ダーリン・イン・ザ・フランキス 7話の演出-イチゴの髪と二面性 

ダーリン・イン・ザ・フランキスといえばイチゴ。

そんなイチゴの性格をデザイン上で最も表しているのが髪型。
この髪型を感情表現・画面効果として使っている。

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左側の髪はヘアクリップによって開かれることでの陽のイメージ。
第13都市部隊のリーダーとして明るく周りを気遣い引っ張り
パブリックを背負う面もあるイチゴ。

上のように左側から映すと、明るく凛のあるイメージに見える。

対して右側はイチゴの私的・内面を担う陰のイメージ。
端的にいえば、ヒロやゼロツーへの誰にも言えない思いを抱える。


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例えば、ゼロツーがイチゴに話しかけたシーン。
イチゴは左を向き目を逸らして話す。
右髪がゼロツーに対する精神的防御壁として機能しているイメージとなる。

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ゼロツーがキスについての話は興味があるので
目はゼロツー側を向くが、髪がゼロツーをシャットダウンしている。
髪型だけでイチゴとゼロツーには壁があることを感じさせるのが上手い。

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この左右非対称の髪型が生かされるのは振り向きシーン。
顔が隠れた状態から、表情が現れることで変化を感じさせるのが良い。
その表情が、あまり見せたことのない表情なら尚更。

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真正面から映すと陰陽が一体となったような、
イチゴの全てを見せてくれる感じがする。

イチゴの魅力はイチゴのヒロを思う気持ちが中々当人に届かない点に
視聴者側が思いを込めることで生まれると思うの。
さらにいえば、イチゴも自分の思いを上手く言葉にも形にもできない点にある。
最初はキスも知らない、恋も愛もまだ知らないこども達。

イチゴの髪型は彼女の複雑な内面をデザイン的に見せてくれるキャラクターだと思う。

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こうしたイチゴの髪型と同様な機能を持っているキャラクターとして
鉄血のオルフェンズのオルガ(前髪)が挙げられると思う。
リーダーとして振舞う責務があるオルガ。
一方で三日月の期待に応えることの不安を抱え持つ二面性を、
前髪で目や表情を隠したりすることで、表現してように思える。


ダリフラ7話はイチゴのモノローグで始まり終わった点でイチゴメインの回だった。
彼女が可愛く見えるのも、その髪によるものだというのがわかる7話だった。

<余談>

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偉い方々が「グランクレバス」への到達が目的と言っていた矢先に
大地の割れ目(クレバス=女性器の隠喩)から
滅びた都市へと誘われ世界の一端を知るこども達。

その中でココロは性に関する本を入手し、
ゼロツーとイチゴはキスについての話をする。

海(命・母性・感情)→割れ目(女性器)→荒廃都市(真実)→海及び流星と
場面転換した今回。

性的メタファーに彩られた本作でも最もらしい展開だった。
 
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[ 2018/02/25 16:30 ] ダーリン・イン・ザ・フランキス | トラックバック(-) | コメント(-)

【レビュー】さよならの朝に約束の花をかざろう-時間の積み重ねによる感動 

「さよならの朝に約束の花をかざろう」を鑑賞。

見ながら、頭によぎったのは

「アニメの感動の本質は時間の経過の積み重ね」
「映像の本質は物理的な時間の流れよりもはるかに短い時間で時の流れを人に感じさせる事」

という言葉。

これは「星山博之のアニメシナリオ教室」という本に書かれた言葉だ。

この映画をまとめるに、この指摘がしっくりくる。

エリアルが子供から青年、生まれてから死ぬまでの
時間の経過・積み重ねを2時間で感じさせる事で感動を産み出した。
一方で長命のマキアが外見的変化を伴わないことで、
エリアルとマキアの関係性が、エリアルの成長に合わせて
変化していく経過が克明に描かれていたと思う。

身体的にも心の面でも成長し変化するエリアル。
身体的には変わらず、心は強くなっていくマキア。
それぞれに変わる面と変わらない面もありながら、
それでも母と子であり続けたのが、人の心を打つ要因になるのだろう。
 
逆にいえば母のマキアが身体的に変わらず少女であるのが、
子のエリアルにとって残酷でもあり、
いわゆる普通の乳離れとは違う形で乗り越えなくてはいけないのが大変でもあった。

衰退する国家。滅びゆく竜。繁栄する都市。
人の変化とともに世界も時間の経過に合わせて変化を見せていく。
(世界を紡ぎ上げる凝りに凝った美術設定・美術)
変わらないものなのなどないのだ。

そんな時間の経過により変わり続ける世界を、
(無垢性が際立つ造形の吉田明彦キャラを使い)
変わらないもの達からの視点で描いたのが
「さよならの朝に約束の花をかざろう」であろう。
 
こうした時間と経過の物語の集約している点、
(モチーフとしての機織りに時間の意味を込めている)
時間の経過を経ても見た目が変わらないキャラクターを使用した点でも
極めて星山がいうアニメの感動の本質を有効活用した作品だったと思う。
 
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[ 2018/02/24 14:05 ] ニュース | トラックバック(-) | コメント(-)

ダーリン・イン・ザ・フランキス 6話の演出-性別ごとの表情の見せ方 

ダリフラにはある規則性があることに気づいた。

それはフランクスの稼動時・戦闘中では女性キャラの顔を見せないこと。
男性キャラの表情はカットインで見せること。

よくよく考えると、各フランクスの顔は女性キャラの表情を投影したもの。
コクピット内の女性キャラの顔まで見せるとダブってしまいムダなわけだ。

次のキャプを見るとわかりやすい。

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上から

・イチゴ(フランクス) ゴロー(生身・カットイン)
・イチゴ・ゼロツー(フランクス) ヒロ(生身・カットイン)
・ゼロツー(フランクス) ヒロ(生身)

一番下は違う見せ方でヒロと生身のゼロツーを映す会話は成立しそう。
だがあえてストレリチアからのゼロツーとヒロで語らせている。

本作がロボットアニメなら搭乗する女性キャラの表情はロボットに投影。
同乗する男のパイロットの会話はカットイン等。
こうした手法は自分が知らない見せ方だった。


だからコクピット内の女性キャラの表情が見られるとき。
それはフランクスが表情を失い、何らかの異常をきたした場合だ。

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ヒロが死んだと思いイチゴが激しく動揺してる時。
イチゴが動揺してフランクスの接続がNGな時。
イチゴの顔が映される。

そんな性別ごとのキャラの表情の規則性を効果的に見せたのがゼロツー。

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戦闘中、生身のゼロツーの表情はわからず。
実はコクピット内のゼロツーの表情はこうでしたというのが6話。
実の顔を見せなかっただけにこの見せ方は効果的だ。

ヒロが倒れた後、一人で叫竜と戦おうとするゼロツーの表情。
人から離れ鬼気迫るものがある。
ヒロも知らなければ視聴者も知らない表情。
(ヒロと視聴者がお互い納得する瞬間)

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孤独なゼロツーの翼になると決心しゼロツーに寄り添うヒロ。
(青い血は消えていく=人化)
ヒロに抱きしめられ人としての形を戻しつつあるゼロツー。

人になるとは男性と女性が交わることで成立するものなのか。
人もフランクス(ロボット)も人に造られた点で同じ。変わりがない。
そんな事を思わせる性別ごとの表情の使い方。

ダリフラの戦闘シーンはセックス的である事を自覚しているなぁとも思う。

<余談>

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イチゴは可愛い。
本作では一番感情の揺れ幅が大きいキャラな点。
負けヒロインの道をひたすら突っ走るので判官びいきしてしまう点にある。

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コード090。ヒロがあだ名をつけたらオクレになるだろうと思った。
オクレといえば、吉本興業のMr.オクレ。(髪型が似ている)
090は大人になったらオクレ兄さんになると想像しながら見ると面白い。
 
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日本酒とアニメ-その魅力楽しみ 

最近、日本酒を家で飲むようになった。

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理由は自分に新しい嗜みがほしいから。
そう思ったときに、居酒屋の日本酒が美味しかった記憶が蘇り、
日本酒なら続けられるかもしれないと思ったからだ。

とはいっても、下戸なので飲むペースは四合瓶を10日ぐらい。
去年の年末から始めたので、まだ6本しか飲めていない。
初心者である。

・まんさくのはな 純米吟醸
・風の森 雄町 純米吟醸
・鳳凰美田 初しぼり 純米吟醸
・川中島幻舞 美山錦 純米吟醸
・川中島幻舞 山田錦 特別純米
・磯自慢 本醸造 

それにしても日本酒は奥が深く沼のようだ。
銘柄によって様々な味や香りがあり美味しさが違うのが
まるで日本のアニメのようだと思った。
アニメもまた作品によって、絵も話も違えど面白いからだ。

しかし私は日本酒の事を知らない。
まだ流行の人気銘柄しか手がついていない。
そして日本酒の情報収集をしている内に感じたのが
人気銘柄を追いかけるよりも、
自分に合う美味しい銘柄を見つけることが大切だということ。

アニメも同じで、流行や人気で作品を見るのも全く悪いことではないが
例え不人気であっても自分に合う作品を探せた時の喜びが大切なのではと思う。

私は香りが高くフルーティーで甘い日本酒が好きではあり、流行の一つであるようだが、
それだけが日本酒の魅力ではない。

日本のアニメで例えるなら井上俊之や沖浦啓之の作画だけが魅力ではない。
他のアニメーターの作画にも魅力がある。
富野監督のアニメは好きだが、他にも面白い・好きなアニメはたくさんある。
そういう流行やトレンド、自分の好みだけではない
日本酒及びアニメの魅力を感じていきたいのだ。


話は変わるが、私が訪ねた酒屋の店主は面白い方が多かった。
酒のうんちくを面白く語り、自分の好みを伝えると
美味しいお酒を勧めてくれる店主。
銘柄についての説明を事細かく面白く伝える店主。
酒屋によって、方向性が全然違う。ただ良い酒を扱いたい気持ちは一緒。

いい酒屋は美味しいお酒をただ揃えて売っているのではない、
店主を通して、酒(銘柄)の魅力を売っているのだと感じた。
私も酒屋の店主のように、アニメを語れればなぁと思った。


最後に。まだ流行の日本酒にしか手がついていない立場ではあるが、
日本酒もアニメもその数だけ、美味しさと面白さがあり、
新しい美味しさや面白さを発見するには、新しいものに挑んでいくことが大切かなと思った。
 
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[ 2018/02/16 20:32 ] ニュース | TB(0) | CM(1)

ダーリン・イン・ザ・フランキス 5話の演出を語る 

死を覚悟しながらも再度フランキスへの搭乗を決心するヒロ。
ヒロを案じる無力なイチゴ。含みを持ちながらヒロを導くゼロツー。

高雄統子コンテ・演出回。

今回の演出の特徴として

・シリアス感・キャラの不穏さを支える彩度・明度が低い画面
・心情を水(雨,波紋,水面)に託す

が挙げられるだろう。
(これらの要素は高雄統子の演出の特徴でも挙げられる)


特に心情を水に託す演出が冴えに冴える。

まず

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ゼロツーの存在。危なっかしいヒロ。
そんな揺れ動くイチゴの心情に対応するカップの水面。

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イチゴの動揺は波紋となって
その後のイチゴとゼロツーへのやり取りに繋がり、

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波紋はさらにヒロの冷や汗(明らかに体調おかしい)に繋がる。
水の動きはキャラの感情の動き。


他の象徴表現としては

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チョウを捕捉しようとする蜘蛛。
蜘蛛はゼロツー。チョウはヒロのように見える。


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イチゴに人でなしと言われ
ツノと赤目と黒さで人外としての存在感を放つゼロツー。
今回はゼロツーの不穏さがこれでもかと描写される。

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イチゴとゼロツーのやり取り後、雨が降る。
ヒロが降らすことができないと言っていた雨。
イチゴのどうしていいかわからない悲しみ。
ゼロツーの人ではない悲しみ。
クライマックスとしての雨。

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雨上がりの朝。
水面スレスレのに飛ぶ鳥。
まさにヒロ自身。死ぬ可能性を示唆している。

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ヒロの決心を聞いたゼロツーが見せる不穏な表情。
何を考えているかわからない感じが良い。
このカットを見て、このアニメを見続けてきて良かったと思わせるぐらい。
この表情付けは作画監督の愛敬由紀子の修正によるものか…。

今回は、良い画面的緊張感の中で引き込まれるように見ることができた。


気になったのは、
トリガーメインの作画演出回と
A-1系メインのそれとで作風の乖離があるようなないような点。
逆をいえば作画演出の個性が光る、
もしくはトリガーとA-1で作品の捉え方が見えることにもつながる。
 
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「ダーリン・イン・ザ・フランキス」4話の演出を語る 

ダーリン・イン・ザ・フランキスは思春期の葛藤。

その葛藤と克服は、画面演出の上では例えば人との距離・距離感に集約される。

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拘束されたゼロツーがヒロに別れを告げる時のシーン。
ツノがヒロの頭にぶつかる。
人(ヒロ)と人(ゼロツー)ではない二人の距離がツノで表現される。

(余談だがこのシーン。イデオン発動篇のコスモとカーシャがキスするのを
ヘルメットが邪魔するシーンのオマージュだと思ってしまった)

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ヒロが連行されるゼロツーに思いの丈をぶつけるシーンでは
二人の距離が遠く、画面外へ遠ざかろうとしている。
さらにヒロの前には3話で出てきたセキュリティが遮る。

ヒロが今の気持ち全てをゼロツーにぶつけることで、
ゼロツーはヒロの元に舞い戻り、距離を詰め寄る。

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不敵に笑うストレリチアとそれに気づくデルフィニウム。
ゼロツーのイチゴに対する勝利宣言だったのだろうか。
敵を倒すのは自分たちという点においても、
ダーリンは私のものという強い意思表示を近距離で見せつける。

このシーンで気づいたがダリフラのフランクスの表情はドラマを作れる機能がある。
アクションシーンはキャラクターのドラマが停滞するとも言われるが、
フランクスの表情の変化はドラマの停滞を起こさずに、ドラマを生み出す効果がある。

今回は以上のように画面におけるキャラの距離及び距離感が印象的だった。

4話のコンテは摩砂雪。エヴァ19話はあまりにも有名だが、
キャラクターの感情を爆発させてメカシーンで
圧倒的カタルシスを生み出す演出にかけては天下一品だと思った。
 
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青春の閉塞感と焦燥感-ダーリン・イン・ザ・フランキス 

ダーリン・イン・ザ・フランキスのEDでのイチゴの走りを見ながら
本作は青春の閉塞感と焦燥感を描きたいのかなぁと思った。

イチゴの走りは焦っている、何かから逃げるように見えたからだ。


コドモしかいない閉塞な人間模様
鳥カゴ内だけでの閉塞な世界
そして閉塞な世界から(叫竜によって)外に出られない状況。

3話ではヒロがゼロツーに誘われて始めて都市の景色を見る中で
ゼロツーに外の世界に出てみないみたいな事を言っていた。

このシーンで本作は外へ行きたい、
でもコドモだから行けない(力がない)
話なんだなと思った。

力がないから、焦りイライラする。
ヒロもイチゴもゼロツーもミツルもそれぞれが焦燥感に駆られている。
自分の心の気持ちの整理もできないまま(整理できる言葉も知らない)。

焦燥感がコドモ達自身を追い詰める。
ヒロが絡む事案に敏感に反応しすぎるがあまり
ストレリチアの救援が来た時にヒロとゼロツーが乗ったと思い
ヒロへの気持ちからデルフィニウムを動かせなくなってしまったイチゴ(ゴロー)。

ミツルもヒロに名前をつけてくれたことから始まる羨望と
フランクスに乗れない事がわかってからの失望と反動としてのヒロへの対抗心。
自分の心がわからないまま、その感情に飲み込まれ行動し最後には傷つく。

青春も性についても全く知らない彼ら彼女達が
戦いを通してこうした事に目覚めて外へ行こうとするのが本作の物語の筋なのだろう。
 
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[ 2018/01/28 21:37 ] ニュース | TB(1) | CM(0)