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シャア・アズナブルと島耕作の共通性 

シャア・アズナブルと島耕作は同種の人間ではないか?
両者の共通点から探ってみる。

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①運が良い→運を引き寄せる諦めない心

つまり運が良いことで生き延びられたということ。
シャアはアムロに額にサーベルが突き刺さるピンチも
Zでハマーンにボッコボコにされるなど、
何度も戦いに敗れても、生き延びてきた。強運の持ち主である。

島も初芝の派閥抗争に巻き込まれながらも、
社内で独特の位置を保ちつつ
出向やピンチはあったが、致命的な失脚はなく
最終的に社長・会長に上り詰めた。

島自身も「人生の5割は自分の力で変えられるが
残りの5割は他力の部分だ おれはその残りの5割で運が良かった」
と語るように運の良さを自覚している。

ただ運を引き寄せたのは、プラス思考や諦めない心である。
島もシャアもどんな状況でもへこたれないし諦めない。
シャアの「まだだ、まだ終わらんよ」は
島の「負けたら次に勝てばいい。また負けたらその次に勝てばいい」
は両者の諦めない心を表す言葉である。


②手段を選ばない

①の諦めない心につながるのだが、
両者ともに目的のために手段を選ばない。
シャアはガルマを謀殺し、キシリアもどさくさにまぎれて殺した。
島も裏工作や、マフィアを使っての事件解決などを行っている。

③人を引きつける力

シャアはZでブレックスやカミーユから「人の上に立つ人物」だと言われ
島も周りから評価されて役職を昇っていく。
人に"こいつは…"と思わせる何かが両者にはあるらしい。


④女性遍歴の多さが仕事につながる

最大の共通点。
シャアも島も女性遍歴が多い。
そして女性関係が仕事に役立っている事も共通する。

・両者の女性遍歴
島:岩田怜子、馬島典子、大町久美子、鈴鴨かつ子、片桐久子、八ッ橋新子etc(多いので割愛)
シャア:ララァ、ハマーン、レコア、ナナイ

シャアもギュネイの「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女はかなりいるんだ」発言が
あるので、上記以外の女性とも関係を持っていたのかもしれない。

両者ともに女性が自分に仕事に有用である場合、
うまく彼女たちを使って解決していたと思う。(これは島に軍配があがる)



次に異なる点もみてみよう
シャアと島の最大の違いは血筋及び職業である。

シャアはジオンの創設者ジオン・ダイクンの忘れ形見という血筋が
ネオ・ジオンの総帥になった要因として大きい。

対して島は特別な血筋はない。

島に特別な血筋がなくてもよかったのは、
戦後日本の経済社会だからという点が大きい。
ビジネスマンには血筋は求められてはいなかった。

シャアが身を置いた軍事・政治の舞台では
ジオンの子という血筋が、スペースノイドの支持に大きな役割を果たした。

島の職業では血筋は求められておらず、
シャアはより自身が活躍するには血筋を活用するのが最適だった。
ということである。


まとめ

シャアも島も人気があるキャラクターである。
その両者の共通性は(特に)運と女性。
二人に人気が集まるのは、
特に男が運と女性がほしいという願望が元にあるのではと思った。
 
やはりシャアと島耕作は似ている。
 
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[ 2018/09/02 19:54 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

アニメ横山光輝三国志における呂布の扱い 

アニメ横山光輝三国志の物語は原作マンガに忠実に展開されるが、
所々省略(劉備以外の群雄の動向)や追加(孔明の若い頃)がなされている。

特に飛将呂布に関しては変更が印象的だった。

まず董卓暗殺に加担し、貂蝉を郿塢城から救い出そうとしたら
貂蝉は既に自殺していという大筋は原作と同じ。
違うのは原作では城は燃えていないが、アニメでは城が燃える描写になっている。

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(15話 乱世の美女・後編)

呂布が貂蝉を抱えて、後ろには燃えた郿塢城が映る描写もアニメで追加されたものだ。


次に呂布の最後。

原作では曹操との篭城戦の末に武将の裏切りによって捕縛され曹操の前に差し出される。
曹操の配下になりたいと命乞いをするも、劉備にたしなめられ処刑される。

アニメでは捕縛されるところまでは一緒だが、
捕縛を振りほどき城から逃亡を図るも、逃げる足になる馬もダメになり、武器も折れ
最後は全身に矢を受けて壮絶な戦死を遂げている。

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(22話 呂布・雪原に散る)

アニメの死にっぷりの方が、よりドラマティックに見える。

ドラマティックに見えるのは、作画の力によるものも大きいだろう。
呂布メインの15話・22話共に齋藤浩信さんが作画監督。
緻密で描き込みの多い筆致で、劇画タッチの絵柄で
呂布の強さ・豪胆さ、傲慢さ・愚かさ・悲しさを作画で表現しているように思える。

呂布の死に方の変更がどの段階で決まったのかはわからないが、
少なくとも呂布という男の生き様を描くのに、齋藤さんの作画がマッチしていたと思う。
 
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[ 2018/08/15 19:22 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ダーリン・イン・ザ・フランキス最終話について-プラスティック・メモリーズとの比較 

ダーリン・イン・ザ・フランキスを見終えた。
本作は出会っては引き裂かれ、繋がりたいと思えばまた引き裂かれ、
それでも繋がりを繰り返し求め、その絆は愛に昇華した二人の物語だったと思う。

そしてプラスティック・メモリーズの最終話を見返した。

なぜプラメモを見返したのかといえば、
プラメモの脚本(全話)とダリフラのシリーズ構成・脚本が林直孝さん、
両作がアニプレックスの鳥羽洋典プロデューサーが関わるから。
(アニプレックス製作のオリジナルアニメという点も同じ)
ダリフラの物語を読み解くヒントがプラメモにあることを期待して見返したくなった。


プラメモ最終話のあらすじ↓

ヒロインのギフティア(アンドロイド)であるアイラの耐用期間が近づいていた。
主人公の①ツカサはアイラと遊園地で穏やかで幸せな最後の時間を過ごす
そして観覧車内で②ツカサは「大切な人と、いつかまた巡り逢えますように」と語り
二人は③キスを交わして、アイラは静かに終わりを迎えた。
アイラとの別れから④時が経って、長期出張から戻ったツカサは
⑤新たなギフティアと出会い、握手を交わすのだった。


赤文字にした部分は、ダリフラ最終話の展開に通じそうなところである。

①の「ツカサはアイラと遊園地で~最後の時間を過ごす」は、
ダリフラだと「ヒロとゼロツーが外宇宙でVIRMと戦い最後の時間を過ごす」といえる。

②「大切な人と、いつかまた巡り逢えますように」は、
ダリフラではゼロツーが「いつになってもいい。僕らに魂というのものがあるのなら、
僕はあの星で、もう一度君に出会うよ。」
と言っている。
どちらも会いたいことを望んでいるセリフだ。

③キスはプラメモ・ダリフラどちらもしている。
④もラストエピソードは時間が経過した後を舞台にしている。
プラメモ:長期出張終了後のツカサ
ダリフラ:ヒロとゼロツーの魂が地球に戻って以降の時間

⑤新たなギフティアと出会い、は
ダリフラなら魂が地球に戻ったヒロとゼロツーの再開で締めくくっている。

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というように、プラメモとダリフラ最終話は
・主人公とヒロインが最後の時間を過ごす点
・またお互い会いたいと願う点
・最後は新たな出会いで終わる
という点でかなり近い最終話だといえる。



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他にプラメモとダリフラの共通点としてヒロインが人間ではない点(人間に作られた)。
アイラはアンドロイド、ゼロツーは叫竜の姫のクローンとして。
非人間的なヒロインに対し、人間の主人公はどう接するのか。
これが両作品に通じる物語の大枠。

プラメモならツカサがアイラの時間が終りを迎えるまでどうするか。
ダリフラならヒロが叫竜のゼロツーとの接近と疎遠を経験しながらどうするか。
その中で主人公がヒロインとどう近づき、純愛的な関係を築き上げるというのが、
プラメモ・ダリフラという作品だった。

林さん・鳥羽さんが組んだアニプレックスのオリジナルアニメでは
二人の人間・非人間という壁を越えての純愛を描きたいのだと、
プラメモ及びダリフラを見て思える。


ダリフラ最終話は穏やかだった。
VIRMとの戦闘もプラメモを見返した後だと、
プラメモのツカサとアイラの遊園地でのデートと同じように思え、
戦いもデートのように見えてしまう。

老化が先行したイクノも生き残り、地球には緑が戻り、最後に二人は再開する。
過酷な戦いを乗り越えた先にある幸せな時間。
ヒロとゼロツーの物語は始まったのだと思う。 
 
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ダーリン・イン・ザ・フランキスの作品構造-若さと親密と疎遠の物語 

ダリフラの23話を見て、若い作品だと思った。

それは物語が思春期の若いヒロとゼロツーの関係に集約されていること。
どういうことか本作の物語を振り返る。

まずヒロとゼロツーが接近して親密になると
ストレリチアに力が与えられて敵を倒す事が可能になる。
次に13部隊・オトナ達・敵・お互いが知らない部分の無理解など、
二人の関係を引き裂く・失わせる展開が働いて、
ヒロとゼロツーの関係が物理的・精神的に疎遠・後退する。

しかしこの疎遠になった関係を、ヒロもしくはゼロツーが修復しようとして
さらに関係を親密になることで、さらにストレリチアが強くなって敵を倒す。
具体的には下記表のように物語は展開する。

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この親密→敵を倒す→疎遠→親密→敵を倒す(パワーアップ)
という展開が繰り返され、ついに真・アパスになったのが今回だ。

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※神々しさが表現されているようなゼロツーの表情

ヒロはゼロツーが全て、ゼロツーもヒロが全て。
この自分の全てを相手に賭けるような求め方。
若い時の恋する事が人生の全てのように感じる思春期の物語という点、
恋の成就で未来を切り開く点で、
ダリフラという作品の若さを感じずにはいられない。


ロボットアニメは過去作品の作風や設定の影響下を受けやすい。
むしろ作り手側も過去作品を自覚的に取り入れて作るケースも見られる。
ダリフラも、制作会社ガイナからトリガーの、
トップ→エヴァ→トップ2→グレンラガン→ダリフラの流れに位置づけられるだろう。

特に長い間アニメを見ている方は
ダリフラを見ていて過去作品の影響がちらつくことがあるだろう。

しかしダリフラの二人の今の関係性だけが全てという作風は、
過去作品の影響を気にしなくても良いのではという感じ方をさせる。
それはダリフラの視聴対象層が、彼ら13部隊と同年代の若い層、
特に過去作品に触れていない層をターゲットにしていると感じさせるから。

だからトップもエヴァもグレンラガンも知らない若い方からすれば
ダリフラをヒロとゼロツーの関係に焦点を絞って共感して見ていたのではないかと思う。

こうした思春期な二人の親密と疎遠を繰り返す展開を
性的モチーフを組み入れたロボット(フランクス)を交えながら描いたのが
ダーリン・イン・ザ・フランキスなのだと改めてわかった。
 
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ダーリン・イン・ザ・フランキス 22話の演出を語る-万物流転・暗から明へと生きる 

オトナ達はいなくなり自らの手で大地と生きようとするコドモ達。

もぬけの殻の状態のゼロツーと手一杯のヒロ。
ココロの妊娠、作物は育たず、指導者もいない。
全てがうまくいかない中で、少しの手がかりと
前に進もうとする人の心を元に希望を見出す話だ。

誰も、同じ川に二度入ることは出来ない。
今回この言葉が使われていた。
万物流転、全ては変化するという考えだ。

オトナ達がいた世界からいない世界へ。
いない世界からその先の一歩踏み出した世界へ。
13部隊は地上から宇宙へと生きるための戦いに赴く。
全ては変化するために、留まることを許されない。

生きるために戦うこと、それは変化することを恐れずに上に向かうこと。
そんな話だったと思う。


さて今回。とにかく画面から滲み出る空気が重い、辛い、物悲しい。
まずそれはキャラが辛そうな表情をしているから。

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登場する殆どのキャラが身体的・精神的に追い詰められ虚ろな表情を見せる。
各シーンごとで万遍なく見せてくる容赦のなさ。
さらにその虚ろさを取り払う術が無い点を突きつけられ、
より視聴者に暗々たる印象を植え付ける。
例①ナインズはメンテナンスできないので、そのままの状態でいるしかない。
例②作物が育たないが、対抗するすべがない。

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キャラクターの悲しみを代弁するかのように降る雨。
そして明度を抑えられた暗いトーンの画面の連続。
キャラ表情と画面と物語が三位一体となって
Bパート中盤まで物語は辛い展開の連続で構成される。


転機はミストルティンの土なら栽培できる可能性が期待できるところから。
ナナさんは自分の足で立ち上がる。
ヒロは心がストレリチア・アパスに残されたゼロツーを迎えに火星へ行くことを決心。

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独善的なヒロ(いつものことだけど)に
ゴローの怒りが爆発する姿を見て感情が高鳴るイチゴ。
真正面から抑えているところと、表情付けが素晴らしい。グッとくる。

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イチゴの涙は流星へと繋がる。ロマン溢れる演出。
この流星もゼロツーの心があるアパスがVIRMと戦って
生まれた光なのかもしれないと考えるとグッとくる。

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旅立ちの朝。
一人で宇宙へ向かおうとするヒロと一緒に行こうとするみんな。
空は雨から晴れにて光り輝き、今までのどんよりムードを払拭させる。
画面は上方へPANされ開放的に生きる希望を孕みながら今回を締めくくる。
ゼロツーを迎えに行くこと、VIRMを倒すことが生きることになると信じて。

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ED曲が流れる中、水の波紋を映すカットがちょっとある。
「誰も、同じ川に二度入ることは出来ない。」とゴローのモノローグを挟みながら。

オトナ達の言葉を信じて考えなかったコドモ達が、
様々な経験を積み重ね生きることを掴んできた。
そして絶望下の状況の中でも希望を見出し
変化を恐れずに前に向かうことを選択した。

ダリフラとはそういう生き方を伝えたかった作品なのかもしれない。
 
絵コンテ・演出は高雄統子さん(3回目)。
雨も暗いトーンも重い空気とその先の光も含めて高雄さんがにじみ出た演出だった。
 
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ダーリン・イン・ザ・フランキス 21話を語る-ヒロとゼロツーの繋がりの物語 

叫竜の姫とヒロが囚われの身となった所を
13部隊が殿を引き受けて、ゼロツーが助ける展開。
ゼロツーとヒロの姿に繋がる者の強さを感じ取った
叫竜の姫がヒロ達に力を貸すことで奇跡が起きる。

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ダリフラ。
序盤は部隊の青春群像劇をメインに見せながら、
中盤以降(特に13話以降)は、
ヒロ・ゼロツー、ヒロ・ゼロツー、ヒロ・ゼロツーで押し切る展開。
二人に待ち受ける困難を乗り越えて「好き」を遂げる物語だとわかる。
(個人的にはイチゴが好きだったので、中盤以降は物語の牽引力が
弱くなってしまったのは惜しいが、仕方がない役回りでもある)

肉体という繋がる術を持たず、肉体を捨てよというVIRM。
そのVIRMと戦うために繋がることを忘れた叫竜達。
叫竜のシステム(フランクス)を使い、繋がることを恐れずに生き抜いた13部隊。
今回はゼロツーとヒロの繋がりがストレリチアアパスとなってVIRMを退けた。
肉体を捨てよのVIRMか、肉体(そして心)を通した繋がりのヒロとゼロツーか。
その辺りをどう描いていくかに期待している。
さしあたって最後のゼロツーの異変が気になる。


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さしあたって今回好きなのは13部隊の結束力・友情。
絵作りから、13部隊が戦いと生活を通して関係を育んできたのがわかる。
特にイチゴがミクとココロの肩に寄りかかる自然な密着感が、
「ああこいつら友情あるんだな」という感じがして良い。

こういう絵は本来キャラクター側で描かれるのだが、
フランクスという機体で描かれるのがダリフラの新鮮なところ。
メカニックでもあり搭乗者のキャラクターを反映したキャラにもなれる。

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ストレリチア・アパスのアオリ。
ただ単にかっこいいから載せてみた。
(このデザインをアオって描くのは大変だなぁと)

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スパロボでいう気力150のヒロ。
瞳のハイライトも回転しているのも良いが、
この純粋すぎる表情付けが素晴らしい。
新しい力を得たんだなぁという気概に満ち溢れている。

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ヒロインでもあり、今回ヒロを救出したことで
ヒーローでもある事を証明したゼロツー。
ゼロツーメインで押してくるので、自然に好きなキャラになってしまった。
そういう感情の中で、こういう事切れた表情をされると悲しくなる。
ヒロの奇跡でゼロツーの復活はなるか…
それともOPでの描写のように別れの前兆となるか。
あの絵本の最後の結末は!
  
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ダーリン・イン・ザ・フランキス 20話の演出を語る-血の先にあるのは 

本作品の設定のほとんどが明らかにされた今回。

マグマ燃料と叫竜、及び叫竜とフランクスの関係。
叫竜の姫の目的。宇宙からの侵略者VIRM。

人間は男と女で新しい命を作り繋げ
叫竜人は男と女をつがいにして叫竜となる。
種こそ違えど似た者同士だった。


そして戦いは、叫竜と人類というフェイズから
叫竜とVIRMと人類というフェイズに移行した。

地上での戦闘がメインだった本作が
地上と宇宙側で戦闘を始めた。

VIRM及び叫竜の姫側で投入される
物量と破壊のレベルの規模が今までと違っていた。
宇宙からVIRMの艦隊及び兵器群の圧倒的物量。
姫のビームは宇宙に放たれ、VIRM斥候艦隊を一撃で葬り去るほどに見えた。
これまでのフランクスと叫竜の戦いが些細に見えるほどに。
VIRMという侵略者の登場と、この今までの描写の規模の落差が
いわゆる超展開と感じさせる所以でもある。

今後はVIRMをヒロとゼロツーでどう立ち向かうかが焦点になりそうだが…


さて20話の演出で気になったところ。

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9'εの挑発に言い返すゼロツーを囲む13部隊。
この1カットでゼロツーと他のみんなの距離感がないのが伝わってくるのが良い。

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ヒロとゼロツーのキスは口元を撮さないことで
二人の関係のプラトニック性を保っていたかのように思うが、
叫竜の姫のヒロとのキスは、姫がヒロを奪うような感じとして描かれ、
二つの描写が対照的になっていると感じた。


画面の各勢力の配置の規則性についてはオーソドックス。

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左側に敵、右側に味方という構図。
新勢力のVIRMが登場し左に置くことで、
人間側と同じく叫竜の姫が右側に配置され、
姫が自然と味方のような映像印象になっていく。


今回の絵コンテは長井龍雪さん(14話に続いて、2回目)。
長井さんらしさを感じたのは最後の
口元を拭いて→顔のアップからの→サブタイトル
という流れのカット割。

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他に長井さんつながりで言うと

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血の跡で描かれた線の後にゼロツーがいるのは、
血の流れた先に倒れたオルガの死ぬシーンを思い出した。
(オルガ死ぬ回のコンテは西澤晋さんと遠藤広隆さんの連名)。
 
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