【夏コミ】ViVid Strike!感想本作ります【公募】 

夏コミ受かりました。
配置場所は「日曜日 東地区 "U" 37b 『失われた何か』」です。

無題

今回はサークルカット通りに
TVアニメ「ViVid Strike!感想本」を作ります。
つきましては原稿を公募したいと思います。

・原稿内容
 
  ① ViVid Strike!の内容に関する感想・評論・批評・二次創作小説
  ② イラスト・マンガ(エッチなものは×)
 
・原稿文字数

  ① 800文字~3000字程度(3000字以上の場合、事前連絡お願いします)
  ② 1P~

・原稿データ様式

  ① テキストファイル・ワードファイル
  ② PDF PSD

・締切
 
   2017年7月16日 (日曜日)。

・送り先・問い合わせ先

  ツイッター(@ohagi2334)にDM下さい

・その他
 
  原稿内容によっては掲載不採用とさせて頂く場合があります。
  予めご了承下さい。

ふるってご応募下さい。
 
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[ 2017/06/18 12:49 ] ニュース | トラックバック(-) | コメント(-)

アニメブログを始めてからの10年間を振り返る-アニメ語りの変遷とともに 

アニメ感想ブログを「失われた何か」を始めて10年が経った。
10年も経つと色々変わる。
今回はブログの10年間を振り返りつつ、アニメ語りの変遷を語りたい。

2007年~2008年

まずこのブログは2007年4月に立ち上げ。
放送中のアニメの各話感想を中心に活動を始める。

アニメを見たらすぐに感想を書くスタイルで記事を更新。
文量は短く、時間がある日曜は1日に何作品も記事を書いていた。

2007年~2011年ぐらいの頃は、各話感想ブログの傾向が強かった。

記事を書いていた作品の中で
思い入れが強いのは2008年の「コードギアスR2」。
日曜5時放送終了後にすぐに記事を書いていた。
いかに早く感想を書いて更新するかを気にしていた頃。
それは記事の更新が早い方がアクセスや反応が良かったから。

放送終了後の5:30には既に「ギアスR2」の記事を投稿しているブログもあって
凄いなぁ、見ながら書いているのかなぁと思いながら驚いていた印象がある。
私も負けじと早く書いていた。

この頃は各話感想ブログを書く方も多く見かけられ、
記事のトラックバックが100~150、多い時は200近く送られてきた。
ギアスR2の最終話のトラックバック数を確認したら262だった。

2007年08年はブログというメディアが
アニメ語りで盛り上がっていたのではないかと思う。

ブログはまとまった感想を書ける点。
特に各話感想はブログのカテゴリ機能によって
作品別に分けられるのが可能で整理がしやすく
HPでの更新より手軽なのが利点だった。

「ギアスR2」の次に放送されていた「ガンダム00 2期」も
「ギアスR2」と同様にいかに早く感想記事を更新しようかと心をくだいていた。
「ギアスR2]「00 2期」共に日5が立ち上がった当初で話題性があり
記事の反応も良かったので、書く動機につながっていたと思う。

2009~2010年

2009年10年も引き続き各話アニメ感想をメインに記事を更新。

この時期で思い入れ深い作品は「けいおん」。
特に「けいおん!!」2期。

今となってはありふれているがいわゆる「日常系」のアニメとして
新感覚な内容で多くのアニメ語りを生み出した作品だったと思う。

2期の方に力が入ったのは
1期で徐々にキャラを好きになっていったから。
特に眞鍋和さんが2期で好きになり、和さんの見るためにアニメを見ていた。

「けいおん!!」もトラックバックが多く、
1記事あたり平均150のトラックバックが送られてきた。
この頃はトラックバック数の多さを人気の指標の一つにしていた。
ただトラックバックが多くてもアクセスがそこまで伸びない作品もあった。
ブログの感想記事が多くても、アクセスに繋がるかどうかは作品次第。

また10年ごろになると、ツイッターのようなSNSのアニメ語りが広がっていった。
私も面白いアニメ語りの人を追っかけるためにツイッターのアカウントを取り
フォロ-して追っかけていた思い出がある。
またUstreamといったネット配信で個人がアニメを語る番組があることも知り、
ツイッターと連携してやりとりできる事は画期的だなぁと思いながら聴いていた。

2011年~2012年

2011年は特に思い入れが深い年かもしれない。

まずは「魔法少女まどかマギカ」。
1話から反応が多かったが、特にマミさんが死亡した3話の記事は
毎日のようにアクセスやweb拍手が多く、
3話以降の記事も多くの方にアクセスして頂いた印象がある。
それだけまどかマギカの反応や感想を知りたい人が多かったのだと思う。
この時に語りたい・語りを聞きたい作品はあるという確信を得た。

これはツイッターでも同様で、放送後ずっとタイムラインは
マミさんの問題で費やされていたという印象がある。

また放送中には震災も起こり、放送期間の変更もあり
様々な意味で記事を書いていた点で思い入れ深い作品だった。

次に「STAR DRIVER 輝きのタクト」。
厳密にはスタドラは2010年10月からの放映だが、
この後の「輪るピングドラム」と関わり11年3月終了なので11年として扱う。

五十嵐卓哉監督、榎戸洋司脚本というウテナスタッフのロボットアニメ。
ウテナ好きとして期待度マックスで視聴し、一生懸命見ていた。
日5のアニメは話題にのぼり易い点でも作品語りも多く、
それに負けないと記事を書いていた印象がある。

そして「輪るピングドラム」。
私にアニメという表現を始めて意識させた
「少女革命ウテナ」の幾原邦彦監督による12年ぶりの新作アニメ。

00年代からずっと待っていた幾原監督の作品。
今までにない以上の労力を割いてブログ更新をしていたと思う。
特に1話の感想は時間に時間をかけて全てを網羅したいぐらいの
意気込みで書いていたように思う(意気込みだけは)。

輪るピングドラム1話「何だかわからないけど、最高に面白い幾原邦彦監督12年ぶりの新作!」(感想)

記事を書くために何回も見返す事もなかったが、
何度も見返しながら記事を書いたのはピングドラムが始めてだったと思う。
「ウテナ」への恩返しだと思って記事を更新していた。
1話と最終話の記事は最低限人前に出せる内容になったのではと思う。

「輪るピングドラム」の最終回をセーラームーンR劇場版、セーラームーンS、少女革命ウテナを交えながら振り返る。

この時期は個人的な観測範囲においてブログを更新する方も多く、
ツイッターやustの発信も多く見受けられた。
アニメ語りが盛り上がっていた年だったと思う。(個人的な印象でしかないが)

2012年~2013年

2012年もアニメの各話感想の記事を中心に書いていた。
2012年は「戦姫絶唱シンフォギア」がとにかく好きだった。
シンフォギアの感想記事は、ストレートに好きだという意識で記事を書いていた。

2013年になると各話感想だけでは飽き足らないと思うようになり
各話感想以外の自分が本当に書きたい記事を仕込んで記事にするようにし始めた。

キッカケは次の記事。

逆襲のシャアにおける、ミライの重要性についての考察。

「逆襲のシャア」についてきちんとした記事を書きたいと思って書いた記事。
クエス・パラヤだけが逆シャアの真髄ではないと思って書いた。
反応も良かったので、好きな富野監督作品についての記事が多くなっていく。

この記事を境に各話感想記事は減らしていく方向性にして
書きたい作品や現象を書いていく方向性になっていった。

また

アニメのBD購入に必要な鉄くずの量を調べてみた

のような方向性の記事も模索するようになっていった。

2013年ごろになるとトラックバックを送るブログも減少した印象を受けた。
人気作品の感想記事のトラックバックは100以上を超えることも多かったが、
この頃は3桁の数字を出す感想記事も少なくなった印象。

トラックバックを送るブログの減少と共に
ツイッターでのアニメ語りは多くなっていった印象。
ツイッターはブログよりも手軽で気楽にアニメ語りを投稿できるのが強み。
元々ブログもHPに比べて手軽に投稿できる点が強みであり、
ブログより手軽に扱えるツイッターを利用するのは自然な流れだと思う。

2014年~2015年

2014年は「ガンダム Gのレコンギスタ」だった。

一番好きな富野由悠季監督の新作。
感想記事を書かないわけにはいかない。

さらにいえばリアルタイムで富野監督作品を
ネットに書くチャンスがなかった私にとって
富野作品の各話感想は一番やりたかった事だった。

しかしブログを始めて7年も経っていたが
「リーンの翼」以降、まとまった富野アニメの新作の発表は無く
「リング・オブ・ガンダム」で最後なのかという思いもあった。

水面下では富野監督の企画が動いていると知りつつも
各話感想更新のチャンスは無いのか…と思っていた矢先の「Gレコ」の発表。
嬉しかった。ブログをやり続けた意味があったと思った。
というかその為にブログをやっていた。

思えば「Gレコ」は「輪るピングドラム」と同じぐらい労力をかけて記事を書いていた。
何回も何回も見返して、各回ごとに切り口を決めて書いていた。

「Gのレコンギスタ 3話」の排泄描写の意味-日常と非日常の接続

各話感想以外も思いついたら記事を書いていた。
ツイッターでも「Gレコ」についていろんな事を投稿していた。
書いている時は本当に楽しかった。

また「Gレコ」の最終話の感想記事を書いていたら涙が出ていた。
ブログを書きながら涙したのは初めての事だったので自分でも驚いた。

「Gレコ」最終話は「T(富野)のレコンギスタ」である

「Gレコ」をリアルタイムで見られたのは感謝でしかない。


2015年は「響け!ユーフォニアム」の記事が印象深い。
反応も上々で視聴者の語りを誘発する作品だったと思う。
京アニ作品ではトップクラスに好きな作品かもしれない。

2016年~2017年

2016年になると更新記事も減っていった。
ツイッターの投稿が中心となり、月に数回の更新頻度。
ブログを続けていくうちに、持ちネタが不足し書く事が無くなっていった。

そんな中でも徐々に盛り上がっていった「Vivid Strike!」は
後半なんとか各話感想を書くほど好きになっていった。

2017年は「けものフレンズ」。
こちらも思いついたら記事を書くスタイルでやっていった。
「Gレコ」ほどでは無いが、記事を書きたくなる作品であり
リアルタイムで大いに盛り上がる状況が面白かった。
最近見直したがやはり面白かった。

まとめ

以上、ブログ更新で印象に残った作品を挙げてみた。

アニメ語りは年数を経るごとに徐々にブログから
ツイッターやまとめサイトが勢いを増していった印象。
機能が追加され、実況もしやすい、投稿もしやすい
ツイッターはアニメ語りに便利なSNSだと思う。

今後はツイッターよりアニメ語りに使いやすい何かが現れれば
そちらに移行すると思われる。
今のところはツイッターがアニメ語りの一番盛んな場所であるように思える。

10年も経つとブログをやらなくていいのかと思うときもあるが
「けものフレンズ」みたいな作品が現れるから、続けていきたいなぁと思ってしまう。
アニメは油断ならない。

今後も

きちんとまとまった内容はブログ。
思いついたことはツイッター。
たまにツイキャス。

今後もこんな感じでやっていこうかなと思うので
「失われた何か」をよろしくお願いします。
 
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[ 2017/05/21 17:54 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

スラムダンクの魚住包丁所持事件について 

スラムダンクの魚住包丁所持事件について。

まずスラムダンクの簡単な説明。
1990年代の少年ジャンプに連載されていたバスケ漫画である。

次に魚住とは。
主人公の湘北高校が練習試合と県大会の最後で戦う陵南高校のセンターである。
2メートルを越す巨漢から“ビッグ・ジュン”の異名をもつ。
湘北の赤木とはライバル。

さて本題の魚住包丁所持事件について。
それは湘北が最後に戦う山王高校戦で起こった。(単行本28巻74P)

uozumi.jpg

魚住がライバル赤木の不甲斐ないプレイに業を煮やし
激励のため試合会場に包丁と桂剥きした大根を持ったままコートに上がってきたのだ。

2メートルの巨漢が包丁を所持して試合会場にやってきた。
同じような事が他でも起これば、現場は騒然とするであろう。

湘北・海南関係者は魚住を知っているので安心感はあったのだろうが、
山王含めて他の会場全ての人間は魚住を知らない。不安になるだろう。

包丁も画像を見るととても長く大きく、銃刀法違反の基準である
「刃渡り6センチ以上の刃物を所持」に当たると思われる。
すぐに警備が来て、魚住を取り押さえたのも頷ける。

uozumi2.jpg

その後は警察沙汰にならず
魚住は両脇に警備員をつけられて観戦することが許されている。

業務のために板前が包丁を所持していたということで
現場の判断として銃刀法違反とみなされなかったのではと考えられる。

そんな魚住包丁所持事件。三井寿湘北高校バスケット部襲撃事件と並んで
スラムダンクにおいて極めて事件性が高いといえよう。

事件の最大の疑問

さてこの事件の最大の疑問を取り上げる。

それは「魚住は銃刀法違反の包丁と大根と鉢巻をいつ所持していたのか」ということだ。

事件が起こったのは広島県大竹市の体育館。
神奈川県在住の魚住は応援のために広島まで駆けつけたわけだが
神奈川から広島に移動中でも包丁と大根を所持していたのだろうか。
一ついえるのは魚住が会場に包丁と大根を持ち込んでいたことである。

これには板前修行中の魚住が旅行中でも
いつでも桂剥きの修行ができるように用意していたと考えられる。
「俺の夢、板前だ」と語る魚住が、旅行中の時間の空いた時に
いつでも修行ができるよう包丁と大根を持っていてもおかしくはない。

しかしこの解釈には致命的な欠点がある。
それは遅れてきた魚住が試合会場に向かうまでの描写で
包丁や大根といった荷物を持っていないのだ。

uozumi3.jpg

森重寛とすれ違う魚住。(27巻113P)
後ろ姿の魚住だが荷物を持っている感じがしない。
またタクシーから出る姿の魚住も他のページで確認できるが、
荷物が全くないのである。

荷物が無い状態でどうやって包丁と大根を持ってきたのか。
疑問はますます深まるばかりである。

魚住は包丁と大根を服の中に隠し持っていたのか。
しかし会場へ向かう服装を見ても用意していたようにはみえない。

試合会場のどこかに包丁と大根があったのか。
ドラえもんの4次元ポケットでも持っていたのか。
どちらも考えづらい話だ。

真相

以上、魚住包丁所持事件について語ってきた。

魚住が包丁と大根をもって試合会場に降りてきた動機はわかる。
赤木を助けたかったからだ。
しかしその包丁と大根を持ち込んだ手口が全くわからないのだ。

魚住がどのようにして「包丁と大根を会場に持ち込んだのか」
これが解けない以上、この事件の真相に辿り着いたとはいえない。
 
魚住の包丁と大根そして鉢巻。
永遠の謎ともいえる要素を残し、魚住の赤木への激励もあって
試合は湘北が山王に対して奇跡的な決勝シュートで勝利したのである。
 
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[ 2017/05/15 20:38 ] ニュース | TB(0) | CM(1)

「初恋」(村下孝蔵)が使われたアニメ達 

「月がきれい」3話で、
名曲中の名曲村下孝蔵「初恋」が使用された。
カバーしたのは東山奈央。

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この曲はとても好きなので、流れると食い入るように見てしまう。
映像作品における音楽・音の重要性を改めて感じさせる。

ちなみに「初恋」は多くの歌手にカバーされているが、
アニメに使われたのが他に2作品ある。

①「BOYS BE…」13話OP

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今井由香がカバー

②「そらのおとしもの」9話ED(2009年)

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イカロス(早見沙織)と五月田根美香子(高垣彩陽)がカバー。

ちなみに「そらのおとしものf」8話では
同じ村下孝蔵の「踊り子」が使用された。

ちなみに村下孝蔵も「めぞん一刻」の最後のOP「陽だまり」を歌っている。

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「初恋」は時代を超え、多くの歌手にカバーされていくだろう。
そして今後のアニメでも使用されることもあるかもしれない。
 
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[ 2017/04/21 21:23 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

岡田麿里さんの自伝を読んで-母と秩父とアニメと 

脚本家 岡田麿里さんの半生を綴った自伝。
「学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで」を読んだ。

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故郷秩父に住んでいた不登校時代。
友人・先生たちのやりとり。
母親との葛藤。

上京後の学生生活及びアニメ脚本家になるまでの道。
そして「DTエイトロン」「天使のしっぽ」「シムーン」
「花咲くいろは」「あの花」「ここさけ」といった作品に触れながら
自身の脚本家としての仕事を振り返っている。

読んでいると、岡田さんは自分自身の置かれた立場も含めて
俯瞰の視点を先天的にもっている方だということがわかる。
学生時代の友人とのやり取りの中で、いかにキャラを作り振舞うかを考え
自分の置かれた状況を深く想像する岡田さんの姿に
自身も物語のキャラだという位置づけで動いていたのではと思ってしまう。

現実を物語のように感じるのは作家的な資質だと思う。
脚本家に作家的資質も求められるのであれば、
学生時代からやってきたこと感じてきたことが血肉となって
岡田さんの脚本に宿っているのだろう。

その作家的資質は周りを山に囲まれた秩父という環境と
母親とのやり取り、様々な先生や友人たちとのやり取りの中で
培われてきたのだと思う。特に下谷先生との読書感想文との
やりとりは大きかったのではないかと推察される。

読んでみると「花咲くいろは」「あの花」「ここさけ」は
岡田さんの人生の断片が散りばめられた作品だというのもわかる。
そうした血肉の断片が作品に物語に迫真性を与えているのだろう。


岡田さんのアニメ脚本家デビューとなった「DTエイトロン」にも触れられ
アミノテツロー (アミノテツロ)さんとのやり取りが面白かった。
よくよく考えていみると、アミノさんの作品で岡田さんがデビューしたというのも
今では意外なような気分もしてくる。

私の好きな「天使のしっぽ」にも結構触れられていたのは嬉しかった。
キャリア初期の岡田さんが全話脚本をした本作だが、
作品を自由にやれた(特に後半)思いと
作品へのリアルタイムの反響に揺れる岡田さんの心境が印象的だった。

本書で最後で触れられている「ここさけ」は相当難産だった事が伺える。
長く一緒にさまざまな作品をやっている長井監督とでも
作品の方向性が噛み合わないなど様々あったようだ。
それでも最後はきちんと仕上り、岡田さんも作品に手応えを感じたようだ。

岡田さんが脚本を手がけると、岡田さんが注目される時も多い。
そんな岡田麿里さん(主に作家的視線で)研究をする上で、
基本的な資料となる一冊が本人の手から出たのは大きいと思う。
 
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[ 2017/04/16 20:54 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

冬アニメのツイッターのフォロー数・フォロワー数を調べた。 

2017年冬アニメの公式ツイッターのフォロー数、フォロワー数を調べてみた。

2017あにめつい
(2017年4月13日調べ)

30分アニメとショートアニメでも数字の傾向は違うだろう。
 
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[ 2017/04/14 06:28 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

プリキュアシリーズの作画監督の参加回数を調査(2017年版)  

はじめに

「全プリキュアシリーズの作画監督と参加回数」を集計しランキング付けしてみた。

aoyamamituru000.jpg

※集計作品はTV放映された作品(ふたりはプリキュア~魔法つかいプリキュアまで)
※魔法つかいプリキュアは今回はカウントせず
※連名の回でもそれぞれカウント

プリキュアシリーズの作画監督の参加回数集計表

プリ作
※爲我井克美さんのみ総作画監督として1話から10話・16話でクレジット。


「魔法つかいプリキュア」の作画監督参加回数は次のとおり。

プリ作2

参加回数TOP5


1位 河野宏之 82回

2位 青山充 59回

3位 稲上晃 38回

4位 フランシス・カネダ 36回

5位 飯島秀一 35回


まとめ

プリキュアシリーズ1位はシリーズ皆勤賞の河野さん。
魔法つかいプリキュア!では、
フランシス・カネダさんとアリス・ナリオさんのコンビが1位。

シリーズ通しての1位2位は河野・青山が堅持。
稲上・フランシスもここ数年安定して参加しているので、
今後も3位4位を守っていきそう。

作画監督は連名での参加の場合もあり、一概に回数の質まで問えないが
ある一定のクレジットの見方や、シリーズにどの方が参加していたかが
わかる資料の一つにはなると思う。

特に魔法つかいプリキュア!からは
シリーズ始まって以来の総作画監督制もできた。
プリキュアもシリーズを重ねることでシステムが変わっているということだろう。

「キラキラ☆プリキュアアラモード」は
どんなアニメーターが作画監督になって、ローテを作っていくのだろうか。
 
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[ 2017/04/09 14:44 ] ニュース | TB(0) | CM(0)