「さすらいの太陽」というアニメがある。

1971年にフジテレビで放送された、
藤川桂介原作、すずき真弓作画による漫画原作。
手塚治虫の虫プロがアニメ制作。
物語は宇多田ヒカルの母で歌手の藤圭子をモデルにした
主人公峰のぞみが芸能界を目指す内容となっている。
虫プロダクションの公式ページのさすらいの太陽を紹介するページでは、
日本初、芸能界を描いたアイドルアニメ
芸能界の内情やヒロインたちの持ち歌のリリースなど、現在の「けいおん!」等に代表される音楽系アニメの礎を築いた作品でもある。
出典:
さすらいの太陽(虫プロ公式)と紹介されている。
TVアニメで先駆けて音楽、芸能、当時のアイドルを題材に扱った作品である。
本編では当時の流行歌やED曲(心のうた)が流れ、
歌を押し出した内容であるのが伝わってくる。
そんな「さすらいの太陽」であるが、
制作スタッフを挙げてみると中々興味深い面々が参加している。
プロデューサーの岸本吉功。
絵コンテで多数参加した、斧谷喜幸こと富野喜幸(現:富野由悠季)。
設定制作と脚本で星山博之。
作画設定で安彦良和。
原画には八幡正が多数参加。
富野・星山・安彦とくれば、機動戦士ガンダムノメインスタッフであり
八幡は後のスタジオ・ダブ(サンライズのアニメの作画を担う会社)の社長。
岸本はサンライズの初代社長。
つまりサンライズに深い関わりを持つ方達が参加している。
そしてさすらいの太陽の放映終了後に
岸本達、虫プロの営業スタッフが独立して
1972年にサンライズの前身となる有限会社サンライズスタジオを創業する。
一方、同じ虫プロ制作でありさすらいの太陽の同時期に放送していた
あしたのジョーは、制作の中心にいた出崎統、丸山正雄らが
中心となってマッドハウスを立ち上げる。
虫プロは1973年に倒産するのだが、その前に放送されていた
あしたのジョーが、マッドハウスの母体となり
さすらいの太陽が、サンライズの母体となる。
以上のように振り返ると、虫プロ制作でありながら
実質的に後のサンライズのスタッフで
さすらいの太陽は制作されたといってもよいのかもしれない。
さらにいえば、ロボットアニメもので評価されている
サンライズの初のアニメがアイドルもの、歌ものであるという点も
今となっては興味深くなってくる。
「ラブライブ」が存在するからだ。
ラブライブの大ヒットから遡ること40年以上前に
実質的にサンライズの創業に関わったスタッフが
アイドルアニメを作っていたという事実。
もちろんさすらいの太陽とラブライブが
直接的な影響や関係があるわけではない。
とはいっても、ラブライブの京極尚彦監督の師匠筋に当たる
菱田正和は富野の∀ガンダムで絵コンテ・演出助手を担当しており
サンライズの監督の系譜から見ると、間接的な縁があったりする。
いずれにせよサンライズの創業者(岸本)が
独立前に作ったのがアイドルアニメという点で、面白い因縁を感じる。
そして若き日の富野由悠季が全26話中、コンテを12本切った点も面白い事実。
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