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富野アニメのカウンター性 

富野アニメの何に惹かれるのかといえば、カウンター性。

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勧善懲悪が主流のテレビまんがの世界に善悪逆転のカウンターをかける
「海のトリトン」「無敵超人ザンボット3」

おもちゃのロボットが出ていれば
スポンサーからは良しとされたロボットアニメに
人間ドラマへの志向を試みる
「機動戦士ガンダム」

バブル経済前夜の風潮に対する
現状認知としての物語としての
「機動戦士Zガンダム」

正当こそが異端であると主張した
「∀ガンダム」

googleでもディズニーでもないものとしての存在があると
講演会で語られていた
「Gレコ」

今見えている世界だけが世界ではない。
もっと違う見え方ができれば別の世界がある、
というカウンターを富野アニメは常に放っていると思う。

違う世界があることを
絵の積み重ねで語られるアニメという虚構を用いて
嘘八百のリアリズムで語られる点に富野アニメの魅力がある。
 
虚構でできた世界だからこそ、逆に真実があるように感じられるのだ。

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[ 2019/04/21 22:45 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

太陽の牙ダグラムの谷口ラコック 

太陽の牙ダグラム67話「北極に散った決断」のラコックは至高。
作画監督は谷口守泰(アニメアール)

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悪いことを考えている表情付けが最高。

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フォンシュタイン代表がラコックの意に反して
サマリン博士と交渉に乗り出すことを阻止するために
兵士達に向けてわざと三文芝居をうっているシーン。
三文芝居中なので、嘘くさい目つきをしているのが良い。

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フォンシュタイン大佐を謀殺し、
一段落したラコックは乱れた髪を整える。
サマになっている。悪い目つきが本当に良い。

谷口作画回のラコックは仁内達之さんの演技も相まって
圧倒的存在感を見せる。
谷口さんのラコックへの理解度が高いんだろうなぁ。
 
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[ 2019/02/25 20:20 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

Vガンダムにおけるファラ・グリフォンの位置付け 

昨年「機動戦士Vガンダム」を見返していた。

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一番気になったのが、ファラ・グリフォンの存在の重さ。
理由は、まず後半での劇中の強さだ。

後半でとても強くなったウッソと互角以上に渡り合う強さ。
特にザンネック(ザンネックキャノン)は凶悪だった。

ファラが戦死するキッカケになった
マーベットのお腹の赤ちゃんの存在に気を取られなければ、
逆にウッソはファラにやられていた可能性がある。

ファラとカテジナの強さを比べてみる。
カテジナはシュラク隊の面々は葬っているが、
ウッソとの真正面の対決ではファラより強さを示せていない印象を持つ。

カテジナはネネカ隊やコックピットから降りてウッソを直接刺殺する奇襲で、
ウッソに優位に立とうとするが、MS戦においてはファラの強さに軍配が上がる。


次にこれがより大切だが、ファラはVガンダムを象徴するキャラであること。
特にファラが死ぬ47話「女たちの戦場」のファラとウッソの会話が、
Vガンダムで描きたかった事の一つではないかと思う。

(以下、重要な会話の抜粋)
(マーベットの胎児の鼓動を感じ取り)
ファラ「ひとつの命の中に、ふたつの命があるというのか。何故だ」

ファラ「首を落とせば、命も消える。そうすれば、命の輝きに脅かされる事も無い」
ウッソ「ギロチンの鈴など捨てれば楽になるんですよ。ファラさん」
ウッソ「あなたは女性でなりすぎたんです。」
ファラ「あれも光。命も光。ギロチンの刃も光る。」
(以上)

死刑執行人の家系に生まれ、ギロチンを背負わされたファラ。
死神ファラにとって、対としての生・命の光(胎児)と
命を奪うギロチンの光りが一緒であること。
死も生も光るものであることをファラは感じ取る。

ここで富野監督のVガンダムについてのインタビューを引用してみる。

一番初期の企画書を書いた段階では、ギロチンだけだったんですよ。
ギロチンさえあれば、戦車を出す必要もなければ、タイヤも出す必要もありません。
『ガンダムワールドの中でのギロチン』というコンセプトだけで、筋は一本シャーッと通っています。


ザンスカールと、ギロチンと、ファラがいてくれたら、僕には十分でした。


(出典:それがVガンダムだ ササキバラゴウ)

富野監督のVガンダムの初期コンセプトでは
ギロチンを重要なモチーフとしてVガンダムを描く構想があり。
このギロチンのモチーフを体現するキャラとしてファラを考えた。

ギロチンを通して何を描きたかったのか。
おそらく宇宙世紀の宇宙に人が住む高度に進んだ時代にあって
前時代のギロチンという徹底的に死を突きつける道具を
人々が見せつけられたら宇宙世紀の人々はどう感じるのか。

結局、時代は進んでも人は生と死に対して変わらないのではないか、
それでも次代へ引き継いで人はより進んでいくみたいな話を
ギロチンを通して、宇宙世紀時代の人の命と生と死を描きたかったと私は推察する。


ただギロチンがモチーフとして目立つのは、
ウッソ達が宇宙に上がるまでの序盤まで。
ファラは15話で物語から一度退場。再登場は43話。
一方でファラが登場しない間にカテジナはパイロットになり、ファラより目立ってくる。

こうシリーズ構成から見ると、初期案のギロチンのテーマは後退して
その埋め合わせとしてカテジナが台頭したようにも思える。
なぜ後退したのか。
おそらく初期構想案通りにギロチンで物語を展開しても
実際に物語を進めたら、期待に反して物語が弾まなかったと判断したのではないか。
だからファラを一端は退場させたのかもしれない。

初期案ではより重要な位置づけであっただろうファラ。
見返してカテジナとは別の角度で
Vガンダムの根っこを掴んでいるキャラとしてファラはいるという確信を得た。
 
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[ 2019/02/19 22:35 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

アニメ給湯器論壇の現状と今後の展望 

アニメ11作品の入浴シーンがある回だけを集めた
「△アニメ『お風呂回』11作品一挙放送」が、
2月11日19時よりニコニコ生放送にて実施される。

そこで注目したいのが給湯器だ。

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お風呂の給湯・追い焚きに欠かせない給湯器。
アニメでキャラクターがお風呂に入る時には
給湯器が使用されているのである。

しかし給湯器が着目されることは少ない。

色んなマニアがいるなwアニメに映った給湯器の型番を当てる奴www

練馬区で給湯器の交換を検討中の方へ! 日本のアニメ発祥の地!

ざっとネットで調べても以上二つしか見つからなかった。
アニメと給湯器に関係する記事は見つけにくい現状だ。

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(給湯器がなければ、お風呂に入れない宮永咲)

だがアニメの美少女キャラがお風呂に入るためには給湯器が必要なのである。
よってお風呂シーンが好きなら、給湯器に着目しても良いと私は考える。

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(※アニメに欠かせない給湯器)

さらにガス給湯器は状態によっては高値で売れるし、
ジャンク品でも買い取ってくれるものである。

中古品なら1万円で買取。ノーリツ及びリンナイ製品が中古市場で高い人気のようだ。
またジャンク品なら、95円/kgで買う業者もあるようだ。
(※なおジャンクの買取価格は大阪の大畑商事掲載の価格。2019年2月5日時点での買取金額。経済動向によって買取価格が変更する場合がある)

給湯器を売り、そのお金でアニメの関連商品を購入するのも良い。

アニメを見る上で給湯器に着目するのは、新しい視点ではないかと思うし、
お小遣い稼ぎにもなるので一石二鳥である。
 
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[ 2019/02/05 20:16 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

シャア・アズナブルと島耕作の共通性 

シャア・アズナブルと島耕作は同種の人間ではないか?
両者の共通点から探ってみる。

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①運が良い→運を引き寄せる諦めない心

つまり運が良いことで生き延びられたということ。
シャアはアムロに額にサーベルが突き刺さるピンチも
Zでハマーンにボッコボコにされるなど、
何度も戦いに敗れても、生き延びてきた。強運の持ち主である。

島も初芝の派閥抗争に巻き込まれながらも、
社内で独特の位置を保ちつつ
出向やピンチはあったが、致命的な失脚はなく
最終的に社長・会長に上り詰めた。

島自身も「人生の5割は自分の力で変えられるが
残りの5割は他力の部分だ おれはその残りの5割で運が良かった」
と語るように運の良さを自覚している。

ただ運を引き寄せたのは、プラス思考や諦めない心である。
島もシャアもどんな状況でもへこたれないし諦めない。
シャアの「まだだ、まだ終わらんよ」は
島の「負けたら次に勝てばいい。また負けたらその次に勝てばいい」
は両者の諦めない心を表す言葉である。


②手段を選ばない

①の諦めない心につながるのだが、
両者ともに目的のために手段を選ばない。
シャアはガルマを謀殺し、キシリアもどさくさにまぎれて殺した。
島も裏工作や、マフィアを使っての事件解決などを行っている。

③人を引きつける力

シャアはZでブレックスやカミーユから「人の上に立つ人物」だと言われ
島も周りから評価されて役職を昇っていく。
人に"こいつは…"と思わせる何かが両者にはあるらしい。


④女性遍歴の多さが仕事につながる

最大の共通点。
シャアも島も女性遍歴が多い。
そして女性関係が仕事に役立っている事も共通する。

・両者の女性遍歴
島:岩田怜子、馬島典子、大町久美子、鈴鴨かつ子、片桐久子、八ッ橋新子etc(多いので割愛)
シャア:ララァ、ハマーン、レコア、ナナイ

シャアもギュネイの「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女はかなりいるんだ」発言が
あるので、上記以外の女性とも関係を持っていたのかもしれない。

両者ともに女性が自分に仕事に有用である場合、
うまく彼女たちを使って解決していたと思う。(これは島に軍配があがる)



次に異なる点もみてみよう
シャアと島の最大の違いは血筋及び職業である。

シャアはジオンの創設者ジオン・ダイクンの忘れ形見という血筋が
ネオ・ジオンの総帥になった要因として大きい。

対して島は特別な血筋はない。

島に特別な血筋がなくてもよかったのは、
戦後日本の経済社会だからという点が大きい。
ビジネスマンには血筋は求められてはいなかった。

シャアが身を置いた軍事・政治の舞台では
ジオンの子という血筋が、スペースノイドの支持に大きな役割を果たした。

島の職業では血筋は求められておらず、
シャアはより自身が活躍するには血筋を活用するのが最適だった。
ということである。


まとめ

シャアも島も人気があるキャラクターである。
その両者の共通性は(特に)運と女性。
二人に人気が集まるのは、
特に男が運と女性がほしいという願望が元にあるのではと思った。
 
やはりシャアと島耕作は似ている。
 
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[ 2018/09/02 19:54 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

アニメ横山光輝三国志における呂布の扱い 

アニメ横山光輝三国志の物語は原作マンガに忠実に展開されるが、
所々省略(劉備以外の群雄の動向)や追加(孔明の若い頃)がなされている。

特に飛将呂布に関しては変更が印象的だった。

まず董卓暗殺に加担し、貂蝉を郿塢城から救い出そうとしたら
貂蝉は既に自殺していという大筋は原作と同じ。
違うのは原作では城は燃えていないが、アニメでは城が燃える描写になっている。

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(15話 乱世の美女・後編)

呂布が貂蝉を抱えて、後ろには燃えた郿塢城が映る描写もアニメで追加されたものだ。


次に呂布の最後。

原作では曹操との篭城戦の末に武将の裏切りによって捕縛され曹操の前に差し出される。
曹操の配下になりたいと命乞いをするも、劉備にたしなめられ処刑される。

アニメでは捕縛されるところまでは一緒だが、
捕縛を振りほどき城から逃亡を図るも、逃げる足になる馬もダメになり、武器も折れ
最後は全身に矢を受けて壮絶な戦死を遂げている。

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(22話 呂布・雪原に散る)

アニメの死にっぷりの方が、よりドラマティックに見える。

ドラマティックに見えるのは、作画の力によるものも大きいだろう。
呂布メインの15話・22話共に齋藤浩信さんが作画監督。
緻密で描き込みの多い筆致で、劇画タッチの絵柄で
呂布の強さ・豪胆さ、傲慢さ・愚かさ・悲しさを作画で表現しているように思える。

呂布の死に方の変更がどの段階で決まったのかはわからないが、
少なくとも呂布という男の生き様を描くのに、齋藤さんの作画がマッチしていたと思う。
 
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[ 2018/08/15 19:22 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ダーリン・イン・ザ・フランキス最終話について-プラスティック・メモリーズとの比較 

ダーリン・イン・ザ・フランキスを見終えた。
本作は出会っては引き裂かれ、繋がりたいと思えばまた引き裂かれ、
それでも繋がりを繰り返し求め、その絆は愛に昇華した二人の物語だったと思う。

そしてプラスティック・メモリーズの最終話を見返した。

なぜプラメモを見返したのかといえば、
プラメモの脚本(全話)とダリフラのシリーズ構成・脚本が林直孝さん、
両作がアニプレックスの鳥羽洋典プロデューサーが関わるから。
(アニプレックス製作のオリジナルアニメという点も同じ)
ダリフラの物語を読み解くヒントがプラメモにあることを期待して見返したくなった。


プラメモ最終話のあらすじ↓

ヒロインのギフティア(アンドロイド)であるアイラの耐用期間が近づいていた。
主人公の①ツカサはアイラと遊園地で穏やかで幸せな最後の時間を過ごす
そして観覧車内で②ツカサは「大切な人と、いつかまた巡り逢えますように」と語り
二人は③キスを交わして、アイラは静かに終わりを迎えた。
アイラとの別れから④時が経って、長期出張から戻ったツカサは
⑤新たなギフティアと出会い、握手を交わすのだった。


赤文字にした部分は、ダリフラ最終話の展開に通じそうなところである。

①の「ツカサはアイラと遊園地で~最後の時間を過ごす」は、
ダリフラだと「ヒロとゼロツーが外宇宙でVIRMと戦い最後の時間を過ごす」といえる。

②「大切な人と、いつかまた巡り逢えますように」は、
ダリフラではゼロツーが「いつになってもいい。僕らに魂というのものがあるのなら、
僕はあの星で、もう一度君に出会うよ。」
と言っている。
どちらも会いたいことを望んでいるセリフだ。

③キスはプラメモ・ダリフラどちらもしている。
④もラストエピソードは時間が経過した後を舞台にしている。
プラメモ:長期出張終了後のツカサ
ダリフラ:ヒロとゼロツーの魂が地球に戻って以降の時間

⑤新たなギフティアと出会い、は
ダリフラなら魂が地球に戻ったヒロとゼロツーの再開で締めくくっている。

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というように、プラメモとダリフラ最終話は
・主人公とヒロインが最後の時間を過ごす点
・またお互い会いたいと願う点
・最後は新たな出会いで終わる
という点でかなり近い最終話だといえる。



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他にプラメモとダリフラの共通点としてヒロインが人間ではない点(人間に作られた)。
アイラはアンドロイド、ゼロツーは叫竜の姫のクローンとして。
非人間的なヒロインに対し、人間の主人公はどう接するのか。
これが両作品に通じる物語の大枠。

プラメモならツカサがアイラの時間が終りを迎えるまでどうするか。
ダリフラならヒロが叫竜のゼロツーとの接近と疎遠を経験しながらどうするか。
その中で主人公がヒロインとどう近づき、純愛的な関係を築き上げるというのが、
プラメモ・ダリフラという作品だった。

林さん・鳥羽さんが組んだアニプレックスのオリジナルアニメでは
二人の人間・非人間という壁を越えての純愛を描きたいのだと、
プラメモ及びダリフラを見て思える。


ダリフラ最終話は穏やかだった。
VIRMとの戦闘もプラメモを見返した後だと、
プラメモのツカサとアイラの遊園地でのデートと同じように思え、
戦いもデートのように見えてしまう。

老化が先行したイクノも生き残り、地球には緑が戻り、最後に二人は再開する。
過酷な戦いを乗り越えた先にある幸せな時間。
ヒロとゼロツーの物語は始まったのだと思う。 
 
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