究極のアニメ「けものフレンズ」は何故語られるのか?-3つの謎 

現時点で(2017年2月10日)において、
「けものフレンズ」は大きく3つの謎によって
大きく語られるようになっていったと思う。

世界の謎

まず「けものフレンズ」といえば世界の謎だ。

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2話で初登場のED映像の荒廃した遊園地・施設等から
ジャパリパークの世界は一体?かばんちゃんは何者?
という謎を呼び起こしいわゆる「けものフレンズ考察班」を生み出していった。

3話・4話では旅先で出会う、トキやツチノコが断片的に
世界に関わる事を断片的に語る。
この断片的な情報の開示が、語りを呼び起こすことになった。

作品の面白さの謎

次に面白さの謎。なぜ「けものフレンズ」が面白いのかという謎だ。
なぜ面白いのか。色々語っている人はいる。
私も自分なりに面白い要因を記事で書いていたりするが、
決定的にコレだ!といえる言及はできていなかったと思う。

一つ面白さの謎を紐解くヒントとして庵野秀明監督が
セーラームーンの人気について語っていた事が挙げられるのかもしれない。

『セーラームーン』で分かったのは「緩い世界観というのがいい。要は遊び場を提供すれば良いんだ」という事だったんです。個性的な、分かりやすいキャラクター配置と、遊べる場所。だから、何体かの人形と砂場が用意されていて、ファンがその砂場で自分達で遊ぶ事ができるというのが、『セーラー』人気の秘訣だと思った。だから、わざと緩く作る。」(出典:アニメスタイル 庵野秀明のスタイル)


・緩い世界観
・遊び場を提供
・個性的な、分かりやすいキャラクター配置と、遊べる場所
・ファンがその砂場で自分達で游ぶ事ができる

庵野監督の発言からいくつか要素を抽出してみたが、これらの要素は
「セーラームーン」と同様に「けものフレンズ」にも当てはまり、
面白さを生み出す要因になっているのではないかと思う。

「緩い世界観」については、上述した「世界の謎」と相まって
語りの導火線をつけてくれたように感じる。

特に「ファンが自分達で游ぶ事ができる」については、
イラストを描く方の増加し、いわゆる「フレンズ構文」の普及が象徴している。
自分達で遊べる余地のある作品、Do It Yourselfできるから面白い。

取り巻く状況の謎

最後に状況の謎だ。
私の観測範囲内の中では1話の段階では話題にする人は多くはなかった。
しかし話数を重ねるごとに、話題にする方が多くなりつつある。

またここ数日感「けものフレンズ」が話題というニュアンスの記事を見かける。
ガイドブック付きBDがamazon等で完売、主題歌もitunesでランキング上位に入り、
ニコニコ動画の1話の再生回数が急激に増加など、様々な数字が伸びている。

ちなみにニコニコ動画のランキングをちらっと見たら
1位から3位まで「けものフレンズ」関連の動画だった。(2017年2月10日現在)

無題

こうした「けものフレンズ」を取り巻く状況の謎が、
「何故人気なのか?」「何が起こっているんだ?」「面白いの?」
という疑問を抱かせ、ますます人々の語りを呼び起こしているようにも感じる。

まとめ

作品のリアルタイム視聴の楽しさの中には、
新作を毎週見ることで得られる面白い意味でのライブ感と、
話数や作品外部での動きで生じる状況の変化の意味でのライブ感、
この二重のライブ感があると思う。

「けものフレンズ」の作品世界の謎。作品の面白さの謎。取り巻く状況の謎。
この3つの謎が「けものフレンズ」を語りたいという衝動を
揺り動かしているのではないかと思う。
 
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[ 2017/02/10 20:26 ] けものフレンズ | TB(1) | CM(2)

「たのしー」と声に出して言いたい究極のアニメ「けものフレンズ」 

仕事で辛いことがあった。

ここ数日間は心が晴れない。苦しい毎日の連続が続く。
足取りは重く、プレッシャーに押しつぶされそう。

そんな私の心の拠り所は「けものフレンズ」だ。
昼休みや移動中はついついけものフレンズの事を考えてしまう。
けものフレンズの物語に救われているのだ。

さて仕事を終え帰宅中。気分が晴れないので気分転換に
私は誰もいないところで声に出して「すごーい」「たのしー」って言ってみた。
ただ言ってみたかっただけなのだが、
以外にも苦しい心持ちが少し楽になったような気がした。

もう1回「すごいね」「たのしー」と言ってみる。
「あれっ!」言う前より心が晴れやかになっている。
何回も言ってみた。なんだか楽しくなってきた。
「たのしー」「すごーい」という言葉にはこんな力があるのかと知った。

「たのしー」といえば楽しくなるのだ。
「すごいね」といえばよくわからないがすごいのだ。

言葉は言霊というが「けものフレンズ」を象徴する
「たのしー」「すごーい」という言葉を発すると、
言っているこちらまでそんな気分になれるのだ。

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まさに「声に出して言いたいけものフレンズ。」である。

ネットでこれらの文字を書き込むのも楽しいから良いし、
実際に声に出して「たのしー」「すごーい」「わーい」と言う事もすすめたい。
  
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[ 2017/02/09 21:59 ] けものフレンズ | TB(0) | CM(0)

10年代の究極のアニメ「けものフレンズ」になぜヒトは幸せを見出すのか 

なぜ「けものフレンズ」を見て、幸せを感じるのか。

答えはヒトが「すごーい」と評価され、認められるからである。
誰に認められるのか。動物(フレンズ)達にである。

けものフレンズはヒトがフレンズに「すごーい」と認められる物語。

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今回の5話では、ビーバーとプレーリードックが住処を作るのに困っていた。
そこでかばんちゃんが心配性だがプランは抜群のビーバーと
計画性はないが命令されると完璧にこなすプレーリードックの
それぞれの良さを引き出そうと、二人で組んでやることを提案。
見事二人の理想の住まいが出来上がる。

そしてかばんとサーバルの旅立ち。送る時に二人はかばんに感謝の言葉をおくる。

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プレーリードック「かばん殿の一声あってこそであります。」
かばん「いやーぼく、力はないしあんまりお手伝いできなくて」
ビーバー「そういう動物なんじゃないんすか。考えるのが得意だとか。」
プレーリードック「そうであります。いい動物にちがいないでありますよ」

「いい動物にちがいないでありますよ。」

ヒトにとってなんという承認の言葉だろうか。

他者から認められ、評価されれば、嬉しいと素直に感じる事は多いと思う。
「けものフレンズ」は毎回、かばんちゃんが知恵を発揮して状況や困難を解決していく。
その度に出会ったフレンズに承認されていく。

かばんちゃんという主人公がフレンズに認められることが
自分のことのように感じられることで幸せを感じる。

「けものフレンズ」はそういう構造を持っている作品なのではないか。

フレンズがヒトを認める物語

何より、認めてくれるのが動物たち(フレンズ)であるのが大きいと思う。
フレンズ達は人間的な姿をしているが、本質的には動物である。
動物がヒトを承認する。この構図が幸せに感じる要因だと思う。

ヒトがヒトに認められる作品はある。
でも動物達がヒトの特性(知恵があること)を素直に認める作品は
ヒトがヒトに認められる作品より少ないのではないか。

ヒトも動物であるが、他の動物に対して必ずしも良いことを行っていない側面がある。
乱獲による絶滅。絶滅危惧に追いやった動物達。自然破壊etc。
ヒトは動物(自然)に対し、後ろめたさを感じる時もあるのではないか。

こうした後ろめたさは、フレンズには関係がない。
フレンズはヒト(かばんちゃん)の知恵がある特性に素直に感動しているのだ。
ヒトの知恵は他の動物にとって評価・感動されるものなのだ。
ヒトにとっては知恵は当たり前でもフレンズにとっては当たり前ではないのだ。

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ヒトに知恵があるのは素晴らしいことだ。フレンズが認めてくれるから。
あたりまえの事だけど忘れてしまいがちなことを教えてくれるから。
だから知恵を使って生きていこうと思える。
今回でいえば家づくりという行為と合わせて達成感も感じさせてくれる。

現実では同じヒトに批判・批難される事も多いこともあるだろう。
そんな中で「けものフレンズ」ではヒトそのものを認めてくれる。だからより嬉しくなる。
「けものフレンズ」はヒトに幸せを感じさせる作品なのだと思う。
 
(※この記事はかばんちゃんがヒトという動物であると仮定して書いてます)

まとめ

①フレンズがヒトを認めてくれる
②ヒトの知恵があるという特性が認められる(ヒトの肯定)
この二重の承認が、見るものを幸せにするのかもしれない。

「いい動物にちがいないでありますよ。」というセリフで泣いた。
ヒトが優しいフレンズ達に素直に認められる物語に、少なくとも私は救われている。
  
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[ 2017/02/08 19:20 ] けものフレンズ | TB(0) | CM(2)

「ガンダム Gのレコンギスタ」の総括 

「ガンダム Gのレコンギスタ」の総括を述べたい。

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「Gレコ」は富野由悠季の研究論文

「ガンダム Gのレコンギスタ(以下Gレコ)」は、
富野由悠季の「科学技術と社会経済の視点から見た世界に対する研究論文」である。

まずGレコの企画が具体化する2000年代後半。
富野監督は取材やインタビューを通し
「ハンナ・アーレントの『全体主義』の考えをアニメで表現したい」と語る。
この試みはとても面白そうだと思い期待を高めていた。

2015年の講演会ではGレコの参考資料として
池内了「科学・技術と現代社会」とE・H.カー「危機の二十年」を紹介。

2016年の講演会でもガンダムエースの対談企画「教えてください。富野です。」
で専門家と対談したこと。特に宇宙エレベーター実験の参加と
青木義男教授達との出会いがGレコを作る上で大きかったと語る。
以上の経緯を踏まえると、Gレコは富野監督が
出会い・取材・経験といったインプットを限界の限りアウトプットした作品だ。

宇宙エレベーター、スコード教、フォトンバッテリー、
クンタラ、アグテックのタブー、船体の装甲に使う特殊な材質、
ムタチオン、ユニバーサルスタンダードと設定の数々。
これらの設定も富野監督のインプットを通して得た成果。

ただGレコは自身のインプットを通して
自身の考えの是非は問わず問題提起に徹する。
これは富野監督が2015年のGレコ放映終了後の講演会で

「(Gレコは)ユートピアニズムに陥った大人たちはリアリズムの欺瞞性を持ち込むから問題点を挙げておいた。」

と語ったように問題提起に留めるスタンスである。

富野監督の意見を直接伝えるより、視聴者がどう受け止めるか。
特に子供達がGレコを見てどう考えるのかを大切にしてほしいのだろう。

一方で翌年2016年の講演会では

「(Gレコの問題点は)リアリズムとテーマを優先させるためドラマを無視してしまったこと」

と語り問題提起を優先しドラマが疎かになったと語る。
ドラマよりもテーマ寄りになった点でも、Gレコは研究論文的な作品ではないか。

私がGレコを面白く見られたのは、富野監督の考えを聞きたいスタンスだったから。
ドラマ以上に富野監督が問題提起するテーマを聞きたかったから。
Gレコは毎回、作中に散りばめられた問題提起が面白かった。

「人は自分一人で本当に考えることができるのか」ハンナ・アーレントが提示する問題、
組織と人の有り様など全体主義についての問題。科学技術の問題。
様々な問題を提示させられ、考えさせられたのが面白かった。

富野監督が考えを聞きたい立場なら、Gレコは面白かったのではないか。
逆に富野監督のテーマに興味がなければ、楽しみづらいのではないか。

富野監督がGレコを通して問題提起したい研究発表に対して、
視聴者が興味を持てるかどうかがGレコの評価に繋がってくると感じた。

現代の科学技術の有り様とGレコ

Gレコは科学技術が抑制された世界。
宇宙世紀時代の科学技術・軍事技術の進歩はタブーとされ、
宇宙エレベーターから供給されるフォトン・バッテリーを通して成り立っている。
その中で多くの人々がスコード教を信じて生きている。

過去の宇宙世紀時代に起きた戦争の経験を通し、
行き過ぎた科学技術の悲劇の歴史を終え、リギルド・センチュリーの時代を迎える。
戦争と科学技術の抑制によって世界は徐々に再生されていく。それでも戦争は起きる。

Gレコは、富野監督が現実では作ることは叶わないと語る宇宙エレベーターと、
理想的なエネルギーのフォトン・バッテリーがあっても戦争を起こしてしまう世界だ。
金星での人の身体が退化するムタチオンが描かれたことで、
人は宇宙では生きてはいけない、地球圏から離れて生きられない事も示唆している。

つまりGレコは、現実では宇宙エレベーターは不可能。地球から離れて生きられない。
そんな人類が地球で戦争をせずに持続可能性をもって生きるにはどうすれば良いのか。
以上を問題提起する作品だ。

地球で戦争が起きないよう宗教や科学技術で歯止めをかけても、
クンパ・ルシータによってヘルメスの薔薇の設計図が流出されれば、
各国はMSを作り軍備を増強させてしまう。

トワサンガやビーナス・グロゥブといった宇宙に住む人々が
地球に帰りたい・見てみたい思い(レコンギスタ)によって
地球側の勢力と戦争を引き起こすことも描かれている。

過去の反省から学び、様々なシステムを構築し宗教の教えがあっても、
いずれは誰かの手によってシステムが壊れ戦争が起こる。
科学技術への探求心。自分の故郷に戻りたい気持ち。
素朴に生まれる人の思いが、業となって戦争を引き起こす事を描いている。

こうしたGレコの世界を踏まえ、戦争が起こらないようにどうすればよいのか。
科学技術は扱い方はアグテックのタブーのような仕組みが有効なのではないか。
いずれにせよ一日一夜で解決できる問題ではない。

戦争を起こさないようにするためには

戦争を起こさないヒントは、メガファウナにある。
メガファウナは、アメリアが海賊部隊であると偽装し、
アイーダ指揮の元、キャピタルの諜報活動やフォトン・バッテリーの強奪を行う組織。 

その組織に様々な人間が集まる。

アイーダが捕まったことでベルリと出会い、
ベルリとノレドとラライヤがメガファウナのクルーになる。
地球と宇宙を転々とする中で、キャピタル・ガードのケルベス。
トワサンガのドレッド軍のリンゴ。
トワサンガのレイハントン家の旧臣であるロルッカとミラジ。
以上の面々がメガファウナに参加。

一時期的にはアメリアのクリムとニック。
キャピタルのマニィなどもメガファウナに参加していた。

人種や国家間を越えて様々な人々が集まったメガファウナ。
彼らは地球からトワサンガ、ビーナス・グロゥブを旅することで、
真実を知り各国間の戦争を食い止める動きを取ることになる。

元々、メガファウナに集まったクルーは好戦的ではなく穏健的な立場だ。
こうした国家間を越え、同じ問題意識を持った個人が集まることで、
本格的な戦争が起こる前に食い止めることができた。
つまりメガファウナに集まるような人々がいれば戦争を防ぐ力となるのではないか。

またGレコの物語から振り返るに、一つの考えを持った組織だけに属さずに、
旅をして違う世界や組織の考えを触れることの大切さを訴えていた。
旅することでアイーダのように凝り固まった考えを開放し、
公平で広く深い考えを身につける生き方も訴えていた。
旅を通して様々な考えを身に着けることが、戦争を起こさない道なのかもしれない。

まとめ

Gレコは富野監督の見聞きし出会いを通して得た経験を総動員した集大成。
集大成であるがゆえに、テレビアニメの枠では収まらない程、
密度の濃い情報量溢れる画面と思いに満ち溢れていた。

凄惨な展開にはせず、清々しく最後まで見られる口当たりの良さ。
未来に向けて再び旅立つラスト。
富野監督は永遠のチャレンジャーだと感じさせてくれた。

Gレコは現代に山積する諸問題に対し、どう取り組めばよいのか。
特に科学技術についてここ2年間の講演会で富野監督は

「科学者が自分達の研究が進歩だと疑いがないと思っているようだが、そんなことはない。彼らはマッドサイエンティストだ」

というニュアンスで警鐘を鳴らしていた。

どこまでが本当に必要な技術なのか。持続可能な地球環境であるためには、
どんな技術を行使すれば良いのか。Gレコは考えるキッカケになるはずだ。

ここまでテーマ的な事を中心に描いてきたが、まずアニメとして面白かった。
極めて高レベルの手書き作画によるメカアクション。
矢継ぎ早のような怒涛のコンテニュィティー。
生々しい感情と大仰さと細かさが同居する
芝居の積み重ねによって生まれるキャラクター描写。
見ていて楽しく面白い仕掛けに満ち溢れた作画と演出だった。

最後に富野監督はスケジュールが無くなったために
他の方にコンテを発注したニュアンスで語られていた。
実際に6話を除きほぼ9話までは、監督がコンテを切っていた。
もしGレコのスケジュールに余裕があれば、
富野監督は一人でコンテを全話切っていたのでと推測できる。

自らコンテを切るより、各話コンテマンのコンテチェックで
作品をコントロールするのが富野監督の制作スタイルだ。
もし全話コンテ切りを試みていたのなら、
故出崎統監督のように全話コンテ切りで作品を完遂させたかったのかもしれない。 
 
以上、Gレコの総括。「元気のGは始まりのG」。
 
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[ 2017/02/05 09:12 ] Gのレコンギスタ | TB(0) | CM(1)

2010年代の究極のアニメ「けものフレンズ」に惹かれる5つの理由 

「けものフレンズ」を見るのが救いの毎日。
OPは何度も聞いて歌詞を覚えている毎日。
昼休みの時は「けものフレンズ」について考えてしまう毎日。

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なぜこれほどけものフレンズに惹かれるのか。
いくつか理由を考えてみた。

①優しい世界(今のところは)

世界(舞台)は山ありダンジョンありで厳しいが、
住んでいるフレンズは全員心が優しい。

いがみ合うことも無いし、誰かを陥れることもない。
動物の習性なのだろうが、人類が持つエゴが極めて少ないのではと思う。

かばんちゃんに健気に協力するサーバルだが、
サーバルにはかばんちゃんを協力する理由がない。
でもかばんちゃんにずっとついて行くひたむきさ・健気さに心惹かれる。

サーバル以外もみんなかばんちゃんに優しくしてくれる。
かばんちゃんも悪な性格を感じさせない存在で優しく見える。

②秀逸なOPとED

OP「ようこそジャパリパークへ」
ED「「ぼくのフレンド」
がそれぞれ良い。

何度も聞くと中毒性が増してくるOP。
「けものはいてもノケモノはいない ほんとの愛はここにある」
「ほら君も手をつないで大冒険」
歌詞と楽曲の良さが際立つOP曲だなぁと感じる。

また世界観の謎への興味を大きく掻き立てたEDも素晴らしい。
朽ち果てた遊園地等を映すことで、作品への興味が広がった。

③声優さんが良い

金田朋子さんの歌がすごいトキ

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藤井ゆきよさんの訛りが特徴のアルパカ

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4話の小林ゆうさんのツチノコ。

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特に金朋さんと小林さんの怪演は、それだけで見るのに値すると思った。


そして何よりサーバルの尾崎由香さんが良い。

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クセになる声だ。

けものフレンズの優しい世界を象徴するかのような声だと思う。

④RPG的冒険モノとしての面白さ

前にも書いたが、女の子達がワイワイガヤガヤしながら
実はちゃんと冒険しているという構成が見続けられるフックになっている。

4話では洞窟やダンジョン(迷路)が登場し、
ダンジョンには仕掛けがある展開。
1話から4話にかけて難易度の高いところへ徐々に挑戦しているのがわかる。

大目的(図書館へ行く)のために、様々な途中のクエストをこなす展開が
RPGっぽい冒険の感じがして、個人的には一番好きな部分でもある。

⑤謎で引っ張る

ジャパリパークという世界。
フレンズという存在。
フレンズを脅かすセルリアン。
サンドスターという現象。

フレンズたちによって様々な設定が徐々に断片的に語られる。

今回もツチノコによって、かばんちゃんが絶滅種のような存在として語られていた。
かばんちゃんは人類なのか。人類なら絶滅したのか。なぜ絶滅したのか。
ジャパリパークとは何なのか。世界とは何なのか。

ゆるいキャラ達が冒険する中で、世界への言及を小出しにして
視聴者に作品世界への興味を繋げることで、
俗にいう「引き」が上手くできていると思う。

つまりきちんと物語展開がなされながら、
いわゆる日常系のような少女達のやりとりが同時進行で描かれる。

まとめ

全体的にキャラ同士のやりとりは穏やかな時間経過を感じさせながら、
作品世界への興味で引っ張る作りとなっている。
このバランス感覚は、今まで味わった事がなくて新鮮だ。

アイキャッチの実写パートも外国の施設に聞くなど、
小ネタの充実ぶりも冴えている。

かばんちゃんは何者なのか。けものフレンズとは何なのか。
劇中でもかばんちゃんは自分が何者かを知るために冒険しているが、
我々視聴者も、かばんちゃんを通して「けものフレンズ」が
何なのかを知るために冒険しているからこそ、面白いのだと思う。
 
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[ 2017/02/01 20:10 ] けものフレンズ | TB(1) | CM(0)

けものフレンズの面白さの源泉-RPG的冒険感覚について 

「けものフレンズ」がとびきり面白い。

面白い理由は、
冒険しているワクワク感を感じさせてくれるから。
例えるならRPG的な冒険感覚とも言えるかも。

RPGの最序盤っぽい1話。

1話を振返ってみよう。

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自分の素性を知らない主人公(かばん)が
サーバル(仲間)と出会い、自分探しのために出る。

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広大なサバンナを冒険。

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敵のセルリアンと遭遇し、サーバルが倒す。

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道中、カバと出会い情報を得る。

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かばん達、マップ(アイテム)を手に入れる。

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大きいセルリアン(強敵)と出会い、サーバルは苦戦するも
かばんの機転とかばの助けもあって倒す。

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新しい仲間(お助け系)のラッキービーストが仲間になる。


主人公が仲間を引き連れ旅に出て敵を倒し、
さらに進むと新しいフレンズ(カバ)から情報を手に入れ、
マップというアイテムを手に入れつつ、
より強い敵を倒し、新たな仲間と出会う。


このRPGの最序盤っぽい1話がたまらない。
冒険している感覚がバシバシ伝わってくる。

2話-目的地に行くまでにイベントをこなすかばんとフレンズ

2話は、目的地(図書館)に行くまでにイベントをこなす感じになっている。

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ラッキービーストから情報を手に入れる。

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旅する道中、様々なフレンズと出会っていく。

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サバンナより難易度の高い道(ダンジョン的)に進み苦戦。

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大きな川があり移動できないと思いきや
コツメカワウソにジャガーに乗せてもらえるという情報を聞く。
(※乗り損ねそうになるのが面白い)

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図書館に行くためのバスを発見するが、バスは壊れ運転席が無かった。

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ジャガーが運転席を見つけるが、大きな川があり運転席をバスまで運べない。
かばんの知恵によって、ある程度橋を作り、サーバルのジャンプ力で
運転席を運ぶことに成功する。

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運転席とバスをくっつけてクエストは成功かと思いきや、
電池がないという事で、今度は電池探しの旅に。


図書館探しというクエストの為にバスを探したら、
バスが壊れていて、せっかく運転席を見つけて、
知恵とフレンズの協力で運転席とバスをくっつけたら
今度は電池がないので、充電できる山頂へ行く展開に。

この大目的を達成するために、
小さい目的、おつかい的イベントをこなしていくのが
RPGっぽくて好きだ。

3話-新たなイベント-山頂で充電

3話は世界に広がりを見せるようなイベントが続く。

1話はサバンナ。
2話はジャングルや大きな川といった
平面での舞台で展開されていたが、
3話では高地を目指す展開や空を飛ぶトキの登場によって
世界の高低という奥行を見せてくれる。

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ロープウェーが使えず困っていた二人にトキが救いの手を差し伸べる。
(※トキ役が金田朋子さんなのが最高)

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空を飛べるトキによって今まで以上に世界の広がりが感じられる。
またトキの発言が過去形だったりして、
世界を解き明かすヒントになっているのが面白い。

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山頂の上に喫茶店で一人アルパカがお客を待っているという舞台設定がツボ過ぎる。
例えるならRPGで山頂の上にぽつんと家や小さい施設があり人がいて情報をくれる感じ。

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なまっている喋り方が特徴のアルパカさん。

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アルカパは珍しいお客さんに大はしゃぎ。お茶を入れてくれる。
この和やかなお茶会にほっこり。
無事充電も完了。

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バスに電池を入れて、動き出しそうなバス。
いよいよ図書館に向けて動けそうだ。

3話は、空で移動する展開が開放感あって良かった。
(サーバルは大変だったと思うが)

まとめ

陸に川に空にと、
様々な場所へ移動し、おつかいをしながら
道中様々なフレンズと出会いながらイベントをクリアしていく。

かばんとサーバルによって誘われる
RPGのような冒険感覚溢れた世界が楽しい。

可愛いフレンズの動く姿、
人類が絶滅した世界とか極度に荒廃している世界、
(例えるならFF6の世界崩壊後、うたわれるものの世界、キャシャーンsins)
癖になるOPと、怖いED。

様々な魅力に溢れた「けものフレンズ」だが、
私が一番引っかかるのは、元々ゲームから派生した作品だからだろうか
RPGっぽい世界で冒険していく楽しさ面白さを体験できる点にあると思う。
 
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[ 2017/01/25 20:53 ] けものフレンズ | TB(1) | CM(0)

イオク・クジャンは、なぜ悪目立ちするのか? 

「鉄血のオルフェンズ」2期の物語上で一番目立っているのは、
日曜日のたわけことイオク・クジャンである。

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登場初期は現実に足つかない理想高い志を持つ存在だった
イオクが物語上で目立つ意味で無双し始めたのは、
35話で不用意にMAハシュマルを起動させてしまった事に始まる。
※34話でMS操縦の低さを見せられた時が、前フリと位置付け。

その後のイオクの行動も

・火星についてきた部下はみんなハシュマルによって死なせてしまう
・ハシュマルに意味のない攻撃を仕掛け、その結果農業用プラントが全滅
・鉄華団がピンチになりかける行動しか取らない

と、各方面に厄災(イオク自身が現在の厄災戦かも)をばらまく存在である。

MAの件以降も、部下を失った恨みの矛先を
自身の責任やMAに向けずに鉄華団へ転嫁した。

この逆恨みの原因は、イオクがマクギリスが七世勲章の為に
MAの件を仕組んだと思い、鉄華団も絡んでいるからだと思い込んでいるからだろう。
※もちろん事実は違う

鉄華団への恨みからテイワズのジャスレイ・ドノミコルスとコンタクト。
鉄華団の盟友・後ろ盾のタービンズの名瀬を違法組織としてでっちあげる。
タービンズの名瀬の停戦・降伏信号を無視して攻撃。
しかも条約違反の兵器「ダインスレイヴ」を持ち出して輸送船を攻撃。
ルール無用のイオクによって名瀬とアミダは命を落とすことになる。

動くイオクと待ちのラスタル、マクギリス達

なぜイオクが目立つのか。それはイオクが行動を起こすからだ。
逆にいえばイオク以外の人間が動かないから動くイオクが目立つ。

イオク以外で状況を動かせそうな人間といえば

・マクギリス
・ラスタル
・マクマード・バリストン

などが挙げられる。
彼らは理知的な判断を優先し、感情では動かない頭が良いキャラ達。
だから先に動いて、相手に隙を見せるような事は中々しないし
動く時ではない時には決して動かない。

鉄華団の現状は何事もなければ安定状態なので
戦う必要や要請がなければ、今の所は戦う理由がない。

今いる殆どの主要キャラが相手の出方を「待つ」、受けのタイプなために
相手の出方を「待たない」イオクが行動して、状況を作る役割を担わされている。

※振り返れば、1期のカルタ・イシューも理知的な判断より
イオクのように感情を優先して「行動」を優先するキャラだったようにも思える。

それでもイオクは回っている

イオクは状況判断力や作戦指揮能力に疑問がつくように描写されているが、
タービンズを叩き、名瀬とアミダを戦死させた。

さらにいえば三日月が動けなくなったのも、イオクの迷惑極まりない行動から
引き起こされたと見れば、結果的にイオクは鉄華団にダメージを与えている。

イオクが動くから、物語が動いている。回っている。
もし彼がいなかったら、MAも起動せずに状況は大きく違っていただろう。
というか、かなり鉄華団周辺に限れば平和な状況だった。

まとめ

イオクが目立つのは
他のキャラの動かない性質もさることながら、とにかく行動するからである。
3クール目あたりから物語上の要請でイオクに「動く」役割が与えられているのである。

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そんなイオクの今回のタービンズ攻撃は次の新たな火種を生むのだろう。
特に条約違反兵器を持ち出しての攻撃は、マクギリスからいつ糾弾されてもおかしくない。
糾弾され追い込まれたイオクは何をするのかわからない。

部下の為に泣き、部下への思いのために行動する姿は人の心を動かすが
その為にルール無用の行動を取ることにはためらいが無い。
いずれにしよ、イオクは鉄血のオルフェンズで一番目を離さない目立つキャラである。
 
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