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富野コンテの印象 

富野由悠季監督の絵コンテについて箇条書きでまとめてみた。

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・富野監督自身の絵柄がある。その絵柄がかわいい(味がある)
・絵柄は手塚先生がベースな印象。アオリのシーンの絵柄は湖川さんっぽくなる
・絵コンテの絵柄は現在に至るまで変わっていない印象

・読みづらい文字
・逆シャア、F91のコンテではワープロで印刷された文字が貼られているが、
F91以降のVでは再び手書き文字を使用している(テンションを伝えたいためか)

・細かく描かず要点を抑えたような絵。アニメーターに解釈を委ねる感じ
・抽象的な絵でかつ勢い良い描線のためか、イメージ喚起力が強い気がする
・富野作品を特徴づけるキャラとメカの独特なポージングはコンテにあり

・著書「映像の原則」で書いていたようにラフな絵で描いているため、
流れるようにコンテを見ることができるのかもしれない

・コンテを切るスピードに定評があるが、そのスピード感が伝わるテンション高い描線
・描くのが速いとは、線を引くのが速いこと
・テンション高く引くのが速い描線が、作品のテンションと展開の速さに繋がっている印象
・線を引くのが速いことが、富野監督の決断力の速さおよび高さを感じさせる

・富野監督初コンテである鉄腕アトム96話のコンテは絵の線が硬い(流石にまだ慣れてない)
・シートン動物記のコンテは、富野動物が見られるのがよい(舞台背景も書き込んでいる)
・1stガンダム1話のコンテで、ガンダムが逃げるザクを斬るコンテが最高
・逆襲のシャアのコンテは面白い
・ブレンパワードのコンテは、絵柄をいのまたデザインに合わせているのがかわいい
・ブレンパワードのOPコンテを見て、改めてぶっとんだ内容だと再確認できた
・∀ガンダム最終話コンテのラストカットに書かれた富野監督のコメントに泣いた
・劇場版Zのコンテからはテンションの高さが伝わる

・TVシリーズよりOVAや劇場作品の方が、コンテの書き込み(密度)が上がる
・コンテ用紙の枠外等にある富野監督の指示(独白)のようなコメントがとにかく面白い
・コメントももちろん富野台詞口調 

・サンライズには富野監督の絵コンテ集を書籍化してほしい
 
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[ 2019/08/18 21:05 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

人間の業と本質を描く-女子高生の無駄づかい 7話 

今回も面白かった「女子高生の無駄づかい」7話。

全体でいえば、ネタが冴えていて、キャラの絡みが面白い。
基本、毎回メインキャラを据えて、メイン対誰かの1対1の絡みで見せてくるのだが
相手によってメインの反応が変わり、その変化がネタの面白さの変化にもつながる。

新キャラも登場して(今回ならシーキョン)、人の絡みも多くなっていく。

今回でいうと、やまいとバカの絡みが面白かった。
今までもやまいとバカの絡みはあったが、今までより面白かったのは
ネタ(ガスマスク・体育館)がよかったからだろうか。

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あと目につくのは電車の使い方が上手。
物事が転換する予兆させるものとして有効に機能している。
毎回恒例のアバンでのすごいこと話での電車の切れ味は
オタの心を切り裂いていたようにも思える。


今回の女子高生は、主にやまいとバカを通して
人の業と本質を見事に捉えていたと思う。

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まずやまいがマジメとツーショットで撮った写真をSNSであげたら、
多くの反響が返ってきたことに対しての恍惚の表情。
人は構ってちゃんという業・性質を持つものなのだ。

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また最後の体育館での全体集会のエピソードが人の本質を描いていて秀逸。
やまい・バカのように拍手のタイミングをズラしたい気持ちはよくわかる。
私も学生時代に拍手のタイミングずらしをやりたいと何度も思ったか。
実際にやるととても目立つので、小心者の私にはできなかった。

みんなが同じ事をやっていると、その中でちょっと違うことをしてみたい。
そういう事をしたいのが、やまいでありバカなのだろう。
最後の体育館の話は、人の業・人間の本質を見事に捉えた好エピソードだった。
 
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女子高生の無駄づかい-6話 

新キャラ魔女登場。

魔女が主要キャラと絡ませて、どのような効果が起こるのかに焦点があたる構成。
本作は新キャラが主要キャラ全員と一応は丁寧に絡ませるのが面白い。

今回でいえば、魔女とロリの関係が微笑ましかった。
原作的にも全キャラと絡ませて鉱脈を探っているのだろう。
 
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女子高生の無駄づかいーその面白さと青春期の無駄さ 

「女子高生の無駄づかい」が面白い。
今回の5話は輪をかけて面白かった。

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木に登って降りられないヤマイを救助にしているのが面白い。
横PANで最初救助を見せずに、実は救助されている流れが面白さを生むポイント。

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転校してきたリリィが男嫌い、女好きであると自己紹介したら
生徒達のリリィのイメージがスロットで表現しようとしているのが面白い。
ここではスロットは決まらず。

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リリィは後ろの席ではないと女の子を見渡せないと言った瞬間に
生徒達のリリィの評価が「変人」で決まったようだ。

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文字を使った演出も冴えている。
リリィをうに、マジメをいくらという例えも面白い。

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田中がリリィにどの男なら大丈夫と聞く時の6つの選択。
全く基準も意味もなくて面白い。
写真が混じっているのでここの部分だけ妙にリアル。

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田中の手はゴライアスガエルのオスの手であるオチで今回は終了。
コンテは松園公さん。
絵の選び方が上手い。

本作の面白さはタイトル通り「無駄づかい」にあって、
面白さとは無駄づかい(余剰・過剰)から生まれるのだなぁと思う。

無駄なことに一生懸命になれる。そんな猶予が女子高生にあるのだ。
 
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富野由悠季監督 特別講演レポート-創作の原動力 

5月5日の13時からに宝塚大学 東京新宿キャンパスにて
富野由悠季監督 特別講演が行われた。

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その中で「創作の原動力は?」という質問があり、
富野監督は次のようなニュアンスで答えた。

現在でここにあるものではない何かを作りたい。違うものを作りたい。
今ここにあらわれているものに好きなものはない。
好きなものがあっても自分で作っていない。好きなものは自分で作りたい。

ガンダムGのレコンギスタを作った。
ガンダムを作ったと大人の世界ではそうだが
ガンダムを作った覚えはない。これがガンダム世代にはわからない。

今あるものは気に入らない。
違うものを作りたいと強固に思っています。40年前も1stもそう.



今ここにはない、違うものを作りたい。これが全てである。

富野監督は自分自身で作りたい方である。
既にあるもので好きなものがあっても、
自分が作ったわけではないから気が済まない。
自分で作って、作ったものを好きになりたい方なのだ。

富野監督は子供の頃、宇宙ロケットが好きだったが、
既存のロケットの形では満足せず、ロケットのデザインを描いていた。
子供の頃から変わらない、違うものを作る挑戦。

空想とはいえ世界全てを作ることができる
オリジナルアニメのような媒体は富野監督に適していたと思う。
ロボットアニメでもオリジナルなものができる可能性を見出して
特にザンボット3以降、ロボットアニメの専従者としてやってきたのだろう。

富野監督が自分の作った作品を好きになるかについては、
自身の作品を「失敗作」「見てはいけません」等々の発言からわかるように、
相当なハードルを課している。安易に自分の作品を好きとは言わない。

そして続編は、作ったという認識ではない。
だからZガンダムからブレンパワード直前までのガンダム専任時期について
新作を作ってこなかったと発言することもあった。

新しいもの(新作)を作りたいのだ。

富野監督の真髄が明確にわかる質問への答えだった。
以前に富野作品に惹かれるのはカウンター性、
今見えている世界とは違う世界を作る点にあると感じていたが、
富野監督から今ある世界とは違うものを作りたい事が明確に聞けて、
私の考えも遠からず当たっていたのかと少し安心した。
 
そんな富野監督は公演で12歳の少年から
「一番好きなガンダム作品は何ですか?」と質問された。

富野監督は「色々あるが、一番最初のガンダムが一番好き」と答えていた。
違うものを作り好きになりたいという富野監督にとって
1stガンダムが新しいものを作ったという自負を感じさせた返答だった。
 
富野監督には新しいものを作っていただきたい。
 
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[ 2019/05/07 20:22 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

逆襲のシャアにおけるサザビー脱出ポッド問題について 

逆襲のシャアのサザビーで印象に残るといえば
脱出ポッドの大きさである。

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この絵だと脱出ポッドはνガンダムの頭部よりも大きく見えてしまう。
この絵を元にサザビーのサイズをいま計算してみたが
サザビーの全長は70mにも及んでしまう。
サンライズの頑張り過ぎだ、いうことが語り継がれている。
(サザビー脱出ポッド問題)

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射出時の脱出ポッドは、サザビーの頭部に収まる比で描かれている。

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上記シーンを絵コンテと比較すると
コンテに近い形の縮尺で脱出ポッドは描かれている。
(若干コンテの方が小さめに描かれている感じ)

νガンダムが両手で脱出ポッドを抱えるシーンの
コンテがないので何ともいえないが、
元々の設定でサザビーの脱出ポッドが腹部にあった事に
起因するミスという説もある。

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一方で大きく脱出ポッドを描くことで
絵的な見栄えが増す効果は、この問題において見逃せない。
(脱出ポッドを大きく描くことでシャアのカットインの入るポイントがすぐわかる)

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あの大きさの脱出ポッドをアクシズに叩きつけるのは絵的にはカタルシスがあると思う。

結論をいえば、上記以外の脱出ポッドが描かれている絵コンテが見たい。
 
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[ 2019/04/28 20:27 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(2)

富野アニメのカウンター性 

富野アニメの何に惹かれるのかといえば、カウンター性。

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勧善懲悪が主流のテレビまんがの世界に善悪逆転のカウンターをかける
「海のトリトン」「無敵超人ザンボット3」

おもちゃのロボットが出ていれば
スポンサーからは良しとされたロボットアニメに
人間ドラマへの志向を試みる
「機動戦士ガンダム」

バブル経済前夜の風潮に対する
現状認知としての物語としての
「機動戦士Zガンダム」

正当こそが異端であると主張した
「∀ガンダム」

googleでもディズニーでもないものとしての存在があると
講演会で語られていた
「Gレコ」

今見えている世界だけが世界ではない。
もっと違う見え方ができれば別の世界がある、
というカウンターを富野アニメは常に放っていると思う。

違う世界があることを
絵の積み重ねで語られるアニメという虚構を用いて
嘘八百のリアリズムで語られる点に富野アニメの魅力がある。
 
虚構でできた世界だからこそ、逆に真実があるように感じられるのだ。

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[ 2019/04/21 22:45 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)