめてみたが
私はクリーチャーがほのぼのしている作品が好きなのだなぁと思った (のらみみとか)。
次回以降に期待したい。
 
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[ 2019/08/25 08:16 ] ニュース | TB(0) | CM(0)