「心が叫びたがってるんだ」を鑑賞。
少年少女たちの青春と恋の酸いも甘いも凝縮した物語だった。
決して泣くわけではなかったが、
不思議と満足した余韻がじわじわ心に広がっていく感じだった。
青春と言葉
物語を追っていて明確になっていく
「言葉にしないと想いが伝わらない」という事は頷け、
共感をもって受け止めることができた。
一方で物語冒頭で、成瀬順が母に父親の不倫現場の瞬間を喋ったことで
成瀬家が崩壊する出来事で、「言葉」は人を傷つける事を思い知らされる。
青春時代は特に「言葉」に敏感になる。
些細な言葉の行き違い、使い間違い、乱暴な言葉が誤解や無理解を呼び
田崎大樹と野球部員のケンカのように、非難や衝突にもなる。
逆に言葉の使うタイミングや誠意ある言葉(態度)は人の心を動かす。
成瀬順が喋れないと罵倒した田崎大樹が、その後成瀬順が頑張る姿を見て
クラスメイトに地域ふれあい交流会の催し物をミュージカルでやりたいと提案し、
やる気が無かったクラスメイトの心を動かしていく。
「言葉」が人を動かし、その「言葉」を発する源は
「言葉」を使う人の心の切なる叫びだ。
その叫びが切実であるほど人の心を動かしていく。
物語後半では、成瀬順が自身に課した呪いを振りほどき、
坂上拓実に告白した恋は、坂上拓実の心を動かした。
いつもあいまいな「言葉」づかいで距離を詰めない
坂上拓実もまた成瀬順の告白によって、心を動かしたのだ。
自分の言葉が招いた両親の離婚で「言葉」を封印した成瀬順。
同じく両親の離婚で、あいまいな「言葉」で誤魔化してきた坂上拓実。
坂上拓実との付き合ってきた仁藤菜月も「言葉」をあいまいにして生きてきた。
肘の怪我で野球ができない田崎大樹は、乱暴な「言葉」を使い鬱屈していた。
本作「心が叫びたがってるんだ」は、彼ら4人が「言葉」を様々な意味で閉ざしたことで
生まれてしまった鬱屈や悩みを、成瀬順とミュージカルがふとしたキッカケで結びつき、
4人の叫びたがっている心を再び「言葉」によって解放する物語であった。
さながらそれは城嶋先生が事あるごとに言っていた
「ミュージカルには奇跡がつきものだって」という言葉にもつながる。
彼ら4人の心が解放されるのも「奇跡」なのだと。
もしかすると「心が叫びたがってるんだ」が制作できたこと自体が
奇跡だったのかもしれない。
作品作りと言葉の力
ミュージカル制作においてクラスメイトを説得するのと同じように、
おそらくアニメの制作も「言葉」が必要なのだろう。
ミュージカルもアニメも何かを作るという点で変わりはないのだから。
特に本作のようなオリジナルアニメを制作するのは、
企画段階においては無から有を作ることであり、
「言葉」を駆使して企画と物語を詰めていくことになる。
また何百人ものスタッフが関わるアニメ制作において
スタッフを参加させるには「言葉」での説得は不可欠である。
ここさけのミュージカル制作は、さながらこの作品自体が
どう作られているのかという縮図に見せているようにも感じた。
アニメを製作していく、スタッフに参加を求めていくのも、
田崎大樹のクラスメイトへの説得みたいなやりとりがあるのだろう。
ミュージカル制作もオリジナルアニメ制作もまず
成瀬順の「言葉にならない言葉」を「言葉化」することから始まり
その「言葉」に力があれば、作品作りの大きな力となっていく。
アニメ制作者とメインキャラクターの関係性
クラスメイトが動いたのは、成瀬順が描く物語に坂上拓実が共感し、
その想いがクラスメイトに伝播する。
成瀬順はミュージカルの原作者でもあり脚本家でもあった。
この成瀬の物語に坂上拓実はピアノの経験を生かし
演出家がタクトを振るように成瀬の心の中にある物語を開かせていく。
仁藤菜月は坂上拓実・成瀬順・田崎大樹の3人の中では
こうしようああしようという提案は行わず、周りの調整役に徹したと思う。
「作品は現実の自分のポジションと無関係ではない」と富野由悠季氏は言っている。
この言葉を踏まえて以上の事を振り返ると、
成瀬順は本作の物語の骨子をまとめた岡田麿里さんの分身でもあり
調整役に徹した仁藤菜月は、企画の調整役も担うもう一人の岡田さんの分身でもある。
成瀬順の物語を引き出す坂上拓実は、監督の長井龍雪さんに当てはまり
現場を動かした田崎大樹は、田中将賀さんに当てはまるのではと思った。
まとめ
玉子を、殻を割る・もしくは王子としての暗喩、
きみと君、のようなダブルミーニングを使い、
物語上に様々な仕掛けを施した構成。
「言葉」が使えない成瀬順を表現するために、
些細な所作や芝居を細かくつけることで、
成瀬順のキャラクター像を明確にした作画。
携帯電話やスマホの通信機能も、効果的に取り入れ
現代的な物語に仕立て上げることにもなった。
そして4人とクラスメイトの物語を支えたのが
様々な場面で違う町並みを見せることで物語の重層性を与えた
秩父というローカルな舞台であった。
大手住宅メーカー的な建築の成瀬の家と
昔ながらの大工が立てたような古民家的な坂上の家が
秩父の町並みに同居する面白さ。
ジョナサンやローソンもあれば、電車も神社や畑も山ある。
古きものと新しきものが混在に凝縮された魅力が秩父にはある。
何より「言葉」というテーマは重く、どんな人も避けては通れないものだ。
どうしたら人を傷つけないようにできるのか。
どうしたら人の心を動かせるのか。
そんな苦しみを抱えながら、人は生きている。
「心が叫びたがってるんだ」は上記の「言葉」で起こる人生の問題を
青春と恋と秩父という舞台を用いて、描いた作品なのだろう。
4人の本当の物語はこれから始まるのだから。
そう期待させたくなるようなラストだった。