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日本初のアイドルアニメ「さすらいの太陽」と「ラブライブ」-サンライズと富野由悠季。 

「さすらいの太陽」というアニメがある。

sasura.png

1971年にフジテレビで放送された、
藤川桂介原作、すずき真弓作画による漫画原作。
手塚治虫の虫プロがアニメ制作。

物語は宇多田ヒカルの母で歌手の藤圭子をモデルにした
主人公峰のぞみが芸能界を目指す内容となっている。


虫プロダクションの公式ページのさすらいの太陽を紹介するページでは、

日本初、芸能界を描いたアイドルアニメ


芸能界の内情やヒロインたちの持ち歌のリリースなど、現在の「けいおん!」等に代表される音楽系アニメの礎を築いた作品でもある。


出典:さすらいの太陽(虫プロ公式)

と紹介されている。

TVアニメで先駆けて音楽、芸能、当時のアイドルを題材に扱った作品である。
本編では当時の流行歌やED曲(心のうた)が流れ、
歌を押し出した内容であるのが伝わってくる。


そんな「さすらいの太陽」であるが、
制作スタッフを挙げてみると中々興味深い面々が参加している。

プロデューサーの岸本吉功。
絵コンテで多数参加した、斧谷喜幸こと富野喜幸(現:富野由悠季)。
設定制作と脚本で星山博之。
作画設定で安彦良和。
原画には八幡正が多数参加。

富野・星山・安彦とくれば、機動戦士ガンダムノメインスタッフであり
八幡は後のスタジオ・ダブ(サンライズのアニメの作画を担う会社)の社長。
岸本はサンライズの初代社長。
つまりサンライズに深い関わりを持つ方達が参加している。

そしてさすらいの太陽の放映終了後に
岸本達、虫プロの営業スタッフが独立して
1972年にサンライズの前身となる有限会社サンライズスタジオを創業する。

一方、同じ虫プロ制作でありさすらいの太陽の同時期に放送していた
あしたのジョーは、制作の中心にいた出崎統、丸山正雄らが
中心となってマッドハウスを立ち上げる。

虫プロは1973年に倒産するのだが、その前に放送されていた
あしたのジョーが、マッドハウスの母体となり
さすらいの太陽が、サンライズの母体となる。


以上のように振り返ると、虫プロ制作でありながら
実質的に後のサンライズのスタッフで
さすらいの太陽は制作されたといってもよいのかもしれない。

さらにいえば、ロボットアニメもので評価されている
サンライズの初のアニメがアイドルもの、歌ものであるという点も
今となっては興味深くなってくる。


「ラブライブ」が存在するからだ。

ラブライブの大ヒットから遡ること40年以上前に
実質的にサンライズの創業に関わったスタッフが
アイドルアニメを作っていたという事実。

もちろんさすらいの太陽とラブライブが
直接的な影響や関係があるわけではない。

とはいっても、ラブライブの京極尚彦監督の師匠筋に当たる
菱田正和は富野の∀ガンダムで絵コンテ・演出助手を担当しており
サンライズの監督の系譜から見ると、間接的な縁があったりする。

いずれにせよサンライズの創業者(岸本)が
独立前に作ったのがアイドルアニメという点で、面白い因縁を感じる。
 
そして若き日の富野由悠季が全26話中、コンテを12本切った点も面白い事実。
 
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[ 2016/03/08 22:02 ] コラム | TB(1) | CM(1)

アニメ関係のおすすめの本を12冊紹介する 

はじめに

監督やアニメーターといったアニメ制作者が
アニメについて書いた本の中で、お勧めしたい本を12冊紹介したい。
比較的入手しやすそうなものから選んでみた。

① 富野由悠季著:映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)



アニメ監督富野由悠季が、映像には原則があるという観点から、
映像作品制作に必要な基礎と応用を実践的に解説。

② スタジオ雄(著・編集):PLUS MADHOUSE 4 りんたろう



アニメ監督りんたろうへの10時間以上のロングインタビュー、
杉井ギサブロー、川尻善昭等のインタビューを通してりんたろうを紐解く一冊。

③ アニメーション監督 出崎統の世界 ---「人間」を描き続けた映像の魔術師
大山 くまお・林 信行(編集)



アニメ監督出崎統をインタビューや関係者の証言を通して作品と実像に迫る1冊。
出崎統が描いた貸本漫画も掲載。

④ 杉井ギサブロー著:アニメと生命と放浪と
~「アトム」「タッチ」「銀河鉄道の夜」を流れる表現の系譜~



アニメ監督の杉井ギサブローがキャリアと監督作品の制作の狙いについて語る。
10年間の放浪生活についても明かす1冊。

⑤ 押井守著:Methods―押井守「パトレイバー2」演出ノート



パトレイバー2の制作に使用したレイアウトを押井守監督が選択し、
レイアウトに演出の解説キャプションを掲載。
今敏、渡部隆、高橋明彦のインタビューも掲載。

復刊ドットコムが一番買いやすい。

⑥ 宮崎駿著:出発点―1979~1996



「出発点」と同趣旨で「もののけ姫」から「崖の上のポニョ」時代の
宮崎駿のエッセイ・企画書・演出覚書・対談、インタビュー等を収録した一冊。


⑦ 宮崎駿著:折り返し点―1997~2008



「出発点」と同様にエッセイ、インタビュー、対談、講演、直筆の手紙を1冊に収録。


⑧ 大塚康生著;作画汗まみれ (文春ジブリ文庫)



高畑勲・宮崎駿の盟友である名アニメーター大塚康生さんの証言と記録。

⑨ 大塚康生著:リトル・ニモの野望



15年の歳月と55億の製作を投じられた日米合作アニメ映画「NEMO/ニモ」。
宮崎駿・高畑勲・メビウス・レイ・ブラッドベリ等々著名な方々が
参加された本作を現場で見続けた大塚康生が綴る一冊。
 
⑩ 高畑勲著:アニメーション、折りにふれて



高畑監督がいかに「かぐや姫の物語」を作ったのか。その思考の経路を辿る。
スタジオジブリのPR誌「熱風」等で発表されたエッセイや対談をまとめた一冊。

⑪ 高畑勲著:映画を作りながら考えたこと 「ホルス」から「ゴーシュ」まで



高畑監督の「太陽の王子ホルス」から「セロ弾きのゴーシュ」までの
制作過程での論考を収めた1冊。
「文藝春秋」で掲載された宮崎駿監督・鈴木敏夫Pとの初めての鼎談も収録。

⑫ 神村幸子著:アニメーションの基礎知識大百科



日本のアニメ制作で使用される用語等を、アニメーターの神村幸子が詳細に解説。
 
まとめ

主に著名なアニメ監督が書いた本や関係する本を中心に紹介した。
とっつきやすいかなと思ったので。
他にも紹介したい本はあるのだが、また別の機会で。
 
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[ 2015/05/07 22:46 ] コラム | TB(0) | CM(0)

アニメ視聴において、体力・集中力の低下との付き合い方 

お正月なので「伝説巨神イデオン」を視聴していた。
そして見続けていると、疲れてしまうのだ。
目も疲れるのだが、体もちょっとづつだるくなっていく。

昔であれば、2クールぐらい(26話)の量であれば
途中トイレを挟みながらも、続けて視ることができた。
「Gガンダム」や「ガンダムW」を始めて見た時は、
1日かけて全話を連続して視ることができた。、
しかし、今は4・5話分を視ると、集中力が途切れてしまい休んでしまう。

「伝説巨神イデオン」は39話あるので、
ペース良く見ていきたいのだが、どうしても途中休憩がほしくなってしまう。
また、休憩を挟みながら視ても、見続けていると疲れてきてしまう。

イデオンは

1/2は、1話~10話まで
1/3は、11話から14話まで
1/4は、15話から28話まで

まで視聴したのだが、1日に10話程度視ると、どうしてもしんどくなってしまう。
「伝説巨神イデオン」はSFロボットアニメで、メカアクションも多い作品なので
映像的な刺激が強い作品でもあるので、体力が必要なのかもしれないが、
同種のジャンルである「Gガンダム」などを通しで見られたのだから、
今と昔で、体力が違っているのだろう。

アニメを視るのも体力が必要だなと薄々は感じていた。
劇場アニメを視た後も疲れてしまう傾向が出てきていたし、
1日に何本もアニメの視聴をこなすことが減ってきた点でも、
アニメ視聴で体力が減ってしまうことを感じていた。

こうした集中力を失い疲れながらアニメを視ても、
散漫な視聴に陥ってしまい、作品から得るものが少なくなってしまう。
それではあまり意味はない。見るなら新しい発見をしていきたい。

若い時は貪欲にアニメを視られるのは、
スポンジのように作品から色々吸収できる時でもあったのだろうが
体力や集中力がこれを支えていたのだなぁと痛感した。

これからも年をとっていくので、体力はそう簡単には上がらないので
睡眠をきちんと取り、なるべく身体が万全な状態でアニメを視たいと思う。

新年を迎えて、趣味としてアニメを視る事を続けていく時、
自分の体力や身体のケアにも気を配りながら、
アニメを視ることで、作品・アニメとの出会いを大切にしながら
接していきたいという気持ちを新たにした。
 
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[ 2015/01/04 19:59 ] コラム | TB(0) | CM(1)

司波達也(お兄様)と黄金バットはどちらが強いのかを考える 

はじめに

現代のヒーローといえば「魔法科高校の劣等生」の司波達也(以下お兄様)であり、

sasuoni000.jpg

昭和のヒーローといえば黄金バットである。

sasuoni1000.jpg

ではこの二人が戦ったらどちらが強いのだろうか。

共通点

①圧倒的な再生能力

二人共、極めて優れた再生能力を持っている。
お兄様は身体が完全に破壊されようが再生可能。
対する黄金バットも灰になっても「黄金バットは不死身だ!」と言って再登場。
黄金バットは死ねない体を持っているらしい。

②核爆発級の攻撃力のお兄様、核爆発が無効な黄金バット

TNT換算20メガトン(広島の1333発分)の戦略級攻撃魔法を有し
艦隊・そして近隣軍事施設群を消滅させることができるお兄様。
対する黄金バットも、地割れ攻撃、相手を完全消滅させる技を持っている。
また黄金バットも核爆発の後の大地に高笑いしながら余裕で立ち、
ナゾー様の核兵器の直撃を受けても無傷である。

お兄様の魔法がどこまで黄金バットに通用するのだろうか。

③卓越した知性

二人共に作中で一番と言って良いほどの知性と知恵を有している。
お互いの知恵を振り絞った知力戦が期待される。

実際に二人が戦ったらどうなるのか

実際に二人が戦った場合を想定してみる。

まずお兄様の分解の魔法は黄金バットにも通用するだろう。
しかし「黄金バットは不死身だ!」の一声で黄金バットは蘇る。
お兄様の体力が続く限り、黄金バットは分解され続けるが、
黄金バットが疲れることはあるのだろうか。激しい消耗戦になりそうだ。
またお兄様は相手の魔法がなんであるかを読むことができるが、
黄金バットの打撃やシルバーバトンの攻撃は魔法ではないので、
その辺はどう対策を講ずるのか。見ものである。

対する黄金バットも身体が再生するお兄様には苦戦を強いられるだろう。
再生可能なため得意の打撃は無効に近い。(お兄様は打撃も得意)。
ただ黄金バットには地割れを起こしてシルバーバトンがあり、
お兄様を地割れの中に挟み込めば勝機があるのかもしれない。

もしくはシルバーバトンには、相手を完全消滅させる効果があり、
もしお兄様を完全消滅させたら、再生できないのかもしれない。
ただ黄金バットがお兄様にシルバーバトンの攻撃を命中させられるかどうか。
人間離れした運動能力を持つお兄様に、黄金バットは攻撃可能なのか。

人間のお兄様の方が、長期戦は分が悪い?

どちらも最強の矛と盾を持っているような存在だけに、
決定打がないまま、長期戦になってしまうと予想される。
とはいっても、無尽蔵なエネルギーを持つ黄金バットに対してお兄様は人間。
果たして無尽蔵の黄金バットに、どれだけ付き合えるかと思ってしまう。

ただお兄様も人間離れしているので、長期戦でも黄金バットと互角なのかもしれない。

まとめ

どちらも容易に再生可能能力があり、天変地異や戦略核級の攻撃力があるが、
どちらが勝利できる決定的要因・差がみつからなかった。

しかも二人共にまだまだ底知れぬ能力を秘めているようであり
本編で語られている以上の力を持っている。

お兄様と黄金バット。どちらが強いのか。二人の決着はつくのだろうか。
それは「コウモリだけが知っている」。
 
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[ 2014/10/08 20:37 ] コラム | TB(0) | CM(1)

24年ぶりに「アイドル天使ようこそようこ」を見返して思ったこと 

「アイドル天使ようこそようこ」をドコモdアニメストアを見ていた。
リアルタイム以来の視聴。
本作は1990年放送だったので、およそ24年ぶりの視聴だ。

そして配信が始まり、OP曲が流れ始めたら、
過去にこのアニメを見ていた記憶をぶわぁっと思い出した。
「あー!このアニメ見ていた!」「そうそうこの主題歌」
「かないみかさんの声、声」「林原さんの声、声」と心の中で叫び、
自分の感情が抑えきれなくなった感覚に襲われた。

思い出したとはいっても、具体的な何かを全て思い出したわけではない。
具体的に思い出したのは、かないみかさんや林原さんが出演していたこと。
そして「ようこのようは太陽のようです」というフレーズ。
物語や内容は全て忘れている。

ただ子供の時にこのアニメを見て楽しんでいた記憶が心の奥から蘇ったのだ。
「アイドル天使ようこそようこ」が始まったらTVの前にいた自分や、
「ようこのようは太陽のよう」というフレーズを口ずさんでいたのを思い出したのだ。
こういう感覚に襲われたアニメ体験は「忍者戦士飛影」以来久々だった。

いわゆる当時の思い出を美化する思い出補正的な感覚の一種であろうが、
アニメを見返す時に、自分が当時感じていた気持ちを思い出せるのも、
昔見ていた作品を見る醍醐味の一つかもしれない。

今の自分がアニメを見続けて今でもアニメが好きなのは
ドコモdアニメストアで見返すまで、当時見ていた感覚を忘れてしまっとはいえ
「アイドル天使ようこそようこ」を見ていた体験もあったからだろうと感じた。

私は昔どうこの作品を見ていたのかという記憶の扉を開きたいために
過去に見ていたアニメを見返すのが好きなのだろう。
 
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[ 2014/09/15 22:03 ] コラム | TB(1) | CM(2)

渡辺信一郎監督のアイキャッチ術-そのルーツとは 

今期「残響のテロル」「スペースダンディ(2クール)」を手がける渡辺信一郎監督。
そんな渡辺監督の作品にはある特徴がある。
それはアイキャッチが毎回、趣向を凝らして変わっていくことだ。

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(残響のテロル8話)

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(残響のテロル9話)

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(スペースダンディ1話)

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(スペースダンディ2話)

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(カウボーイビバップ1話)

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(カウボーイビバップ5話)

パターンとすると、CM前のアイキャッチとCM後のアイキャッチとで
色合いを変えて見せてくるのが多い。

洗練されたセンス溢れるアイキャッチを毎回見るのも
渡辺監督作品の魅力の一つだ。

ではなぜ渡辺監督はアイキャッチにこだわるのか。
それは「蒼き流星レイズナー」(高橋良輔監督)にある。

nabesi6000.jpg

実は「蒼き流星レイズナー」も渡辺監督作品と同様に
アイキャッチが毎回変わる作品である。
今ではアイキャッチが変わるのがそこまで珍しくはないが、
「蒼き流星レイズナー」放送時の1985年には珍しい試みであるといえよう。

そして渡辺監督がサンライズ(当時は日本サンライズ)に入社し、
制作進行としてキャリア初期に関わった作品こそ「蒼き流星レイズナー」である。
※おそらく渡辺監督の始めてのキャリアで関わった作品

nabesi6001.jpg
(蒼き流星レイズナー 17話ED)

「蒼き流星レイズナー」のアイキャッチを毎回変化させる
この試みが渡辺監督の作品にも取り入れられたのかもしれない。
また渡辺監督は「蒼き流星レイズナー」の監督である
高橋良輔さんに薫陶を受けた一人である点でも、
渡辺監督のキャリアにはレイズナーがあるのだろうと改めて感じた。
  
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[ 2014/09/13 12:32 ] コラム | TB(0) | CM(2)

ちょっと前のアニメを見る時の楽しみ方について 

今回は、ちょっと前のアニメを見る時の楽しみ方について。

前に(とはいっても1年ぐらい経っているのだが)
今敏監督の「千年女優」(2002年)を見ていてEDを眺めていたら
制作進行:平尾隆之、とクレジットされていたのを知った。



平尾さんは「千年女優」に関わっていたのかと思いつつ
平尾さんが監督した「空の境界 第五章 矛盾螺旋」(2008年)が、
現実と虚構が螺旋のように入り混じるような演出になったのも
今敏さんの「千年女優」に参加していたからなのかと感じた。

「千年女優」も藤原千代子の過去の半生(現実)と映画の世界(虚構)が
徐々に螺旋のように入り混じる作品であった。



又聞き情報ではあるが、「矛盾螺旋」製作時は
平尾さんが今さんの「千年女優」を意識していたという話を聞いたこともある。
今さんの演出スタイル的なものが、矛盾螺旋という物語を
表現するものとして相性が良かったのだろう。

「千年女優」と「空の境界 第五章 矛盾螺旋」。
一見繋がりが無さそうな両作品であるが、
平尾さんのキャリアを通すことで、見えてくるものがある。

ちょっと前のアニメを見る時、
もしくはそのアニメのスタッフクレジットを見る時、
意外な人が参加しているのを発見するのが面白い。
 
細田守さんがスラムダンクの原画をやっていたり、
アパッチ野球軍の演出に高畑勲さんがいたり。

そして自分の知らなかったことが発見できる時は面白いと思う。
 
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[ 2014/08/21 21:18 ] コラム | TB(0) | CM(0)

視聴者参加型アニメとしての「ラブライブ」の魅力‐現実と虚構の関係性において 

はじめに

昨日「ラブライブ」好きの方々と話をしていて、その中でライブ映像を紹介された。
私はこのライブ映像を見て「ラブライブ」のアニメの人気・強さの理由の一端がわかった。
それは「ラブライブ」が参加型のアニメ(コンテンツ)である事だ。
今回の記事ではこの事について書きたいと思う。

アニメを見る楽しみ・アニメに参加する楽しみ

紹介されたのは「ラブライブ」2期9話でも歌われた「Snow halation」のライブ映像。



声優さん達の後ろにあるモニターではこのライブのアニメPVが流され、
アニメのキャラクターとしてのμ'sとアイドルとしてのμ'sの振付が見事にシンクロしていた。

私はこの映像を見て、アニプレッションという同人誌で
「アニメには見る楽しみ、語る楽しみ、参加する楽しみがある」と書いたことを思い出し、
μ'sのライブは「アニメに参加する楽しみ」の一つの形態であると思った。

声優アイドルとしてのμ'sという現実。
アニメキャラクターとしてのμ'sという虚構。
この現実と虚構のμ'sが声(声優)という共通点を媒介に入り混じる事で、
ライブの参加者は「ラブライブ」に対してより強くシンクロしていく。

2月9日の公演で歌われ、そして2期9話で「Snow halation」が流れる。
このライブの参加者にとって、2期9話は格別の回になったと
ラブライブ好きな方々はお話されていた。

ライブによってアニメをより楽しめるという点で、
「ラブライブ」のライブは「アニメに参加する楽しみ」を体現していたと思う。
私はアニメ本編を視聴するだけがアニメを楽しみ方ではないと思っていたが、
アニメに参加する楽しむ点が、ここまで上手く昇華されている事に驚いた。


私はこのライブ映像を見て、現実と虚構が入り混じる点を感じたことにおいて、
漫画「あしたのジョー」における力石徹の葬式を思い出した。
ただ力石の葬式は、漫画の展開によって生まれた、虚構の現実化であるのに対し
μ'sのライブは、アニメキャラクターのμ'sと声優アイドルのμ'sが一緒に歌い・踊る
相互関係で成り立つ点で、現実の虚構化であり虚構の現実化でもある。
この相互関係をアイドルとアニメで結んだ点が見事だった。

まとめ

「ラブライブ」は現実でもあり虚構でもある。

このライブ(現実)とアニメ(虚構)がシームレスに繋がる点が
「ラブライブ」というアニメ・コンテンツの最大の強みだとこのライブ映像で知った。
そして「ラブライブ」が成り立つのも、アニメ本編を視聴し、
ライブに参加する参加者の存在があればこそだと思う。
それはアイドルは参加者がいなければ成立しない存在だからである。

電撃G'sマガジンの読者参加型企画という要素も、
参加型としての側面を支えていると思う。
 
いよいよ佳境に入った「ラブライブ」。卒業と終わりを描く今後から目が離せない。
 
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[ 2014/06/22 08:02 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

アニメを鑑賞して何が見えているのか、聴こえているのか 

最近、ある方とアニメの音楽について話をしたのだが
ある方は「真剣にアニメを見ると、音が入ってこない」みたいな言い方をしていた。
この意見には、結構驚かされた。

それは、私は逆にアニメで自分好みの曲がかかると、
心が動かされ、目が潤んでくるタイプだからだ。
例えば私は「逆襲のシャア」や「ガンダム00」の音楽に弱い。

この話を聞いた時に、人の見方は様々だとはいつも感じていたが、
人の音の聴き方もそれぞれ違うことを実感した。

アニメの見方については、例えば作画崩壊の話題が浮上した時のネットの意見。
またはアクションに興味がある人とない人ををそれぞれ知っていたりするので
見方が人によって違うという実感はあった。

ただ聴こえ方も、よくよく振り返れば、私自身よく聞き間違えたりすることも多く
それは聴き方が人と違う(悪い聴き方をしている)という言い方もできるだろう。

アニメを鑑賞しながら、見えているもの、聴こえているものが各自違う。
私に見えていないものが、他の方には見えている。
私に聴こえていないものが、他の方が聴こえている。

同じアニメでも、例えば劇場アニメを映画館で鑑賞するのと
レンタルビデオやBDで家庭の再生機器で見るのでは印象は違う。
また家庭の再生機器を使うにしても、音響面をどう充実させているかでも、
特に聴こえ方から生まれる感じ方は違うのではないかと思った。

そしてよくよく考えてみると、
結局私たちが見ているのは、客観的に何かを見ている聴いているというよりも
自分の好きな部分を見ている、聴いているのではないかと思った。
だから見え方も聴こえ方も違う。

見え方・聴こえ方が違えば、意見も違ってくる。
アニメに限らずなのだろうが、人とアニメについて語るときは、
話す相手にはどうアニメが見え、聴こえているかを読みながら語り合い、
お互いの線引きができれば、有意義な話ができるのかもしれないと思った。
 
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[ 2014/06/04 22:21 ] コラム | TB(0) | CM(0)

アニメアールの消えちゃう破片に見る作画の熱気-蒼き流星レイズナーより 

reizuna1.gif

アニメーション作画スタジオで有名な有限会社アニメアール。
このアニメーアールが80年代に得意としていたのが、通称「アールの消えちゃう破片」だ。

「アールの消えちゃう破片」とは、80年代のアニメアールが参加した作品で起こる
爆発したメカの装甲の破片、舗装された道路がわれた破片、割れた岩石の破片など
破片が画面内で大量に美しく舞い、その破片が巧みに分裂し消え去るエフェクトの事を指す。
例えば「機甲界ガリアン」「星銃士ビスマルク」など。

源流として、なかむらたかし氏による岩石の破片など、画面中に細かい破片を描き、
それぞれの破片の動きを書き分ける手法が挙げられる。
80年代では毛利和昭氏、吉田徹氏、沖浦啓之氏等が主な使い手。

この「アールの消えちゃう破片」の代表例として、
「蒼き流星レイズナー」のOPが挙げられる。
レイズナーのレーザードライフルで、敵メカ:ブルグレンの
左脚と顔の装甲が綺麗な破片として描かれ爆発する。

この破片が画面にもたらす充実感、
そして破片が徐々に消えていくタイミングが本当に気持ち良い。
この気持ちよさは今でも通用するものではないだろうか。

他にも「アールの消えちゃう破片」でおすすめなのは
「蒼き流星レイズナー」の17話「群がる殺人機(マシーン)」。
 
reizuna2.gif

敵メカの腕が落ちるカットに
こんなに細かい破片を散りばめ、より重いカットとして仕上げる。

「蒼き流星レイズナー」では1話あたりの作画枚数が4000枚という基準があったらしいが、
アニメアール作画回では7000枚を使っていたという話もあり、
極めて80年代のアニメアールが、枚数を使って動かしたい熱気に包まれていたかがわかる。
  
参考:Togetter -「アニメの最低枚数について、」
 
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[ 2014/03/30 16:51 ] アニメアール | TB(0) | CM(0)

「スペース☆ダンディ」「カウボーイビバップ」「シティハンター」をつなぐもの。 

はじめに

「シティハンター」と「カウボーイビバップ」をGyaoで見ていたら、
「シティハンター→カウボーイビバップ→スペース☆ダンディ」
という流れ/系譜があると思った。

今回はこの3作品についての因縁、関係を振り返りたい。

「スペース☆ダンディ」と「カウボーイビバップ」

「スペース☆ダンディ」と「カウボーイビバップ」は共通スタッフが多い。
それは、渡辺信一郎監督、脚本の佐藤大さんと信本敬子さん、
音楽参加の菅野よう子さん、プロデューサーの南雅彦さん
といった「カウボーイビバップ」のメインスタッフ達。

「スペース☆ダンディ」の前評判の広がり方も
あのビバップスタッフが集結みたいな言われ方もされていたと思う。

またジャンルもSFものという点で「スペース☆ダンディ」に
「カウボーイビバップ」の面影を見る人はいると思う。

キャラクターの面から見ても、
主人公「スペース☆ダンディ」のダンディの飄々とした軽い感じは
「カウボーイビバップ」のスパイクに近いと思う。

「カウボーイビバップ」と「シティハンター」

一方で「カウボーイビバップ」は「シティハンター」から引き継いだものがあると思う。

例えば「シティハンター1・2・3」のキャラクターデザインの神村幸子さんは
「カウボーイビバップ」のキャラクターデザインである川元利浩さんに対して、
一緒に仕事をした「アリオン」「機動戦士ガンダムZZ」などで指導を行い、
川元さんは神村さんの仕事に多大な影響を受けているという。

他にもスタッフ的な繋がりといえば、

●「カウボーイビパップ」の作画監督の逢坂浩司さん、本橋秀之さんは
 「シティハンター」で原画や作画監督で参加。
●「スペース☆ダンディ」と「カウボーイビバップ」の
  プロデューサーの南雅彦さんは「シティハンター」で制作進行、
 「シティハンター2」では制作デスク
●「シティハンター1,2,3,'91」と「カウボーイビバップ」の美術監督は東潤一さん。

以上のような関係がある。

また物語的にも「カウボーイビバップ」と「シティハンター」は、

●1話完結の物語が中心
●ときたまある前偏・後編の構成
●ハードボイルド路線かつコミカルな面も充実
●2.5枚目(イマイチな色男)の主人公

といった面で「シティハンター」と「カウボーイビバップ」は近いと思う。

そしてキャラクターの面で比較すると

●「カウボーイビバップ」のスパイクとジェットの近からず遠からずの関係は
 「シティハンター」の遼と海坊主の距離感に近い。
●「カウボーイビバップ」のフェイは「シティハンター」の野上冴子に近い
  美人だがシニカルな性格。そして旦那の貰い手がいない感じが近い。

以上を踏まえると「カウボーイビバップ」のキャラ造形は
「シティハンター」が影響を与えているのかもしれない。

よく「カウボーイビバップ」は「ルパン三世」とセットで語られたが
サンライズ制作という視点からみれば、
「シティハンター」と「カウボーイビバップ」の共通点がより浮き彫りになる

また「シティハンター」と「スペース☆ダンディ」には共通点がある。
それは岡村靖幸さん。「スペース☆ダンディ」のOPと
「シティハンター2」のED曲を手がけてた岡村さん。
岡村さんがアニメ作品の曲を歌っているのはこの2作品しかない。

まとめ

「シティハンター」「カウボーイビバップ」「スペース☆ダンディ」の共通点は

●1話完結をメインにした構成であり
●2.5枚目の主人公がハードボイルドかつコミカルな展開
●銃器や兵器などのメカニックのディテールにこだわった内容

であり、この点で3作品は同軸上に存在する作品だと思う。

そしてこの3作品に参加したボンズの社長:南雅彦さんから考えると、、
南さんは「シティハンター」で培ったノウハウが「カウボーイビバップ」で生かされ、
「カウボーイビバップ」で培われた南さんの人脈が「スペース☆ダンディ」で
生かされているのだと思う。

以上のように考えると、
「シティハンター」から「カウボーイビバップ」へ繋がり
「カウボーイビバップ」から「スペース☆ダンディ」へ繋がる道筋があると思った。
こうした自分なりに作品の系譜を考えるのは、面白いと改めて感じた。
 
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[ 2014/03/07 21:16 ] コラム | TB(0) | CM(1)

アニメ監督の制作現場の作り方-富野由悠季・宮崎駿・押井守 

はじめに

アニメの監督の仕事とは何か。

まず視聴者なりに、アニメ監督の仕事内容をざっと挙げてみるとしてみると
本読み(脚本の打ち合わせ)、各話のコンテチェック、各話演出担当との打ち合わせ
アフレコ立会、編集などなど、仕事の内容は多岐にわたるのはなんとなくイメージできる。

こうした具体的な業務以外にも、監督の仕事はあるのではないか。
それは「制作現場の環境作り」である。
この事を気づかせてくれたのは、「栄光の80年代ロボットアニメ」にある
河原よしえさんが書かれた「80年代ロボットアニメ監督たちの素顔」という記事だった。


※栄光の80年代ロボットアニメ (タツミムック)

河原よしえさんは1975年にサンライズに入社し、製作現場の各作業補佐及び広報素材整理、
その後は設定や広報、脚本などを手がけたキャリアを持ち、
1980年代のサンライズの現場を間近で見てきた方だ。
この記事で河原さんは、富野由悠季監督について取り上げている。

今回の記事では、富野由悠季監督、宮崎駿監督、押井守監督のお三方の
「制作現場の環境作り」のエピソードを取り上げて見たい。

富野由悠季監督の現場作り

富野由悠季監督は「戦闘メカザブングル」を制作時に
富野監督は制作現場のスタッフを呼ぶ時は、
相手の年齢は関係なく「さん」「君」など敬称を付けるように指示したという。

この指示の意味を河原さんは、日本のアニメが社会に通用するためには
まず制作現場も社会に通用するような場所にしたかった
のという想いが
富野監督にあったのではないかという指摘をしている。
80年代からメディアに積極的に登場し、
アニメの地位を上げようとしていた富野監督の姿勢がここでもわかる。

また、河原さんは「勇者ライディーン」制作時には、
殆どのスタッフが制作現場が汚れやすい環境のために
ジーパンなど汚れてもいいような服を着ていたのに対し、
富野監督は、シャツにネクタイという社会人的な服を着ていたという。

以上のように、富野監督は「絵コンテ1000本切り」といった圧倒的な仕事量が目立つが、
こうした現場での振る舞いも、アニメを実際に作る「制作現場作り」の一環でなのだろう。

宮崎駿監督の現場作り

宮崎駿監督の「制作現場の環境作り」に関しては「宮崎駿の世界」という本で
押井守監督と上野俊哉さんの対談記事で押井監督が以下のように語っている。


※宮崎駿の世界 (バンブームック)

押井 あの人は細かいことまで全部面倒見るんですよ。それこそ、皆が弁当を食う食堂があそこにあるわけだけど、そこに大きな鉢があって、そこにインスタントみそ汁が山ほど積んでいるわけね。好きに飲んでいいわけ。そういうことも全部あの人が全部指示するわけですね。当時、そこでしか飯食っちゃいけなかった。自分の机で飯食わせない。あめ玉しゃぶっても怒る。煙草吸いながら仕事するなんてのは、一〇年早いっていうさ。新人は、もちろん、食べながらとか、吸いながらとか一切させないんですよ。飲むくらいさせるだろうけど(笑)。基本的には学校というかさ。僕は道場だって呼んだんですよね。もちろん、就業時間も厳しい。ちゃんと一〇時までに入れとか。

押井 例えば、アニメーターをどこに座らせるかもあの人が決める。定期的に入れ替えるんですよ。固定はしない。絶えず、動かす。何ヶ月かすると、必ず配置替えするんですよ。だから、人間関係を見ているんですよ。あいつとあいつは隣に座らせるとか、あいつとあいつは離すとかね。-宮崎駿の世界より 

以上の押井監督の証言から察するに、宮崎監督はスタジオジブリにおいて
原画チェックといった多忙な業務を抱えつつも、
スタッフの席場所、食事、仕事の態度までの管理を行い、意見を出しているようだ。

また「千と千尋の神隠し」のメイキングビデオでも、
社員にインスタントラーメンを作り振舞う宮崎監督の姿が描写されている。

こうした宮崎監督の制作現場の環境作りを押井監督は
「スターリニズム」であり「教育」であり「外部注入」だと指摘
している。

一方で、全権支配的な宮崎監督にはしたたかな一面もある事を指摘している。

押井 どういうことかっていうと、宮さんといえでも、ジブリには逆らえないスタッフはいるわけだよね。そういう人間を地盤にしてものを作ってるってことは、自分でも十分自覚してるんですよ。だから、あの人のシステムの作り方っていうのは、誰を大将につけるか、誰は誰の言うことを聞くのかっていうこと。そういうヒエラルキーをベースにシステムを作ってるんですよ-宮崎駿の世界より

このジブリで逆らえないスタッフというのは、色彩設計の保田道世さんのことだが、
宮崎監督はこうした人間関係や状況も抱えながらも、
自分なりに理想的な現場を模索しながら作品作りを行っているようである。

押井守監督の現場作り

対して押井守監督は自分の制作現場の環境作りを「宮崎駿の世界」で以下のように語っている。

押井 僕はこのI・Gというスタジオでどういう現場を作ろうかっていう時に、ジブリであってはならないんだっていうさ。僕は現場でも公言しているし。「ここはジブリじゃないんだ。作品を誇るべきであって、スタジオを誇るべきではなんだ。」って。どんな人間だろうが、どんな仕事の仕方だろうが、要求したことに応えてくれるのであれば、それでOKだと。夜中に来ようが、家でやろうが。どんなに、極端な問題児であっても全然問題ない。現場が僕と同じことを考える必要はないんであってさ。そこら辺で教育する必要もなければ、全然違う意見を言っても構わないよって。何かあったらいいに来ればって。いつでも相手するぜ、っていうスタンスなんだよね。-宮崎駿の世界より

押井監督はスタジオジブリを仮想的にして、自分の現場を作ったようである。
スタッフにはどんな仕事のスタイルでも構わないと、意見があれば自分に言ってくれと
押井監督は言っているが、弁の立つ押井監督と意見するのは大変だろうなぁと感じる。

まとめ

社会的に通用する制作現場にしたかった富野監督。
食事など、細かい所にも気を配った宮崎監督。
成果が得られれば良いとした押井監督。
 
以上、3人がそれぞれの環境作りについて立ち振る舞いをしているが、
どれが正しいかどうかはともかく、それぞれの現場の環境作りが
引いては作品内容にも影響しているようにも感じる。

とは言っても、環境づくりは作品ごとで変わっていそうだが。

アニメは多くのスタッフが長い時間を掛けて作っていくだけに、
実際の制作現場をどう作り上げていくかが大事だろうし、
制作現場の空気自体が、そのアニメの作風にも繋がっていくのだろうと思う。

一視聴者としては現場を知ることはできないが、
想像するに、アニメーターさんや演出家さんの多くがフリーであり
作品ごとで現場を作る意味においても、現場作りは大切なのだろう。
 
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[ 2014/02/02 19:02 ] コラム | TB(0) | CM(1)

自己紹介を見る面白さについて 

ネット上にある、自己紹介を見るのは面白いです。
特に自己紹介の項目にある、好きな作品、好きな作り手などの
「好きな○○」を見るのが好きです。

絵描きさんのサイトでは、どんな絵描きさんが好きなのか。
アニメーターさんやアニメーターになりたい方のサイトなら
どんなアニメーターや絵描きさんが好きなのか。

アニメ好きならどんなアニメが好きなのか。
マンガ好きならどんなマンガが好きなのか。

例えば絵描きさんのサイトだと、
その絵描きさんが他のどの絵描きさんが好きなのかがわかると、
その方の絵柄の成り立ちというか、絵のルーツがわかる時もあります。
こうしたルーツなり、その人となりがわかるのが面白いです。

また、学生時代に所属していたサークルでは、
新入生歓迎の時期には、新入生も在校生も自己紹介を書き、
それらを集めて自己紹介のコピー本を作っていました。
そしてコピー本を見ながら、新入生達と談笑することができた点でも
自己紹介のコピー本は、コミュニケーションのキッカケになるものだと思いました。


しかし最近は、自己紹介を見ることが少なくなりました。
そんな時、ある同人誌を見ていたら、再び自己紹介の面白さを発見する機会に巡り会えました。

ある同人誌とは、私の同人仲間のたつざわさんが主催する
アニメマンガ評論刊行会の同人誌「アニバタ」です。
「アニバタ」では執筆者の好きな作品やキャラクターを掲載する項目があります。
これが見ていてとても面白いのです。
 
それはこの執筆者はこの作品が好きだから、こういう記事を書いているのかなど、
自己紹介から執筆者の人となりがわかるのが、面白いのでしょう。

読者側からすれば、執筆者との距離感を近づけて
より面白く記事を読める効果に繋がっていると思います。
この点で「アニバタ」の自己紹介の項目は、
企画した人は、上手い着眼点だなぁと思いました。

その意味で自己紹介を見る面白さは、
自己紹介とその自己紹介者が表現する何か(絵でも音楽でも文章でも)
のセットにあると思いました。

ただの自己紹介ではなく、表現したいものがあってこそ自己紹介が生きる。
そんな事を「アニバタ」の自己紹介は私に気づかせてくれたのだと思います。
 
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[ 2013/11/11 19:44 ] コラム | TB(0) | CM(0)

誰かと一緒にアニメを見ることの楽しさについて-気づき・共有・一体感 

はじめに

誰かと一緒にアニメを観るのは好きだ。
それは一緒に見ている方から、自分では発見できない気づきや見方を教えてくれるからだ。
今回は、このことについて語ってみたい。

他の方の見方から教えられる発見

最近あるアニメを見た。
次の日、そのアニメが好きな方と話していたら、一緒に見ようという話になった。
そして一緒に見たのだが、その方が話す作品の言及や場面ごとの指摘が見事だった。
彼の話す内容全てが面白くて、有意義で楽しいひと時を過ごすことができたし、
何よりその作品についての、様々な気づきを多く教えてくれたのが良かった。
その作品との出会いがより良いものになった。

私も含め、多くのアニメファンは一人で見る機会の方が多いとは思うが、
時間がある時は、知り合いや友達含め、お互いに共通に好きな作品があるなら
話し合いながら一緒に見てみるのも、良いものだと思う。

それは自分の見方だけでは、常に限界があると感じている私からすると、
他の方の見方を一緒に見ながら聞くことで作品への視界が広がる。
作品とのより良い出会いにつなげることができるチャンスだからだ。

一緒に見ることで得られる共有感・一体感

何より誰かと一緒に話しながらアニメを観るのは楽しい。
誰かと一緒に見ることができるのは、映像作品の強みだと思う。
同じ時間で同じものを体験し共有することで生まれる一体感。

前に私は、ニコニコ動画で配信されていた「戦姫絶唱シンフォギア」の最終話を
みんなで見ようという企画を立てたことがあるが、
みんな一緒に見ているという一体感も後押したのかものすごい高揚感だった。
だから何度も見ていたシンフォギアの最終話ではあったが、
みんなで見た最終話は高揚感もあってまた格別の味だった。

他にも「少女革命ウテナ 劇場版」や「とっとこハム太郎 劇場版」を
一緒に見る企画にも参加させて頂いたが、
一緒に参加した人の見方が自分とは違っていたので
こうした意見を聞きながら見ると、見慣れた作品でもまた別の感じ方ができる。

例えば、ウテナ劇場版の見所が「音のない部分」という指摘には目から鱗だった。
自分では気づかない事を教えてもらえるのは、自分の財産になるのだと思う。

まとめ

一人で作品を徹底的に見ることで、作品に潜り込む事も一つの道であるし
誰かと作品を見ながら語り合い、別の角度から掘り下げるのも一つの道である。
私としては両方をうまくやりながら、アニメと接していければと思う。
  
他人から得られる気づき、一緒に見たという共有、そして一体感。
私はこうしたものに助けられながら、アニメを見続けられているのだと思う。
 
そんな一緒に見る場所として一番機能しているのが
ニコニコ動画の配信・一挙配信なのかもしれない。
 
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[ 2013/10/23 20:47 ] コラム | TB(0) | CM(0)

アニメーターの知られざる絵本の世界 

はじめに

永岡書店が出している、世界名作アニメ絵本の「赤いくつ」の絵は可愛い。



昔、先輩にヒロインのカーレンが
ものすごく可愛く描かれているからと勧められた。
そして実際に買って読んでみたら、確かに可愛いのだ。
絵本の世界でもこんな萌えが潜んでいるかと当時ビックリした。

201310162032000 (1)

↑本の中身

さて、こんなに可愛い絵を誰が描いたのか。
本には杉本幸子さんと描かれている。
そしてこの名前で検索してみると、
アニメーターに同姓同名の杉本幸子さんがいるらしいのだ。

杉本幸子さんはアニメーター?

アニメ@wikiによると、アニメーターの杉本幸子さんは
マングローブ制作の神のみぞ知るセカイやましろ色シンフォニーで作画監督、総作画監督。
他にも犬夜叉完結編や焼きたてジャぱんで作画監督をしている。

もし、赤いくつの絵を描いたのがアニメーターの杉本幸子さんなのかわからないが、
世界アニメ名作絵本と「アニメ」と書かれていること。
またこの「赤いくつ」の著者が
おとめ妖怪ざくろの12話や真・恋姫†無双 ~乙女大乱~ の8話で絵コンテをされた
福島宏之さんであることから、アニメーターの杉本さんである可能性が高い。

また他の永岡書店の世界名作アニメ絵本を紹介してみる。



例えば「ヘンゼルとグレーテル」では柳川茂 (著),宮尾岳(イラスト) とある。
柳川茂さんは、うる星やつらやセーラームーンで脚本を手がけた
タツノコプロ出身の脚本家の柳川さんであり、
また宮尾岳さんも、魔物ハンター妖子シリーズのキャラデザをした宮尾さんだ。

他にもこの世界名作アニメ絵本では、



ピノキオや長ぐつをはいたネコでは清水義治さん
※名探偵コナン「絶海の探偵」の作画監督(共同)



みにくいあひるのこや三びきのこぶたは大坂竹志さん。
※まいっちんぐマチコ先生などの作画監督

といったアニメ関係者の名前が並ぶので
杉本幸子さんはアニメーターの方である可能性が高いと思われる。

絵本の世界でもアニメーターさんは活躍されているのだ。

アニメーター達が活躍する絵本の世界

また、最近の河出書房から発刊された「せかいめいさくアニメえほんシリーズ」がある。
公式HPには、以下のように書かれている。

プリキュアシリーズの上北ふたご先生や、NHK「クッキングアイドル! アイ!マイ!マイン!」の中嶋敦子先生など、人気のアニメ作家が新たに描き下ろした世界の名作物語シリーズの発売が開始しました。
出典元:http://www.kawade.co.jp/np/special/3539336409/

そして、



しらゆきひめ、にんぎょひめ、シンデレラは上北ふたごさん。
(これは絵の美麗さゆえに、発売時に話題にもなったようだ)



三びきのこぶたやオオカミと七ひきの子やぎは
アニメーター・キャクターデザイナー、
最近では「メガネブ!」のキャラデザでもある中嶋敦子さん。



ヘンゼルとグレーテルはアニメーター・演出家、
最近ではRDGのOP演出を手がけた室井ふみえさん。



ジャックとまめのきは、IGを中心に活躍する美術監督の平田秀一さん。

上北ふたごさん、中嶋敦子さん、室井ふみえさん、平田秀一さんなど
アニメ界のベテラン絵描きさんが参加していて、
これはぜひ読んでみたいと思わせるラインナップだ。


他にも



宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュ、
またコンビニたそがれ堂という絵本のイラストは、
押井守監督の「天使のたまご」の作画監督である名倉靖博さん。



「ツボミちゃんとモムくん」という絵本を
スタジオジブリを中心に活躍するアニメーター百瀬義行さん。

 

宮沢賢治の戯曲「種山ヶ原の夜」を絵本にしたものもあるが、
これはスタジオジブリが出版し、美術監督の男鹿和雄さんが絵を手がけている。

絵本という世界でもアニメーター/アニメ関係者は活躍しているのだ。

終わりに

「ヴァルキリープロファイル」の吉成鋼さんや吉成曜さんのように
ゲームのキャラクターデザインで活躍するアニメーターもいれば、
安彦良和さんや石田敦子さんのようにアニメーターから漫画に活動をシフトされた方もいる。

そして絵本という世界の中でも、
特に絵の技術を生かしたアニメーターが活躍しているのを改めて調べてみて
アニメーターという仕事の領域の広さを感じた。
  
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[ 2013/10/16 19:49 ] コラム | TB(0) | CM(2)

「あの花」聖地巡礼レポート-TVドラマ的に受容されるアニメ 

はじめに

おとといの土曜日に同人誌仲間であるアニバタのたつざわさん(@tatsuzawa)と一緒に
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の舞台になった秩父へ聖地巡礼に行ってきた。
今回はこの秩父で体験したことをまとめたい。

秩父の盛り上がり、人の賑わい

まずたつざわさんと合流した西武秩父駅、秩父駅、そして駅周辺の商店・商店街を含めて
「あの花」で盛り上がっていこうという意気込みを強く感じられた。

商店街の街灯と各お店にはあの花のポスターが貼られ、
駅の物産館ではあの花のご当地商品がレジ近くの良い場所で陳列されていた。
また地元の酒造メーカーの武甲酒造では、あの花のキャラをラベリングしたお酒を販売。
お饅頭屋さんの店頭では「あの日食べた蒸しパンの味を僕たちはまだ知らない」
と書かれていたのも印象深かった。

この駅や商店街の積極的な取り組みに関して、たつざささんと話した結果、
秩父という街に観光のノウハウがあったのが大きいのではという結論になった。
元々あった観光地としてノウハウを上手く活かして西武秩父鉄道とも連携をとりつつ、
盛り上げている。そして実際に効果を上げているように思えた。


次に印象的だったのは、私達のような聖地巡礼者が多かったこと。
秩父中心を歩いていると私達と同じような目的の人が多い印象を受け、
特に秩父橋、定林寺には多くのファンが集まっていた。

秩父橋は橋の独特の工法や景観も相まって名所であり、
たつざわさんは熱心に様々な角度から橋や景観を撮影していた。

定林寺では、訪れた当日がめんまの誕生日という事で
めんまのコスプレをした女性がケーキを切っているイベントをやっていた。
また寺の長イスには、めんまの等身大の人形もあり、人形の隣に座った。
小さい普通のお寺だったが、30~40人ぐらいの人がいたので、かなりの賑わいを見せていた。

anohana999000.jpg

上の舞台になったトンネルも、私達以外にも何人か来ていた。
実際のトンネル内の壁面には落書きがスプレーで容赦なくされていて
「4649」や携帯電話の番号が書かれていた。

TVドラマ的に受容されるアニメ、そしてノイタミナ

好きなアニメ作品の舞台になった場所へ行くことは
もしかすると私が思っている以上に定着しているのかもしれないと感じられた。

アニメの聖地巡礼の動きは、おねがいシリーズそしてらき☆すた以降に活発化したのだろうが、
よくよく考えると、TVドラマ、特に大河ドラマと比較すれば、
作品の舞台を訪れる事は珍しいことではないと思った。

私も2009年の大河ドラマ「天地人」が放送された当時、
主人公:直江兼続ゆかりの山形県米沢市の上杉神社へ行ったことがあるが、
休日という事もあり、ものすごい人だかりだった。

作品によりけりだが、ファンが作品の舞台に訪れたい点を考えると、
アニメがよりTVドラマ的な形で受容されている。
もしくはTVドラマ的にアニメがより作られている作品がある印象を改めて受けた。

さらに「あの花」がノイタミナという、
TVアニメの月9的なポジションを狙ったであろう枠で作られた事を考えると
極めて物語的にもTVドラマ的だった「あの花」が
聖地巡礼と結びついてTVドラマ的に受容されるのは、一つの帰結としてありだと思った。

場所が先か、物語が先か

アニメ制作の観点からすると
アニメ本編で秩父橋やトンネルといった実際の場所が使われる際に
作品作りのどの段階で決まるのかが気になった。

まず大まかな話、もしくは脚本を決めてから、その物語の舞台を探したのか。
もしくは場所を決めてから、大まかな話、脚本を決めたのか。

場所によってケースバイケースだとは思うが、
面白い場所を見ると、物語のイメージも膨らむのではないだろうか。
この場所で、キャラクターにあんなことやこんなことをさせたい。
そういったイメージが膨らむのではないか。だから実際の場所をロケするのかもしれない。

その意味では、どんなジャンルであれ創作をする時に、
実際の場所をどうロケしていくかの勉強にもなった。

また実際の場所とアニメのシーンを比べると
雑然としている場所、トンネル内の落書きのように汚れている場所も多かった。

こうしたアニメにはいらないノイズを上手く取り払って美術背景をおこし
郷愁と現在の間を生きる超平和バスターズの物語に相応しい舞台に仕立てていたのがわかった。
アニメ制作は情報の取捨選択であるという事を思い知らされた。

まとめ

朝10時から夕方6時までの間におよそ50箇所を巡ったので疲れた。
ここまで本格的な聖地巡礼は初めてだったが、
視聴者がどうアニメを受け止めているか、
また秩父という場所を知る良い機会にもなったことも含めて良い体験になった。

201309161804000.jpg
 
今回の聖地巡礼の戦利品。
個人のおもちゃ屋さんにあった∀ガンダムのジャンボカードダスで引いたロランとソシエ。
チェーン店ではないおもちゃ屋さんはこうした掘り出し物があるので面白い。
 
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[ 2013/09/16 19:00 ] 聖地巡礼 | TB(0) | CM(0)

日本酒の旅-来福 純米吟醸 

sake000.jpg

日本酒の旅。茨城の来福酒造の「来福」を飲む。
買った理由は、来福という言葉が気に入ったから。

■銘柄:来福 雄町純米吟醸生原酒
■原料米:雄町(岡山) 掛米:雄町(岡山)
■精米歩合 : 麹米50% 掛け米50%

飲みBGMはファイナルファンタジー外伝「聖剣伝説」の「聖剣を求めて」。

お盆休みも終わり、今日から仕事。
明後日から元通りな感じになるのだろうが、
今はただ来福を堪能し、酔いしれたい。
 
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[ 2013/08/17 20:46 ] | TB(0) | CM(0)

コミケのアニメスタッフ本よもやま話 

コミックマーケット84、2日目にアニプレッションで参加。
新刊は完売。多くの方にお越し頂きまして、誠にありがとうございました。
買えなかった方のために、新刊を増刷予定。詳細は後日。


さてコミケに参加するアニメ好きとして感じるのは、
アニメの制作スタッフが作る、いわゆるスタッフ本の盛り上がり。
私が参加し始めた時期(約10年前)と比べると、盛り上がりの過熱ぶりに隔世の感を感じる。

元々スタッフ本自体は、私が参加する遥か前からあった。
私が参加し始めた頃の感触でいえば
手に入れること以上に、サークルの場所や内容などの情報を見つけるが大変だった。
情報が手に入れ真っ先に向かえば、本は買えたという印象だった。
(※大手の結城信輝さんのサークル「高い城の男」とかは別)

ただここ数年でスタッフ本の盛り上がり/需要は大きくなっている。
特にこの傾向を個人的に感じたのは、
2005年にスタジオ田園のぱにぽにだっしゅ本や
2007年にフェアリングのかみちゅ本が早くに完売した時。

特に2008年のコミケが印象深い。高村和宏さんのバニシングポイントで
ストライクウィッチーズ本や山口智さんのサトステの本がものすごい速さで完売した時は
サークル組で参加しないとスタッフ本を手に入れるのが、大変になってきた感触を受けた。

またスタッフ本が転売屋に目をつけられている話を聞いた時も状況が変わったと感じた。
それは佐々木正勝さんのエフェクト原画集を5冊も6冊も買っていく人を見て、
大量購入がたぶん転売目的なんだろうなぁと思った時に実感した。

そしてここ数年は、IS本やまどかマギカ本やアイマス本、
今回でいえばガルパン本が話題になった。

こうしたスタッフ本の需要が過熱し始めたのは、
個々の作品のファンのマストアイテム化している可能性があること。
特に作品に熱心なファンは、作品をより理解したい為に
スタッフ本から何かしらの情報を得たいという求めがあるのかもしれない。

もう一つは、ツイッターなどのSNSによって本の情報が入手しやすくなったこと。
前述したように、前はどのサークルでどんな本が出るのかという
情報を手に入れるのが大変だった。
それでも私が参加し始めた頃は、アニメーターなどのスタッフのHPを
ネットサーフィンして情報を入手できた。
(※ネット普及以前の話はわからないので割愛)

そして今は、スタッフのツイッターでスタッフ本の告知が流れる時代になった。
情報が拡散しやすいSNSによって、
多くのアニメファンがスタッフ本の情報にアクセスしやすい状況になってきた。
一方でスタッフ本自体もファンの需要や盛り上がりを受けて、
よりクオリティの高いものを作っている印象もある。

今後のコミケでもその時期の人気アニメのスタッフ本は話題になり、
アニメの人気が高まっている事をコミケで感じるのだろう。
その意味で、スタッフ本の有り様は、アニメ界隈の一端を象徴するという見方もできる。

ちなみに私が初めて買ったスタッフ本は、
スタジオへらくれすの東京ミュウミュウの原画が載っていた本だったと記憶している。

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今年はあいうら本(OPコンテと本編の原画一部を載せた本)を入手。
カニカニな本だった。
 
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[ 2013/08/14 20:12 ] コラム | TB(0) | CM(1)

アニメを特集するTV番組についての見解と面白かった番組の紹介 

はじめに

今週の火曜日にフジテレビであった「後世に残したいアニメ作品」を見て思ったこと。

個人的に、懐かしのアニメ番組特集やアニメを紹介する番組には思い入れがある。
それは、子供の時にこうした番組をよく見ていたからである。

子供の頃はネットはなかったので、過去の作品を直接知る機会は
再放送とレンタルビデオが置いていなければ、
こうした懐かしのTVアニメ特集などを見るしかなかった。
そして子供の時からアニメが好きだったこともあり、
懐かしのアニメ特集番組で過去の作品に触れたかったという想いもあった。

印象深い、面白かったアニメを特集したTV番組について

ここで印象深い、アニメを特集したTV番組について簡単に紹介する。

まず「TV探偵団」。wikiはこちら
80年代末から90年代初頭にTBSの日曜夜7時半に放送されていた。
毎回ゲストを呼び、そのゲストにとっての思い入れ深いTV番組を紹介するのが毎回の流れ。

この番組ではアニメもよく紹介されていたと記憶している。
例えば鉄腕アトムや狼少年ケン、佐武と市捕物控などは、この番組で知ることができた。
断片的な紹介とはいえ、知ることができたのは良い機会だったと思う。

今でも、私が自分が生まれる前より昔のアニメ作品に興味を抱けるのは
この番組を見て育ってきたからだと感じている。

次に「はなきんデータランド」。wikiはこちら
90年代初頭のテレビ朝日の金曜夜7時半に放送されていた番組だ。
この番組ではアニメ大賞と題して、人気アニメのランキングを投票形式で紹介していた。

特に印象深いのがサムライトルーパーの扱い。
3年連続で作品部門の人気1位を獲得し、他のキャラクター部門や声優部門でも
サムライトルーパーのキャラや声優がガンガンランクインしており
当時のサムライトルーパーの圧倒的人気を感じさせた。

他にも魔神英雄伝ワタルやシュラト、サイバーフォーミュラなども
ランクインしていて、今振り返ると当時のアニメファン、
特に女性層の気持ちをちゃんと掴んでいた番組だったように思える。
これが金曜夜7時半にやっていたのは、
これはこれで良い時代だったのかもしれない。

そして、こうした番組の中で一番好きだったのは、
1997年にフジテレビで放映された「ダウンタウンの今夜は150分アニメデモミー賞」。
ダウンタウンが司会した2時間半の特番で、感動的なシーンを集めたものではなく、
ネタになるアニメやシーンを面白おかしく取り上げるスタイルが新鮮だった。

詳しくは、下記のtogetterでこの番組についてのツイートをまとめた。

「ダウンタウンの今夜は150分アニメデモミー賞」を語る

今までの殆どのアニメを特集する番組が、アニメの内容を紹介する範囲にとどまっていた中、
アニメをダシにして、きちんと笑いを取っていたのがこの番組の素晴らしいところ。
アニメを特集した番組の新たな可能性として、
笑いをキッカケにアニメを語る試みは、「アメトーーク」などに引き継がれていると思う。

そして2000年代中盤にNHKBSで放映されていた「BSアニメ夜話」。
岡田斗司夫さん、北久保弘之さん、氷川竜介さん、藤津亮太さんなどが出演し、
アニメについての専門的知識を持った方々が
アニメを語った意味で、とても面白かった番組だった。

おわりに

多くのアニメの特集番組は権利関係や局の都合もあって
扱う作品に偏りが出てくる可能性が高い。
面白かった「ダウンタウンの今夜は150分アニメデモミー賞」も
フジテレビで放映された作品しか取り上げられず、他局の番組は取り上げられなかった。
※ただ番組で予めこうした予告はしていた

こうした偏りの部分はあるが、
直接的に作品を視聴する以外にこうした番組を通して、
アニメ好きになっていった身としては
懐かしのTVアニメ特集を子供時代に触れておくと、
その後のアニメ好きの素地/土台の一つに繋がる可能性があると思っている。

だからTVアニメの人気の土台を支える意味でも、
こうした番組がTVで続いてほしいと思っている。

一方で、こうした番組にはただのアニメの内容紹介にとどまらず、
「アメトーーク」のような笑い、もしくは「BSアニメ夜話」の専門性のように
何かしらの視点なり独自性を売りにした番組があればいいなぁとも思う。
 
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[ 2013/08/01 21:08 ] コラム | TB(0) | CM(3)

鳥海永行さんから映る「雲のように風のように」 

はじめに

最近、タツノコ劇場で
科学忍者隊ガッチャマン、宇宙の騎士テッカマン、破裏拳ポリマーなどの
ディテールを積み重ねつつ重厚かつハッタリの効いたリアル感ある演出をされていた
鳥海永行さんの作風に心惹かれている。

ただ私のアニメ体験を振り返れば、
子供の時に大好きだった「雲のように風のように」の監督も
鳥海さんだと考えれば、子供の頃から鳥海さんには惹かれるものがあったのだろう。

「雲のように風のように」とは

「雲のように風のように」は酒見賢一氏の「後宮小説」を原作としたテレビアニメである。



「後宮小説」は日本ファンタジーノベル大賞最初の受賞作である。
三井不動産がスポンサーとなり、
本編中にCMを入れないという異例の形式で1990年に日本テレビで放送された。

キャラクターデザイン・作画監督に近藤勝也さんが参加し、
特にスタジオジブリで活躍したアニメーターが参加した作品でもある。

余談ではあるが、リアルタイムで視聴した時はCMがないので
トイレに行けるタイミングがなく、やむなく途中でトイレに行った記憶がある。
また春分の日に放送されていた為、巨人とどこかの球団のオープン戦の結果が
テロップ表示されていたのも記憶に残っている。(さすが日テレ)

さて、話を戻すと、本作はTV放映ということもあって、
原作には濃厚に描かれていた性的なモチーフが大幅にオミットされ、
必ずしも原作の持ち味をアニメ化されているとは言い難い作品ではあった。
ただこれは、鳥海さんの考えもあったのだろう。

鳥海さんの考え~教育的側面を意識して作品を作る~

鳥海さんはそんな自分の考えの変遷を
「教育的な側面を意識して作品を作る」と題して以下のように語っている。

教育的な側面を意識して作品を作る

ぼくは昔「科学忍者隊ガッチャマン」などのアクション物をやっていたのですが、ある時期非常に嫌悪感をいだきました。私の作ったアニメ番組を見て、まだ小さかった子供が逃げ回ったのを見て「こんな作品を作ってはいけない」と思いました。
(中略)
「ニルスのふしぎな旅」のLDを出すというので、テレシネの作業に立ち会ったのですが、いま見ると非常に過激なんですよね。「ああ、こんな事をやっていたのか」「まずいなぁ」と感じました。
(中略)
作品の教育的な側面というのは、作っている本人が年を取らないと判らないですね。作っている時にはぜんぜん判らない。
(中略)
ぼくはここ数年「しましまとらのしまじろう」というTVアニメを作っています。(中略)これは幼児向けの番組で、子供はどう育てたらいいのか、今の子供には何を与えるべきなのか、または与えてはいけないかを考えながら作っています。

【押井守全仕事 増補改訂版 鳥海永行●インタビューより キネマ旬報社(2001年)】

「雲のように風のように」は1990年放映。「ニルスのふしぎな旅」は1980年であり、
教育を意識して作った「しましまとらのしまじろう」が1993年の放映である事を踏まえると
おそらく「雲のように風のように」を作っていた頃の鳥海さんの中では、
子供を意識した作風に傾きつつあったと言えるのかもしれない。

そして上記のインタビューでも言っているように、
子供に与えてはいけないもの、過激なものとして、
原作の後宮小説にあった性的なモチーフを捉えたのかもしれない。
だからこそこのモチーフをオミットしたという見方もできるだろう。
(もちろんそれが作品的に正しいのかどうかとは別問題ではあるが・・・)

まとめ

「科学忍者隊ガッチャマン」や「宇宙の騎士テッカマン」を
作っていた頃の鳥海さんは恐ろしくハードだった。
当時の時代の空気とはいえ、公害や環境問題などのテーマに踏み込んでいった作風。

そんな鳥海さんは徐々に「ニルスの不思議な旅」から「雲のようにかぜのように」
そして「しましまとらのしまじろう」へと年を経るたびに
過激さを抑えた作風へ変遷していったのだろう。

この鳥海さんの作風の変遷を見る上で
「雲のように風のように」を見ても、面白いのではないかと思った。
 
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[ 2013/04/10 20:41 ] コラム | TB(0) | CM(0)

アニメにおける枯れた技術の水平思考~ロボットアニメを取り込む変身美少女バトルアニメ 

昨日、アニメにおけるロボットアニメの操縦描写について、
そしてロボットアニメの盛衰の話題が
私のツイッターのタイムラインで流れてきて思ったこと。

ロボットアニメの操縦の話とは違うのだが、
常々私が思っていることがあったので、こんな呟きをした。

つまり美少女が変身して戦うアニメは
ロボットアニメ的なアイディアを取り入れている作品が多い。
その為に、特にマニア向けのロボットアニメと美少女が戦うアニメは
実は競合しているのではないかと思っている。

例えば、舞-HiME、リリカルなのは、ストライクウィッチーズ、シンフォギア、ビビオペなど
変身して戦う美少女にはロボット的な意匠が施され、
まるでロボットアニメのように戦っているように見られる。

こうしたロボットアニメのように戦う変身美少女たちは
「枯れた技術の水平思考」に則ったものではないかとふと思った。

「枯れた技術の水平思考」。
この言葉は、携帯ゲーム機「ゲームボーイ」の生みの親、横井軍平氏の哲学である。

wikiによると

「枯れた技術」とは、「すでに広く使用されてメリット・デメリットが明らかになっている技術」のことで、これを利用すると開発コストを低く抑えることができる。「水平思考」(エドワード・デ・ボノ(英語版)提唱)とは、今までなかった使い道を考えるということである。

とされている。

横井氏は電卓というありふれた技術から、ゲーム機:ゲームウォッチを開発し、
ゲームウォッチが大ヒットしたことで、この考えが評価された。

では、何がアニメにおける枯れた技術の水平思考なのか。
それはロボットアニメで広く使用されていた設定・展開・手法などを
美少女変身アニメで使う事で今までに無かった効果を得られるかもしれないということである。

例えば、ビビッドレッドオペレーションに出てくるあかねのおじいちゃん。
ビビッドシステムを発明し、孫にシステムを授けるおじいちゃんの姿に
マジンガーZの兜十蔵博士を思い浮かべる人も多いのではないかと思う。

今、新作のロボットアニメにおいて主人公の祖父がロボットを授ける展開はほぼ見かけない。
(エヴァやガンダムUCのように主人公の父親が与えるパターンはある)
つまりロボットアニメでは飽きられている/使いづらい設定になっている可能性が高い。
しかし美少女変身バトルアニメだと、ビビオペのように使うことができる。

他にははリリカルなのはにおける、
斎藤良成さん作画の勇者シリーズのようにメリハリの効いたアクション。
シンフォギアのクリスが放つミサイルは板野サーカス。

こうした、他のジャンルのアニメにおいて既に使い古された設定や描写・技術を
違うジャンルのアニメに上手く取り込むことで、そのジャンルの活性化を起こすのは
枯れた技術の水平思考/枯れた技術の水平思考的ともいえるのではないだろうか。
 
以上をまとめると、
特に2000年代以降の変身美少女バトルアニメは、
ロボットアニメを枯れた技術の水平思考として扱うことで
人気・評価を得てきた作品があるということである。
特に2004年の舞-HiMEと魔法少女リリカルなのはの登場が大きいと思っている。

さらにいえば、他の作品やジャンルでも
枯れた技術の水平思考が起きているものがあるのかもしれない。
それらが発見できると、また作品を見るのも面白いのかもしれない。

【参考資料】「魔法少女リリカルなのは」はロボットアニメなの!!(アニプレッション)
 
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[ 2013/03/04 19:05 ] コラム | TB(1) | CM(5)

タツノコ的リアルとリアル系作画 

ガッチャマン102話と
なかむらたかしさん一人原画の
ゴールドライタン41話「大魔神の涙」を見ていて思ったこと。

ガッチャマン102話は、鳥海永行さんが脚本・演出で
鳥海さんらしいメカ戦闘はディテールに凝り抜いた描写。
こうした写実的リアルとアニメ的快楽を
須田さん、二宮さん、湖川さんの作画力で描いたのがガッチャマンの醍醐味。

こうしたタツノコプロがキャラクター・メカも含めタツノコ的なリアルを描き、
このタツノコ的なリアルの蓄積、考え方が
ゴールドライタンのなかむらたかしさんの41話の作画に繋がるのではないかと感じた。

さらに旧Webアニメスタイルが提唱した
大雑把にいえばゴールドライタンのなかむらたかしさんさんからAKIRA。
AKIRAから御先祖様万々歳のうつのみやさとるさんという
いわゆるリアル系作画の流れを射程に入れて考えると、
リアル系作画はタツノコプロ出身者・関係者が大きく関わっていることに気づく。

なかむらたかしさんは、タツノコプロ出身ではないが
アニメーターとしてはウラシマンも含めタツノコの仕事が輝いている。
うつのみやさんもタツノコの人ではないが、
大雑把にいえばなかむらさん経由(他にも森本さん等の影響はあるが)
で自身の作画を作り上げている方。

そしてガッチャマンの鳥海永行さんの下で押井守さんは演出を学び、
押井さんはうつのみやさとるさんと組んで御先祖様万々歳を作る。

つまり、ガッチャマンで鳥海さん達が作り上げたリアルの根が
なかむらたかしさんのゴールドライタンを経て、
鳥海さんの弟子と押井さんとなかむらさんの影響を受けた
うつのみやさんのご先祖様万々歳で結実する。

元々押井さんは映画青年でアニメ好きではなかった。
そんな押井さんが唯一見ていたアニメがガッチャマンだった。
どうやらガッチャマンの、虚構の中のリアルが好きだから見ていたと押井さんは言っている。
そんなガッチャマンを作っていたタツノコの求人広告を見たのが、
アニメ界に入るキッカケになり、入社後は監督の鳥海さんの下で鍛えられた。

そんな押井さんは、旧アニメスタイル2号で鳥海さんの事を
「タツノコの権化のように言われるが、むしろ異端だった」と述懐している。
この発言を考えるに、ガッチャマンやテッカマンで見せた鳥海さんのリアル・ハード路線は
タツノコ的であるが、同時に鳥海さんの作風でもあるといえるのかもしれないと考えられる。
その意味では、アニメにおけるリアルの源流を紐解く上で、
鳥海永行さんの存在は大きいのかもしれない。 
 
それにしても102話は面白かった。
 
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[ 2013/03/03 11:11 ] コラム | TB(0) | CM(0)

物語を扱う上での「収斂する問題」と「拡散する問題」 

今回は、私の好きな物語の方向性の話。

E.H.シューマッハという経済学者の「スモール・イズ・ビューティフル」という著書の中で

  G・N・M・ティレルという人は、
  論理的に解決できる問題を「収斂する問題」
  論理的に詰めても解決できない問題を「拡散する問題」

と紹介し、今の現代社会は収斂する問題ばかり
解決できる問題ばかり先行して取り組んでいるとシューマッハは指摘している。


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F・アーンスト・シューマッハー

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収斂する問題として挙げていたのは、科学技術等々。
拡散する問題として挙げていたのは、哲学etc。

私はこの考えが好きである。
どうしても全ての物事は解決できるものとしてみてしまいがちだが
実際には解決できない問題が世界には満ち溢れている。

その意味では物語も例えるなら拡散する問題を扱うような、
解決できない・答えを出せない題材/テーマを扱う作品が好きなのかもしれない。

むしろ解決できない問題に取り組むのが、
文学を中心とした物語の醍醐味なのではないだろうかとすら思う。


そんな上記で挙げた「収斂する問題」と「拡散する問題」を
例として「魔法少女まどか☆マギカ」に当てはめてみたい。


まどか☆マギカでは魔法少女というシステムの悲劇や欠陥を克服していく「収斂する問題」。
魔法少女を克服しても、魔獣という新たなシステムが起こったように
システムがある限り、新しいシステムが生まれる「拡散する問題」を描いた作品だと私は思う。

富野さんの作品でも、人の業や集団から生まれる悪癖などを含め、
「拡散する問題」を扱っていると私は思う。

ただ一方で、解決できる問題を扱う「収斂する問題」も
物事が解決できるだけに、解決するカタルシスが味わえる点はある。

その意味では、物語は解決できる「収斂する問題」と解決できない「拡散する問題」を
テーマレベルにおいてそれぞれ上手く扱うことが、
作品の魅力を引き出すポイントになるのかもしれないと思った。
  
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[ 2013/02/20 12:52 ] コラム | TB(0) | CM(3)

戦姫絶唱シンフォギア12話の絵コンテが追崎史敏さんだったこと~ここぞという時のサトジュン 

戦姫絶唱シンフォギアの12話の絵コンテが追崎史敏さんでした。

今までのシンフォギアの絵コンテが、
伊藤達史さん、安田賢司さん、下田正美さんの3人でローテーションしていた所に
最終回手前という「ここぞ!」という回に追崎さんが参加したことに
この作品のスタッフの采配の妙がうかがい知れます。

私の中で「ここぞという時のサトジュン」という言葉があります。
これは、ある作品に佐藤順一(サトジュン)さんがゲスト参加で絵コンテを切る事で
作品を大いに盛り上げるという意味です。

例えば
「機動戦士Ζガンダム」の19話、カミーユとフォウの淡い恋を描く「シンデレラ・フォウ」、
「カウボーイビバップ」の18話、フェイの過去が明かされる「スピークライクアチャイルド」、
「少女革命ウテナ」の34話、ウテナの過去が明かされる「薔薇の刻印」など
シリーズにとって重要回・ここぞという回で、サトジュンさんが絵コンテを切っています。

私は12話のシンフォギアにおけるここぞ!といえる追崎さんの起用は、
私にとっての「ここぞという時のサトジュン」を髣髴とさせました。

そもそも追崎さんがケロロ軍曹などでサトジュンさんとも関わりが深いですし、
本作のアニメーション制作(1話・2話)アニメーション企画(3話~)に関わる
エンカレッジフィルムもサトジュンさん監督のカレイドスターで
活躍された池田東陽さんが立ち上げた会社です。

各コンテマンもサトジュンさんとの関わりが深いです
まず安田賢司さんも、異国迷路のクロワーゼで監督しましたが
本作ではサトジュンさんがシリーズ構成・音響監督でした。

伊藤監督も 新白雪姫伝説プリーティアやプリンセスチュチュ、
ふしぎ星の☆ふたご姫 Gyu!といったサトジュンさん総監督・監督作品に参加しています。

つまりメインスタッフはサトジュンさんとの関わりが深い方が多いのです。

特に本作のコンテマン下田正美さんとの兼ね合いで見ると、今回の件は面白い。
それは下田さんが監督したセイバーマリオネットJとその続編JtoXにおいて
サトジュンさんはJでは24話、JtoXでは25話と
最終回の近辺の回の絵コンテにを担当しているからです。
なんだか、今回のシンフォギアの追崎さんの起用に近いものがあります。

そんな今回のシンフォギア12話の追崎さん参加は
かつての「ここぞという時のサトジュン」さんを思い起こさせるものでした。
そしてシンフォギア12話は抜群に面白かったのでした。
 
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[ 2012/03/28 12:47 ] コラム | TB(0) | CM(0)

アニメと時代性 

私のアニメの評価軸の一つに取り入れているのが「時代性」。

作品はその時代に生まれたわけだから、時代の気分を察知・的確に表現し、
今の時代は何かを表現してほしいと感じる。

人は今という時代の気分に沿ってしか生きられない。
望む望まない関わらず、時代の気分に従わざるを得ない。

何より、創作というのは「何か」を訴えたいわけで、
その「何か」とは今生きる我々の問題に関わってほしいと考えている。
そして日本のアニメには我々の問題を表現する力があってほしい。

とらドラの恋愛観
ハルヒの思春期における男女間の距離の描写
またはキョンの諦念的価値観
コードギアスのルルーシュの「間違ってるのは世界だ」発言
けいおんの日常感覚と物語の無い物語

以上、ぱっと思いついた中で時代の価値観を反映した作品を上げてみた。

10年以上アニメを見てると、キャラの価値観の変遷にも興味が出てくる。
主人公キャラ、サブキャラの行動原理や価値観も絵の変化とともに著しく変化している。
こうした変化は単に趣味嗜好が変わった事でもあるが、時代の要請でもあると思う。

要は今の時代がどの方向に進んでいるのか。
アニメーションからひもとけるのではないかと考えている。
 
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[ 2010/04/12 22:16 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

タイミングを失う 

レールガンもソラヲトも最終回見てるのに
感想書かずに放置したら、新番がちらほらと・・・
 
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[ 2010/04/02 06:29 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

アニメのOPが好きだ!! 

アニメには必ずといってくるほどあるのがOP。このOP映像が大好きです。
OPは1分30秒にアニメの映像的魅力を凝縮させた、珠玉の表現だと思ってます。

正直、私は好きなOPがあるとOPだけを半日ぐらい繰り返して見る事もあります。
例えば「ネギま!?」の尾石達也OPは演出部分に見入ってしまい
休日の大半をそれだけを過ごしてしまいました。

また「魔法騎士レイアース」の3つ目のOP。
これは僕と同じようにアニメのOPが好きな先輩の家にお邪魔し、
2時間ぐらい、再生⇒巻き戻しのエンドレス状態で見てました。

むかしOPビデオというのも作っていました。
今ではニコニコにOPの詰め合わせ動画があったりしますが
それと対して変わりません。

要はテレビでやっていて気に入ったOPをダビングし、
見逃した作品、昔の作品やOVAはレンタルして、OPだけをダビングします。
そうすると1本のテープで100作ぐらいのOPをおさめたものができたりします。

このOPビデオ、上にも紹介した先輩から伝授されたものです。
先輩からも先輩制作のOPを頂き、何度も繰り返し見て色々勉強しました。
繰り返し見ると、スタッフ名を自然と覚えるようになりましたね。


もともとOPは毎週同じ映像を使えるという尺稼ぎの理由で誕生しました。
ただ表現の進化とともに本編の魅力を1分半に凝縮し表現したいと
考えられるようになったのでしょう。
特に80年代になると本編の出来はともかく、OPの出来が神がかっている
という作品もちらほら出るように見受けられました。

またOPで才能を奮うアニメーターさんも現れました。
1分30秒は一人のアニメーター腕を奮う尺として適量なのでしょう。
金田伊功、大張正巳、なかむらたかし、田村英樹、南家こうじとか
例をあげればきりがないですね。

OPはその作品がどういう方向を目指しているのかわかります。
本編の作画レベルが高い作品はOPの作画も出来が良い印象です。
(OPの作画が良くて本編がアレだと、OPだけアニメとか揶揄されます)

OPは曲と映像のシンクロにより否応でも高揚感が上がります。
また本編より基本的にカッコイイ映像表現も楽しめますし、
繰り返し見る事で、スタッフ名を覚える事もできます。


とまぁ話は以上にして、個人的にオススメなOP10本紹介します。

「蒼き流星レイズナー(後期)」
「赤い光弾ジリオン」
「攻殻機動隊SAC 2ndGIG」
「ネギま!?(1話バージョン)」
「キングゲイナー」
「タツノコファイト(アニメじゃないけど)」
「サイファイハリー」
「メダロット」
「旧、鋼の錬金術師(4つ目)」
「銀河旋風ブライガー」
 
OPの魅力はまた語れたらと思います。
 
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[ 2010/01/20 22:12 ] コラム | TB(0) | CM(0)

私にとっての2009年(アニメ) 

今日は大晦日。何時間も経てば2010年に突入する。

今年もアニメ・アニメ周辺について様々な話題があったが
印象に残った作品や出来事をざっくり振り返ってみたい

【金田伊功氏の死去】
57歳で夭逝するのは余りに惜しい。
70年後半から80年代のアニメファンに鮮烈な印象を与え
後進のアニメーターに計り知れない影響を与えた彼の功績はいつまでも胸に刻みつけたい。

【ヱヴァ破】
色々思う所があるのだが、まずは昔のエヴァとの比較考察は慎重にすべきだと思う。
昔のエヴァは危うさがあったけど、今のヱヴァは危うさを取り払い
娯楽性高い作品(安全な作品)になった事は評価と同時に少し寂しさもある。

【エンドレスエイト】
壮大な実験。作品の実験でもあり、視聴者の反応を見る実験でもあったと思う。
実験自体は評価できるのだが、商業的に危険なカケであり、現に売上げは落ちた。
個人的には作る側がどういう気持ちで作ったのかが知りたい。

【けいおん】
商業的成功ばかりに目を奪われがちだが、主な物語展開も無く、男が殆ど出てこないなど
徹底的に視聴者にとって気持ちの良い部分だけを抽出し提供した作風は
僕の個人的感覚でいえば、これほど過激だった作品は無いのではないか。

【化物語】
原作と制作会社(シャフト)の良い巡り合わせ。
「空の境界=奈須きのこ」も含め、奈須や西尾の商業的成功を支えているのは
彼らの熱心なファンだという事を再認識させられる。

【サマーウォーズ】
良く出来ていたし、最大公約数的に満足できる作品だと思う。
ただ「ぼくらのウォーゲーム」の2番煎じ的な側面も強く
今後、細田守が成功していくには、良い原作が必要かもと感じた。

【様々な作品の映画化】
今後ますます大きな潮流になるのは間違いない。
映画化される意味は、マニアアニメの提供先が、
OVA→テレビ東京深夜→WOWOW→UHF深夜→映画館という事なんだろうけど。

【GONZO上場廃止】
オリジナルアニメを企画し続けた点は評価できる会社ではあったが
商業的成功ができなかったのは経営陣の見通しの甘さと、力不足だと思う。


今後気になる事
・DVDからBDへの過渡期に突入する事や地デジ放映がアニメ制作とどう関わるのか
・けいおんのように徹底的に気持ちよさを提供する作品が今後も進化して現れるのか
・ポスト京アニ・シャフト。要は新しい作品を作れる制作会社は登場するか
・アニメのビジネスは今後もやっていけるのか

これら以外にも気になる事はあるが、
今後もアニメはどうなるのだろうか、という視点でアニメを見続けるのだろう。
 
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[ 2009/12/31 21:12 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

アニメアールという作画スタジオ 

「蒼き流星レイズナー」を見返す。
いつみてもアニメアールの作画は、今見ても色褪せない。

アニメアールは大阪にあるアニメの作画を請け負う会社。主催者は谷口守泰。
吉田徹 沖浦啓之 逢坂浩司 黄瀬和哉 木村貴宏 小森高博といった
アニメーター達を輩出し、今でも多くの作品の作画を請け負うスタジオである。
レイズナーでは谷口守泰がキャラクターデザインを担当し、
上記のアニメアールのスタッフが作画に大きく関わっている。

大阪に住んでた時、1回スタジオの前まで行ったこともあり、
多くの作品の原画が生み出されていると思うと興奮もした。
正直、入りたかったが迷惑になるので止めました(当たり前の話)

レイズナーは1985年製作で、絵柄やフォルム、アニメートの表現は古臭いかもしれないが
それ以上にアニメに対するほとばしる情熱が切実に感じられる。
80年代のアニメは今より若いが、それだけに大きな進化を経ていたのがわかる。

古いと言ってしまったが、この頃の谷口守泰の絵は本当にクールでカッコイイ。
特にキャラの横顔のフォルムが素晴らしい。
当たってないかもしれないが、出身者である沖浦啓之や故逢坂浩司の絵には
谷さんの影響が確実にあると思う。

また現在、手書きからCGに移行しつつあるロボットアニメであるが
手書きの良さを存分に発揮しているのが、レイズナーのメカ作画だろう。
おそらく手書きのロボットアニメは今後絶滅品種になるのだろうが、
レイズナーは良きロストテクノロジーの見本の一つとして残っていってほしい。

手書きの良さは情熱が線一本一本から伝わる所だ。
CGは緻密で細かい線も表現できるが、熱意がなかなか伝わりづらい。
今後はそうした部分も改善されるだろうが、動く絵の魅力としては
まだ手書きの方に軍配が上がると思っている。

ともかく、全盛期のアニメアール作画はほとばしる情熱が
見事なほど見る側にダイレクトに伝わり、心地よいのだ。
 
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アニメにおける脚本の意味 

ついったーでアニメにおける脚本の在り方について興味深い発言が・・・

>原作に対して演出チームで脚本を起こし、同じメンバーでコンテを起こして演出する方が、
>経済的に合理的だと考えてる。最近とみに感じるのは、圧倒的に面白いオリジナルを除き、
>シリーズ構成や各話脚本なんてのは、たまに原作者さんをゲストで呼んで「物語」を
>成立させた方が質的向上に繋がる。

>事実としてシリーズ構成はプロデューサさんがやれるし(作品によってはプロデューサさんが
>実質的にやっている)、各話の脚本は、金ではなく最低限の時間が許されれば、
>コンテ・演出家でも的確にやれるしやっている。脚本家の必要性がわからん。

>脚本がなくてもコンテは切れる。時間が許すのであれば、好きな場面の作画もできる。
>といった程度の発想は誰にでもできると信じたい。「脚本家」さんに作品の質が左右される
>という考え方は、かなりの程度で非=アニメ的だと思う。

>ゲームや漫画や実写の世界はわからないけれども、テレビアニメの世界で
>「脚本家がどうしても必要だ、もうわれわれのアイディアや思考力は尽き果てた」
>なんて戯れ言を生真面目にのたまう演出家には会ったことがない。

>どうしても優秀な脚本家が必要な作品の需要は確かに存在するけれども、
>現状にあって、すべての作>品のすべての挿話に脚本家が必要であるわけではなく、
>場合によっては「無駄遣い」じゃないか、と考えています。

発言者は現場の人らしい。

例えば宮崎駿は、コンテから先に作業して脚本は後にしているが
それは極端に言えば声優の演技でホンが必要だから作ってるだけだからだろう。

私も安易に使っている時もあるが、脚本家やシリーズ構成って
現場ではどんな位置にいて、どれぐらい影響力を及ぼしているか
良く分かってない事を痛感し、アニメにおける脚本の意味を考えないとと思った。
 
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[ 2009/10/07 06:44 ] コラム | TB(0) | CM(4)


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