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富野由悠季監督と安彦良和さん、湖川友謙さんの関係性について 

はじめに

「機動戦士ガンダム」の中心アニメーターにして、
今は漫画家として活躍されている安彦良和さんの
「機動戦士ガンダム」の原画集が庵野秀明監督編集の元、
5/31に発売されているようだ。



日本の代表的なアニメ作品の一つである「機動戦士ガンダム」。
安彦さんが描くキャラクター、メカニックに惹かれて
「機動戦士ガンダム」を支持しているファンも多いと思われるし、
安彦さん抜きに「機動戦士ガンダム」は語れない。

さて今回は安彦さんと「機動戦士ガンダム」の総監督である
富野由悠季監督の関係について私見を述べてみたい。
さらに富野監督と湖川友謙さんの関係を比較することで、
富野監督と安彦さん、富野監督と湖川さんの
それぞれの関係性を見ながら考えてみたい。

梶原原作におけるちばてつやさんと川崎のぼるさんの関係と比較して考える

私が富野監督と安彦さん、そして湖川さんの関係を考える時に
梶原一騎原作におけるちばてつやさんと川崎のぼるさんの関係に近いと思った。

こう考えるキッカケになったのは
BSマンガ夜話の「あしたのジョー」の回に出演した
漫画家:いしかわじゅんさんによる以下の発言だ。

巨人の星とあしたのジョーってさホントに並べられて、途中から巨人の星ってギャグのネタになっちゃったじゃない。あれかわいそうだよね。両方とも傑作だったんだよ。川崎のぼるってさ、いかに梶原一騎の原作を増幅して見せるかってことに心をくだいた人でさ、ちばてつやは原作を引きつけてともに生かして演出しようと思った人なんだよね。その差だけなんだよね。


梶原一騎原作を増幅させる川崎のぼるさん。
梶原一騎原作を生かして演出するちばてつやさん。
というのがいしかわじゅんさんの評だ。

このちばてつやさんと川崎のぼるさんの差が、
安彦良和さんと湖川友謙さんの差に近いと思った。
それは安彦さんはちばてつやさん的であり、
湖川さんは川崎のぼるさん的であるということだ。

庵野さんと幾原さんによる、安彦さんと湖川さんの評価

そもそも今回の記事を書くキッカケになったのが
同人誌「逆シャア友の会」で庵野秀明監督と幾原邦彦監督が対談した内容だ。
安彦さんと湖川さんに対する評価に関して、二人は以下のように語っている。

庵野 安彦さんの富野さんの世界観をまるっきり否定してしまうような絵がですね、なんか最初の『ガンダム』の私にとって魅力だったんですけどね。

幾原 最初の頃はね、まだ安彦さんと富野さんの接点ってあったんですよね。富野さんもまだ、それほど観念的には自分が何を表現したいかって考えてなかったんだと思うよ。そういう意味ではドラマ主義ですよね。ドラマとして『ガンダム』を考えていたというのがあるんだけど、観念としてはそれほど『ガンダム』のことを考えてなかったわけ。多分、「観念描写だけでドラマを作っていいんだ」ということを再確認したのは『イデオン』だろうなと思うわけ。『イデオン』によって、「観念だけでも話しになるじゃないか」と自信を持ったんじゃないかと思うんだけど。

庵野 多分ね、僕も気付いたのは『イデオン』だったね。途中から走っちゃったからね。でも、『イデオン』の湖川さんの絵はピッタリしすぎてつまんない。

幾原 ああ、そう。僕は湖川さんの絵、好きですよ。でも、そういうことあるかもしれない。解り易すぎるんですよね。非常に表情にしても、バイオレンス描写にしても、非常にそのままなんです。解り易いんです。 例えば、子供の首が吹っ飛んだりする描写がいっぱいあったりするんだけど、ああいうものって、昔、永井豪が「バイオレンスジャック」でやったような確信犯的な描写ですよね。「ここまでやるんだぞ」っていう確信犯的な描写なんだけど、それがいかにも「確信犯としてやっています」っていうメッセージが解り易すぎる。

庵野 そう。なんかね、それに対する否定的な部分というのが画面から見えてこないんですよ。 安彦さんがやると「こんなのはやりたくない」というようなのが端々に出ていて、それがいい味だしてる
(逆シャア友の会より)


まず赤文字を安彦さんに対する評価、青文字を湖川さんに対する評価と分けてみた。

富野監督の世界観を否定もする安彦さん。
富野監督の世界観にピッタリ、わかりやすいのが湖川さん。
というのが、庵野監督と幾原監督の当時の見解のようだ。

余談だが、庵野監督の安彦さんに対する評価は高い。
まさかこの同人誌を作って20年後に原画集の編集を行うとは…
当時の庵野監督も思っていないだろう。

そんな二人の評価を上記のいしかわじゅんさん的な言い方に変えれば
富野原作(絵コンテ)を(作画で)増幅させるのが湖川さん。
富野原作(絵コンテ)を(作画で)生かして演出するのが安彦さん。 
と言い換えることもできるのではないかと思った。

以上のように考えると、
富野監督と安彦さんの関係は、梶原一騎さんとちばてつやさんの関係に近いし、
富野監督と湖川さんの関係は、梶原一騎さんと川崎のぼるさんの関係に近いといえる。
そう考えると、富野監督と安彦さんが組んだ「1stガンダム」は「あしたのジョー」的であり、
富野監督と湖川さんが組んだ「伝説巨人イデオン」は「巨人の星」的なのかもしれない。

おわりに

富野監督の世界観/観念を増幅させて表現したのが「イデオン」の湖川さんであり
一方で、富野監督の世界観を否定したり(アレンジともいえるかも)
しながら表現したのが「ガンダム」の安彦さんといえるだろう。

そしてBSマンガ夜話の「あしたのジョー」で、夏目房之助さんは
なぜホセ・メンドーサ戦で、ドヤ街の人が応援にこなかったのかに対して
「これが物語の必然」と語り、梶原さんとちばさんの作風がせめぎ合いの結果、
ちばさんが作り上げたドヤ街のキャラクターは退場し
梶原一騎的世界に収まるのが必然というような分析をしている。

一方で1stガンダムも富野監督と安彦さんがせめぎ合っていた作風が、
物語の後半で登場した「ニュータイプ」という言葉に象徴されるように
一気に富野監督的世界に傾斜していったようにも見られる。

その意味でも「あしたのジョー」も「機動戦士ガンダム」も
原作者と絵描きの個性と作風も違う二人のせめぎ合いの結果生まれた傑作であり、
最終的には原作者が作り出す世界/世界観に収斂していく意味では、
似ている作品であるのかもしれない。
 
何にしても「機動戦士ガンダム」は
あの時の富野監督と安彦さんが組んだからこそできた作品なのだと思う。
 
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[ 2013/05/30 21:11 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

アニメを厳しく見ること、厳しく評価することについて 

はじめに

今回はアニメを厳しく見ること、厳しく評価することについて。
最近この見方について色々思うところがあったので、
自身の体験を踏まえて語っていきたいと思います。

厳しく見ることで失ってしまったもの

以前はアニメを厳しく見ること、厳しく評価する事が良い見方だと信じていました。
厳しく見れば、評価すれば、良い見方が可能になると思っていました。
そして自分が大好きな作品のレベルに達しない作品はダメだという評価をしていました。

この考えの元、色々な作品を見ては、
「作品Aはダメ。○○な理由で良くない」
「作品Bはダメ。○○な理由で良くない」
と評価を下していきました。

そう、学生時代の頃から数年間は以上のような見方を続けたと思います。

でも、自分なりの厳しい見方をし続ける内に、
自分の中にある変化が起こっていることに気がつきました。

「あれっ。新しく見る作品が無くなってきている…」
「最近、アニメを面白く感じられない…」

色々な作品をダメだと評価を下してしまった為に
アニメを楽しめなくなってしまったのです。
自分なりの信じていたアニメの良い見方を実践していたとはいえ、
見ること自体が辛くなってきたのでは本末転倒だと感じるようになりました。

この頃はアニメに対する情熱を失いかけていました。
作品がどうのこうのというより、自身の見方で、自身を傷つけていたのでした。

新たなスタンスの気づき/獲得

そんな楽しめなくなっていた時、
自身が好きな旧作中心に見て、何とかアニメを見ていた時
あるブログでこんな文章を見つけました。

「作品は一つでも面白い点が発見できればOKではないか」

私自身、この言葉に出会ってとても気が楽になりました。
確かに自分にとって、出会った作品に一つでも良い面や面白い面があれば
それでOKではないかと思うようになっていきました。

この言葉と出会ってからは、自分なりに作品との向き合い方を変え、
まずは厳しく評価する前に、その作品を見ていこう、作品から何かを発見したい、
作品との出会い自体を大切にしていきたいという気持ちに変化していきました。

端的にいえば、評価することより、作品を見ている時間/瞬間を楽しみたい。
では楽しむためにはどうしたらいいのかというスタンスへの変化だったのだと思います。
言いかえれば、減点法より、加点法的な楽しみ方に切り替わったともいえます。

今はアニメを見ながら、気楽に楽しんでいます。
特にダメな点を強調するような見方もしていないです。
そして何か書きたくなったらブログに書くっていうスタンスになっています。

厳しく見ていた頃を振り返ると

厳しく見ていた頃を振り返ると
おそらく自分のアニメ体験を大きく揺さぶられた作品への影響が大きかったこと、
そしてその作品群と安易に比べて評価してしまったこと。

または、作品を色々見ていく中で、もっと面白い作品を、もっと面白い作品をと
味覚における舌が肥えるように、アニメに対する眼や耳が肥えていたこと。
以上の二つの自身の変化は、おぼろげには意識をしていたものの、
アニメそのものを楽しめなくなる事には、気づかなかったのです。

一方で厳しく見ていた期間は、学生から社会人になった期間でもありました。
学生の頃とは違い、社会人になるとアニメを見る時間/作品数が減ってきました。
そして少ない作品数を厳しく見ることで、より楽しめなくなってしまう。
最終的に「最近のアニメはダメだ~」と勝手に思い込む悪循環に陥っていたのだと思います。

まとめ

私自身はアニメを厳しく見ることが、自分の見方を鍛えるものだと思っていました。
厳しく見ることから得られた発見もありましたが、
その結果、アニメを見たくなくなる、楽しめなくなるのでは、
最終的には意味がなくなってしまうと思います。

そしてアニメに対する見方を鍛えることは、
作品を厳しく見ること/評価することよりもまず作品との出会いを大事にする方が
より良い方法なのではと思うようになりました。
そして評価することより、作品から何を発見できるかが
自分にとって大事なウェイトを占めるようになりました。

何よりアニメに使える時間が限られているからこそ
アニメとのより良い出会いを大切にしたいという気持ちが強くなったのかもしれません。

そして、厳しい見方自体が悪いかといえば、私にはわかりません。
むしろ厳しく見るというより、作品を安易にダメという減点法的な評価の仕方が
自分自身の首を絞めてしまったという言い方もできます。
厳しい見方=きちんと見る、という意味合いもあるでしょうから。
厳しく見ることと、安易にダメという評価の仕方をごっちゃにしていた面もあります。

少なくとも、上記のような安易にダメという見方を続けてしまったが為に
自身が苦しむようであれば、新しいスタンスを見つけるのも一つの方法だとは思います。

アニメに限らずなのでしょうが、
作品に接する時は肩肘張らずに、まずはありのままを見て接することが
楽しく/面白くみられる可能性の一つであり、
作品から新たな発見を得られる大元のスタンスになるといえるのではないのでしょうか。

そして見方を変えるキッカケになったのは他者の意見だったので
行き詰まった時には、他者の言葉に耳を傾けることが
状況を打開する方法の一つではないかと思いました。
人の意見を上手く取り入れることが、アニメをより楽しめる可能性に繋がるのでしょう。



http://anipression.doorblog.jp/archives/51324847.html
参考:大切な作品との出会いが、トレンドに右往左往されない基盤を作る!(アニプレッション)
 
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[ 2013/05/26 19:34 ] ニュース | TB(4) | CM(17)

アニメを楽しく見るためにも~健康診断のススメ 

アニメを楽しく/面白く見られるのも、健康があってからこそ。
身体が不調の時、高熱の時にアニメを見ても、
内容が頭や身体に入りづらいと思います。

私も病気の時や疲れている時に頑張ってアニメを見ることもありますが、
やはりきちんと内容を掴めないというか…
健康な状態でアニメを見るほうがしっかり理解しやすい。

だから、きちんとした健康診断を受けて、
健やかなアニメライフを満喫していきましょう。
自分の身体は思ったより自分で気づかない。
健康診断を受けることで、自分の体の善し悪しを把握しましょう。
 
そして健康診断の結果を元に
生活習慣を改善したり、見直したりしてみてはいかがでしょうか。

健康最高!アニメを楽しく見るのには体が資本です!!
 
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[ 2013/05/24 22:17 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

あいうら7話の凄さ-颯太と彩生の物語であることの予感を抱かせる演出について 

あいうら7話。面白いを通り越して、私の中ではすごい作品になりつつある。
今回の凄さをまず挙げると、颯太と彩生のやり取りに至るまでの構成/つなげ方だ。

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まず最初のカットは颯太の後ろ姿。今回は颯太の話ですよという意味合いだ。
一方で、最初のカットはフトモモを見せることを遵守するのも忘れない。

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次のシーン。物語の中心は、奏香とゆっこんのゲームにあるようにみえるが、
颯太の視線は寝ている彩生を見ているように映る。
最後まで見ればわかるように、
颯太と彩生の二人が絡むことを予感させるレイアウトになっている。

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この崩したシーンでも、物語がこの崩したことに焦点があれば
カメラがもっと寄ってもいい場面だと思う。
だが、カメラは引く。それは彩生を映すために。
画面的に颯太と彩生の関係性が切れないように配慮されている。

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ここでもむしろ写したいのは奏香やゆっこんより、二人の後ろにいる彩生なのだ。
さらにいえば女の子を二人を置いて、
その間に彩生のフトモモを配置するのは、素晴らしい画作り。

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そして颯太は彩生にタオルケットをかける。ここからが今回の本番。
今回に限っていえば、颯太にとって奏香とゆっこんは乗り越えるべき壁だった。
つまり今回は颯太が奏香とゆっこんは乗り越え、彩生にたどり着く話なのだ。
ここに至るまでの組み立て方は抜群に上手い。

そして年頃の男の子が、寝ている女の子に下心もなさそうに
自然に接する姿から、颯太と彩生が仲が良いのがわかる。
というか、とても羨ましいシチュエーション。

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ただ今回が颯太と彩生の話なのは、アイキャッチですでに予感されていたわけで…
ここで最初に気づけなかった自分は甘い。


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この背景のシーンも上手い。
颯太が買い物に行って、出かけたのを
ちょっと間を空けて発したドアの音だけで表現している。
ショートアニメにとって時間の省略は命題の一つ。

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二人仲良く横でゲームをする。羨ましい。
ちなみ二人がゲームを始める準備に至るまでを
ジャンプカットで見せているのも小気味良い面白さがある。

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ED曲に入る前にはちゃんとフトモモを見せる。
フトモモに始まり、フトモモに終わる。

後、崩れた積み木はちゃんと元通りになっているのが面白い。
奏香とゆっこんで積み直したのだろう。
こういう細かい所で、物語が動いているのを予感させるのも素晴らしい。

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ED曲に流れた後の今回の最後のカット。ここでもフトモモである。
ここでダメな姉と良い弟という締め方なのもあいうららしい。

まとめ

今回は颯太と彩生の話である事を
画面的にずっと伏線/積み重ねを行う演出が上手いと思った。
その意味では、前回から彩生が寝ていたのですら、
今回に至る伏線だったのかもしれないと思うと、
上手く繋がっているなぁと感じてしまう。

演出とは次の展開への期待/予感を呼び起こす意味で、
寝ている彩生をずっと映していたのは、
コンテ・演出担当でもあるを中村亮介監督の狙いなのだろう。
ほとんどのカットが面白い、何かしら見所があるという意味で、
毎回、毎回、面白い演出を見せてくれる「あいうら」はすごい作品だ。
 
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[ 2013/05/22 20:30 ] あいうら | TB(6) | CM(2)

ヤマトの西崎義展氏と手塚治虫氏とガンダムの富野由悠季監督の関係~海のトリトンの頃 

はじめに

「宇宙戦艦ヤマト2199」が好評放送中だ。

個人的には新登場の女性キャラ達が良い味出しているなぁと感じながら
特にメガネっ娘の新見薫さんがお気に入りである。
結城信輝さんのキャラ絵は良い。

そしてヤマトに関連する話題といえば、
西崎義展の手記というサイトに
「宇宙戦艦ヤマト」の企画書が掲載され話題となっている。

http://web.archive.org/web/20070106185820/http://homepage3.nifty.com/newyamato/omoi.html
(西崎義展の手記:宇宙戦艦ヤマト企画書)

西崎義展氏はオリジナルの「宇宙戦艦ヤマト」の製作総指揮・プロデューサー。
ヤマトを世に送り出した功績者である。
そして企画書をみると、今我々が目にするヤマトの形とは違うとはいえ
並々ならぬ決意感がこの企画書から感じ取れるだろう。

こうした決意感を含め、
本編におけるわずかな希望を賭けてイスカンダルに行く沖田艦長/ヤマトクルー達と、
当時としては極めて珍しいオリジナルアニメという未知なるモノづくりに挑む
西崎氏達の姿はシンクロするといってもよいだろう。

「宇宙戦艦ヤマト」は今のアニメの流れの礎となった作品の一つなのである。

手塚治虫氏の版権を巡るひと悶着

そんな「宇宙戦艦ヤマト」を世に送り出した西崎氏ではあるが、
一方では手塚治虫氏と版権を巡ってひと悶着があったようである。
以下の引用を読んでほしい。

2階で作業をしていたところへ3階から手塚先生が降りてきて「もう私のものが作れなくなってしまいました」というのであった。涙ぐんでいて、話の内容がよくつかめず、「海のトリトン」がスタッフルームですべて、制作することになり、手塚プロで制作できなくなったというような内容だと受け取った。

手塚先生を慰めようと、当時個人で企画していた、エンゼルの丘や、キャプテKEN等があったので、「いいじゃないですか、こっちの企画を進めて、頑張りましょう」と言ったが、 そうじゃないんです、私の今まですべての版権を、西崎に取られてしまったのだ、と言うのであった。 そして悔し泣きに、血の涙を流していた。

島方社長に話を聞いた。手塚先生と西崎弘文との契約書がありそれに手塚先生の記名と捺印があって 今までの手塚治虫のキャラクターは、すべて西崎広文個人の物になってしまった。

だから今後手塚原作の作品を作っても、利益は、西崎個人に入ってしまうので、作れないというのであった。

裁判になったが、契約書があるので敗訴した。そして手塚治虫は一切そのことを語るのをやめた。
※西崎弘文=西崎義展

(http://blog.goo.ne.jp/mcsammy/e/74eae7ddff12129853ef34561a80c477
出典:真佐美 ジュン-海のトリトン)

端的にいうと、西崎氏は手塚治虫氏がもっていた版権を買い取ったようである。
その為に手塚氏の著作収入が西崎氏個人へにわたることになった。
そしてこの事に手塚先生は気つかず、気づいたときには時すでに遅し。
契約書も手塚先生がよく読まずに盲判状態で押してしまったようである。
その為に手塚氏は西崎氏に騙されたという想いが強かったのだろう。
※その後、版権は手塚氏が買い戻しているようだ。

この引用先で出てくる「海のトリトン」とは富野由悠季(当時:富野喜幸)の初監督作。
そして西崎氏は「海のトリトン」のプロデューサー。

富野監督は「海のトリトン」の制作経緯を聞かれて以下のように語っている。

聞き手「いよいよ『海のトリトン』になるわけですが、これは西崎さんが作った新会社でやりましょうと、お話が来たんですか。」

富野「違います、初めは手塚先生が手塚プロで作るつもりでいて、虫プロに下請けを出すという話もありましたがそれもなくなり、そして虫プロ商事と虫プロが分派したのか、自活していかなくてはいけないということで『海のトリトン』の企画を引き受けたんだけど、結局虫プロ商事も潰れて、スタッフルームだけが残った。で、最終的にプロデュース権というか© 権を西崎さんが買って、手塚先生から『トリトン』を引っペがした。」
※スタッフルームとは西崎義展氏が1972年、虫プロ商事に在籍したメンバーを中心に設立した会社。「海のトリトン」を制作。
出典:富野由悠季全仕事(キネマ旬報社)

富野監督の話だと、ただの権利関係の移転の話のようにも見えるが
「引っペがした」という言葉のニュアンスから
富野監督もおそらくある程度の事情は知っていたのだろうと推測される。

ちなみに手塚治虫氏はその後、西崎氏の名前を出すと烈火のごとく怒り出し、
「西崎の名前を僕の前で口にしないで下さい」という噂もあったようだ。

その意味では富野監督はかつての会社の社長であり、
子供時代に好きだった漫画家でもあった手塚氏から見れば
「海のトリトン」という望ましくない仕事を引き受けてしまったわけだ。

ともあれ「海のトリトン」が富野監督の初監督作品となり、
内容面では結末を巡る賛否両論はあったとしても一定の評価を得た。
「機動戦士ガンダム」に至る道筋は「海のトリトン」から始まったとみて良いだろう。

西崎義展氏と手塚治虫氏と富野由悠季監督

結局、手塚氏と西崎氏が和解することはなく、お互い亡くなられた。
細かい真相は藪の中であるが、西崎氏が手塚氏の版権を買取り、
手塚氏に苦汁に舐めさせたのは間違いない。

ただ、西崎氏が手塚氏から版権を「引っペがした」結果、「海のトリトン」が制作され、
手塚治虫氏の薫陶を受けた富野由悠季氏が監督したことを含め、
富野監督のその後のキャリアに大きな影響を与えてしまった意味でも
西崎氏の存在がアニメ界に良くも悪くも影響を及ぼしてしまったといえる。

その後富野監督は、西崎氏から「宇宙戦艦ヤマト」の4話の絵コンテの依頼を受けたが、
シナリオが気に食わず、富野監督はコンテでシナリオを改竄した。
これが西崎氏の怒りを買い、富野監督は元のシナリオ通りに修正したが
その後二人が一緒に仕事をすることはなかった。

そして富野監督も西崎氏と「縁が切れて良かった」と富野由悠季全仕事で語っている。
これは富野監督なりの手塚治虫氏への義理の通し方だったのかもしれない。

まとめ

最後に。前後するが「海のトリトン」を制作後、
上記の企画書にあるように起死回生の想いで作ったであろう
「宇宙戦艦ヤマト」製作の中心人物となった西崎義展氏。

そのヤマト打倒を掲げて作られたのが「機動戦士ガンダム」であり、
この目標を掲げたのが原作・総監督である富野由悠季監督だ。

その意味では「海のトリトン」は「ヤマト」を契機に
「ガンダム」で最高潮を迎えたアニメブームの流れを決定づけた作品だったのかもしれない。

「ヤマト」「ガンダム」を世に送り出した中心人物、
西崎氏と富野監督には「海のトリトン」を挟みつつ、
手塚治虫氏との因縁と西崎氏の功罪の大きさも含め、
アニメに表現に生きた方々の人間関係の奥深さを感じさせてくれる。

こうした事を踏まえて「ヤマト2199」を見ると、また面白いのかもしれない。
  
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[ 2013/05/20 21:10 ] 富野由悠季 | TB(1) | CM(2)

「あいうら」は違和感でできている 

あいうら6話を視聴。今回も面白い。

そして今回は、この作品に対する自分なりの回答、
「あいうらは違和感でできている」ことの発見に気づけたのが良かった。
この記事ではこの違和感について語りたい。

まず今回の話は、勉強のために3人かなかなの家を訪れ
かなかなの弟の天谷颯太と交流する話。

そしてゆっこんがかなかなの部屋を見た後で、
やはり颯太の部屋を使わせてほしい事を示す時のカット。
このカットが今回の発見だった。

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いきなりの抽象度の高い背景。この背景には驚いた。

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今まではきちんと部屋内外が描かれていたが、
こと一番上のカットに限っては一気に抽象性が上昇した描かれ方をしており
キャラクターの関係に特化して描かれているといっても良い。

また上記の抽象的な背景のカットは、一つ目のEDに入る前フリでもあるため
きちんと描かれた背景から抽象的に描かれた背景への転調で落差をつけることで、
一種の落ち/オチを表現している見方もできるだろう。

こうした背景の描き方のレベルに落差/違和感を難なくやれてしまうことに、
画面における情報量を自由にコントロールするスタッフの決断力を感じさせる。
こうした違和感を色々な所に張り巡らせたのがあいうらという作品なのだ。

天谷奏香の公式サイトのキャラ紹介で「軽くウザいレベル」といわれること。
奏香以外のサキや山下先生など他のキャラクター達もツッコミ前提の言動が多いこと。
主役の声優さん達の決して慣れているとはいえない演技。
飛躍性を感じさせるトリッキーなカット割り。
今回の背景の情報量の落差。
カニカニと連呼するOP、二つ目の棒人間EDの起用意図も含めて、
作品全体に違和感を散りばめる事自体が、この作品のコンセプトなのではないかと思う。

この違和感の散りばめ、積み重ねて作品が作られていることは

「噛み合わない、それが楽しい。女子校生たちの日常。」

という本作のキャッチコピーでもわかる。

噛み合わないことが違和感を散りばめた結果そのものだろうから。

まとめ

あいうらとは違和感を散りばめ/積み重ねることで
女子高生の噛み合わない日常生活を描いた作品であることがわかる。

いいかえれば、噛み合わない/違和感こそが日常生活=生きていくこと、という
この作品なりのメッセージなのかもしれない。
そんな彼女たちが生きる中で生まれ出てくる違和感を
楽しく見せてくれるのがあいうらの醍醐味なのだ。
  
※追記

知り合いのコメントに噛み(カミ)合わない=カニ合わないという指摘があり
なるほどと思いました。
 
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[ 2013/05/19 18:00 ] あいうら | TB(1) | CM(0)

革命機ヴァルヴレイヴ6話における、SNSで世界が繋がる描写の意味と、サキに起こった革命の関係性 

ヴァルヴレイヴ6話を視聴。今回はサキがニンゲンヤメマシタ的な話。
今回、気になったのは携帯端末とSNS、もしくはust的な
ソーシャルメディアを通してサキと世界が繋がっていく描写

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まずAパート。
サキが新しい機体カミーラに適合し吸血鬼になったわけだが、
この変わった=革命されたサキが物語を引っ張る。
サキは、ハルトに乗りうつった体でいたずらをするなど、
変化を楽しく・前向きに捉えているようだ。
ちなみにwikiでカーミラをみると、

『カーミラ』 (Carmilla) は、アイルランド人作家シェリダン・レ・ファニュが1872年に著した怪奇小説、およびその作中に登場する女吸血鬼の名前。
 
となっている。機体そのものが吸血鬼の名前のようだ。

そんなAパートは上記のように、携帯端末の描写がちらほら散見される。
ここでの携帯端末の使われ方は、
音楽の視聴や画像の閲覧、SNS的なサイトの書き込みの確認というように
あくまで個人的な用途に留まっている。

Aパートでは、こうした携帯端末の描写を積み上げていった。

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さてBパート。敵が襲ってくるが、Aパート以来ノリノリのサキはハルトと共に迎撃しようとする。
だが相手の遠距離ミサイル攻撃で不安を覚え、動けなくなってしまう。
死を恐れない、今回のサキの想いとは一転してしまったようだ。

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そんな不安なサキを励ますのは、この作品一凄いキャラだと思われるショーコ。
今回もスカートを強くギュッと握った後に励ます決断をしたが、
スカートを握った後のショーコは怖い。
そんなショーコに押され、サキは気力を回復する。

スパロボ的にいえば、ショーコが精神コマンド「激励」を使って
サキの気力を回復させたといえるだろう。

※もしスパロボでヴァルヴレイヴが出てきたら、このイベントは使われそう。

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ショーコの応援で立ち直ったショーコは、戦闘を映像中継して欲しいと提案。
元アイドルの性なのか、観客がいればいるほど燃えるタイプのようだ。
もしくは世界を自分に振り向かせたいタイプともいえる。

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戦闘を中継することで、ショーコと世界が繋がっていく。
かつてアイドルになったものの、大人の都合でアイドルを解雇されたことで、
世界を憎んでいるサキが世界を見返したシーンでもある。

言い換えれば、サキがこの瞬間、世界一(いや宇宙一か)のアイドルになった瞬間。
まさに戦闘こそ舞台。サキが望んでいたものは全てこの舞台にあったのだ。

こうしたBパートではAパートのような個人的な用途の携帯端末描写と対比するように
大衆がSNSで繋がる描写を描いている。

元々、1話でもハルトがSNSで繋がれていく描写を含めて、本作はSNS的な描写が多い。
そして今回は、サキの物語を肉付けするため、
Aパートで携帯端末の描写=SNSで繋がっていくことの予感を積み重ね、
Bパートでは世界に求められるアイドルをSNS的なものを使って成し遂げる。
今回のSNS描写の使い方は極めて優れていたと思う。

まとめ

今回、サキは二つの意味で革命を起こしている。
一つはニンゲンヤメマスカを含め、吸血鬼になったこと。
二つ目は、SNSを使って、世界を自分に振り向かせアイドルになったことである。
二つの意味で革命された、サキはハルトやショーコ、エルエルフとともに
この作品のメイン舞台に立ったともいえる。


さて、こうしたSNSを使って一躍有名人になる描写は、
今の時代を反映したもののように見える。
またSNSを通して、情報を共有し、励まし、勇気をもらうということについても
東日本大震災を通してわかったことの一つでもあるだろう。

以上の意味でもヴァルヴレイヴは未来の宇宙を舞台にした作品でありながら
極めて現代に対して何かを提起したい作品であることがわかってくる。
それはサキが極めて現代を象徴するようなキャラクターであることにも繋がる。
例えるならSNSで有名になりたい人みたいな。

ヴァルヴレイヴが世界を曝くのが、実は今の現代社会なのか…それとも他の何かなのか。
今後の展開を見守っていきたい。
 
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あいうらの机問題-その2 

あいうらの机が横に長い、もしくは見なれない形ということに気づき
前にあいうらの机問題を考えるという記事を書いた。
今回はこの記事を書いた後に教えていただいた情報を交えて考えたい。

aiuratukue5003-1.jpg

まずはてぶのコメント欄から、
この机はクリエイティブテーブルではないかという指摘が入った。



これがクリエイティブテーブル。確かに近い形だ。ただ引き出しがない。

またコメントを頂いたfaiさんからは、あいうら机の近い形の商品URLを教えてもらった。

o_P271497.jpg

参考URL:http://www.tradekorea.com/product-detail/P00025361/HI_SCHOOLSET_006.html

おぉ確かに。

また、ぬるオタが斬るの管理人、西尾西男さんから頂いたコメントによると、

「あいうら」はスタッフつながりで「ねらわれた学園」の美術設定を流用しているという噂があったので、「ねらわれた学園」のポスターやロングPV(1:48あたり)を確認して見たところ、同じような机を使っているように見えました。

ということだ。


関連動画:『ねらわれた学園』ロングPV

PVを1:48秒から見てほしい。確かに形はあいうらに似ている。
両作のスタッフも監督の中村亮介さん、細居美恵子さんなど共通している。

今回でわかったことは、

・あいうら、ねらわれた学園の学校で使われている机の形は
 クリエイティブテーブルというものに近い
・あいうらはねらわれた学園の美術設定を流用している可能性がある


ということだ。

ちなみにねらわれた学園もあいうらの美術監督も、ともに金子英俊さん。
流用している可能性はあるといえるだろう。

貴重なコメントを寄せて頂いたfaiさん、西尾西男さん
そしてみなさま。ありがとうございます。
 
最後に6話は学校の机描写はなし。
先生の机と奏香の弟の机は描写された。
 
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[ 2013/05/15 22:38 ] あいうら | TB(1) | CM(1)

翠星のガルガンティア6話とブレンパワード18話-踊る山内重保 

翠星のガルガンティア6話を視聴。

後半のエイミーの踊りが印象的だった。

garugan6005.jpg
garugan6002.jpg

幻想的なオーロラのようなものの背景にしながら踊るエイミー。
レドの心もエイミーの踊りに何かを感じたようだった。

何よりエイミーの踊りの柔らかい繊細な感じで動くのが素晴らしかった。
これは何度でも見たいシーン/踊りだったと思う。

garugan6004.jpggarugan6003.jpg

またエイミーの踊るカットの間に、飴やタコカニみたいなものが挟まるのも良かった。

渦上模様を描く飴は、エイミーの踊りそのものや、甘さを象徴し
タコはエイミーの可愛さを象徴するかのようだった。

今回の絵コンテ・演出は山内重保さん(演出は木村延景さんと連名)。
そして、今回のガルガンディアを踏まえて
ロボットアニメ/踊り/山内重保という3つのキーワードを取り出した時、
思い出されるのは、富野由悠季監督作のブレンパワードだ。

山内さんはブレンパワード18話の「愛の淵」でコンテを担当し、
ネリーの機体ネリーブレンを氷上でスケート(踊り)をさせている。

garugan6000.jpg
garugan6001.jpg

キャラとメカという違いはあれど、踊る事自体はアニメ表現的に大きな意味を持つ。
踊るシーンは枚数も使い、さらに踊りとして表現的に成立させないといけない。
こうした回に山内さんが担当しているのは偶然なのだろうか。

ガルガンディアの山内さんの起用が、ブレンパワードを踏まえてのものかは不明だが、
前回でもチェインバーを焼肉鉄板代わりにさせる、踊り回に山内さんの起用するなど
私の中では富野さん的なものを感じてしまう。(※たぶん、こういう見方は良くない)

ただ踊りシーンが、社会に不慣れなレドを導くエイミーとの関係を描くときに
今回のクライマックスとして抜群に機能していたというのは間違いないと思う。
レドがいよいよ開花していく前兆を見せたのが、今回だった。

まとめ

踊りのシーンで二人の関係はより深まったと思うが、
それだけに踊り終わった後の、暗雲っぽい感じの空気は見逃せない。

ブレンパワードでも氷上スケートの後、ネリーは死を迎えてしまい、
踊りの後には悲劇を迎える可能性もある。
その意味でも今後の展開、レドとエイミーをどう描くのか興味深い。
 
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あいうらの机問題を考える 

はじめに

あいうらには机問題がある。今回はこの事を取り上げる。

元々この記事を書こうとしたキッカケは、
あいうらの学校に出てくる机の大きさ/横幅が気になって、検証したいからであった。

aiuratukue2004.jpg

以上のように学校机にしては横幅が広く、横長だと思った。
少なくとも私自身の学校経験では、学校でこんな横幅の机はなかった。
ただもしかすると、今の学校だったらこうした規格のもあるのかもとは思った。
以上の事を思いながら、1話~5話までを振り返っていたのだが・・・

しかし5話の以下のシーンを見て、少し考えが変わった。

aiuratukue5003-1.jpg

彩生のフトモモに気を取られてしまったが、この机の形は・・・
丸で囲った部分を見るように、机が四角ではない事がわかる。
こういう変な形の机もあるのだろうか。これも気になってきた。
 
以上を踏まえて、

・横長の机
・5話で彩生が座っていた変な形の机

この二つについて取り上げる。
そして1話~5話を見返したら、2、3、5話で机の描写があったので、
これらの回の描写について取り上げ、考えてみたい。

2話の机描写

まず2話から。

aiuratukue2000.jpg
aiuratukue2001.jpg
aiuratukue2002.jpg
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aiuratukue2004.jpg
(同じようなレイアウトの場合の絵は一つだけ紹介、3話・5話の紹介でも同様)

机の横長さに関しては、上二つのキャプでは感じさせないが、
下三つのキャプでは横に長いと思う。

また5話で彩生が座っていた変な形の形の机は、
歩子と彩生が座る机で既に2話で登場していた。

3話の机描写

続いて3話。

aiuratukue3001.jpg
aiuratukue3002.jpg
aiuratukue3003.jpg
aiuratukue3004.jpg
aiuratukue3005.jpg
aiuratukue3006.jpg

2番目のキャプと一番下のキャプのシーンの机は横長く見える。
また、5話で彩生が座っていた変な形の机は3話では見られず。
他で気になったのは、歩子がいる一番上の机が縦長に見えてしまう点。

5話の机描写

そして5話。

aiuratukue5000.jpg
aiuratukue5001.jpg
aiuratukue5002.jpg
aiuratukue5003.jpg

下二つから最後までは横長の机。
そして彩生の変な形の机は5話で再登場。
ただ2話では歩子と彩生の机が変な形の机だったが、
5話の歩子の机はパッと見、変な形をしていないようにも見える。

横長の学校机があるかどうか調べてみる

私がイメージする学校机は以下の感じ。


 
椅子と机のサイズが近い感じ。

ちなみに横長い机を探すために
「学校机」「学習机」とgoogleで検索したが、該当の形は中々見つからず。

近いのは以下のリンク先の机だが、
http://item.rakuten.co.jp/tskagu/sch03-a0010/
机のあしが多いので、違うものだ。

また彩生が座っていた変な形の机も見つからず。
私の調べ方が悪いのかもしれないので、何か情報があれば教えてほしい。

まとめ

以上を踏まえると、

横長の机と彩生の変な形の机は、現実世界では中々出回っていない可能性が高いこと。
そして彩生が座る変な形の机は2話と5話で登場したことがわかった。

彩生と歩子が座る変な形の机に関しては、
何回か彩生の机の入れ替えがあった可能性が考えられる。

もしくは、彩生のフトモモを効果的に見せるために
スタッフが美味しく加工している説も考えられる。


さらにはみんな変な形の机を使っているのかもしれない可能性がある。
実はキャラが座っていると机の形が隠されている面もある。

以上、あいうらの机問題を取り上げてみたが、
あいうら世界の学校机は現実世界の机で広く流通されている
机とは違うものが使われているようだ、というのが現状の結論だ。

そんな結論からあいうらは、もしかすると夢の世界、死後の世界なんて妄想もしてしまう。
変な妄想が広がっていき、あいうらがさらに楽しく面白く見られそうだ。

そして6話以降の机の描写がどうなるのか。期待したい。
 
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[ 2013/05/12 18:08 ] あいうら | TB(0) | CM(3)

中野英明ムチおとこ伝説~波打際のむろみさん6話 

はじめに

波打際のむろみさん6話を視聴。

絵コンテ・演出の中野英明さんによる、
出崎さん風味な演出展開とバキネタで盛り上がった展開。
海が舞台のむろみさんと、出崎さん風味な演出は相性が良い。

バキネタについては、以下2件のブログを参照。

・「波打際のむろみさん」中野英明さん演出回 - 脳は揺れても刃牙パロは揺るがない!
(さよならストレンジャー・ザン・パラダイス )
・中野英明虎王伝説(subgulic)


ちなみに私は、ひっそり仕掛けてあったドラクエネタを取り上げたいと思う。

竜宮城の使い=ムチおとこ

それは、竜宮城の使い達が地下みたいな所で酷使されているこのショット。

muromi6000.jpg

この右上にいる変な帽子とズボンを履き、ムチを操る竜宮城の使い。
おそらく彼の正体の元ネタは「ドラゴンクエストⅤ」のムチおとこであろう。

muromi6-1001.jpg
参考画像:ムチおとこ(ドラゴンクエストⅤ-天空の花嫁 SFC版)

そんなムチおとことは何者なのか。

Ⅴに登場するボス級モンスター。【光の教団】が奉ずる邪教に仕える格下の信者。上の者には刃向かえないため、弱者をいたぶることによってストレスを発散する陰険な性格をしている。奴隷を監視し労働を強制する役職にあり、名前の通りその手に持ったムチで奴隷を打ち据えている。

【ムチおとこ】
(DQ大辞典を作ろうぜ!! 第二版より)

というようにある。

上記のショットの説明が、ムチおとこの説明に援用可能であり、外見も酷似している点、
ドラクエのダンジョン感あふれる背景などを含め、彼はドラクエのムチおとこなのだろう。

muromi6-2000.jpg

この事を踏まえると、ムチおとこが現れるカットの前にあった
乙姫様とジュリアナ達はドラゴンクエストⅤの「光の教団」に相応すると考えられる。

Ⅴに登場する宗教団体。光とは名ばかりの邪教団。本部は【セントベレス山】の頂上にあり、【イブール】が大教祖を務めている。表向きは普通の宗教団体として活動しており、魔族による組織だということは知られてはいない。(中略)魔族の組織だけあって一皮剥いてみれば中身は悪の組織そのもので、神殿にやってきた信者達や各地から拐って来た子ども達を奴隷として使役させたりしている。

【光の教団】(DQ大辞典を作ろうぜ!! 第二版より)

ドラクエネタの演出意図

つまり、今回の絵コンテ・演出の中野英明さんは、
この乙姫と竜宮城の使い達をひっくるめて
ドラゴンクエストⅤにおける「光の教団」と見立てたのだろう。
そして中野さんの見立てでは、乙姫様は光の教団の教祖に相当する「イブール」であり、
竜宮城の使いは奴隷であり、またはムチおとこなのだ。

muromi6-3000.jpg
参考画像:イブール(ドラゴンクエストⅤ-天空の花嫁 SFC版)

乙姫が「光の教団」の光の部分として輝きながら
竜宮城の使い達が闇の部分として奴隷のように酷使されている。
この乙姫と竜宮城の使いの関係性/描写をドラゴンクエストⅤの光の教団に当てはめて、
上手く表現したのが上記の一連のシーンなのだ。

まとめ

ドラゴンクエストⅤのゲーム本編では主人公が魔物に捕まり、「光の教団」の奴隷として、
ムチおとこにいびられながら、10年程度使役されられる展開がシナリオ上にある。
この描写はとても印象的だったと思う。

そして振り返ると、いかに中野英明さんがドラゴンクエストⅤを理解しているのがわかる。
そして中野さんが作品を作る時のパロディの元ネタとして、
奴隷といえばドラゴンクエストⅤの光の教団と奴隷シーンの部分を引き出せるのが
ドラクエファンの私としてはたまらないのである。
 
バキネタもドラクエネタもあり、とても面白い6話だった。中野さんありがとう。
 
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[ 2013/05/12 08:42 ] 波打際のむろみさん | TB(9) | CM(1)

指南ショーコはどこまで羽ばたけるのか-革命機ヴァルヴレイヴ5話 

革命機ヴァルヴレイヴ5話を視聴。
今回は指南ショーコが物語を引っ張っていった。

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まず冒頭のコンビニのカップラーメンの棚をラリアットしていく様は
ショーコの天衣無縫さ天神乱漫さを、強く印象づけた。
まず最初で強くかます事で、ショーコはこういうキャラだという強く見せたいのだろう。

vvv6003.jpg

透けブラなショーコさん。
ブラの透けてる部分と、シャツの部分の色味が微妙に違うのが凄く良い。
こういう絵を見ていると、ショーコって楽しい事をしていきたんだなと思う。
この辺りの楽しさが全てみたいな感覚は学生らしいというか。

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電源の不良により、全ての施設が停電に陥る中、
歌おうと言い出すショーコが今回のクライマックス。
電気が絶望感を払拭したい彼女の想いは、すぐに受け入れられなかったが、
電源の復旧とともに、彼女の歌いたい想いは学生を突き動かす。

歌うことこそ、ドラマであり、青春なのだろう。

vvv6002.jpg

ショーコが学生たちを、物語を、世界を動かし、我々の心をも動かす。
彼女がいることで、ヴァルヴレイヴという物語が駆動しているのだ。
その意味では、常人的でない行動や側面を見せる
指南ショーコというキャラクター自体が、革命的なのかもしれない。
※よくよく考えたら前回で独立を扇動しているわけだし。

そんな彼女がこの作品でどこまでこの作品で羽ばたけるのか。
そしてサキとの三角関係をどう乗り越えるのか。期待したい。
  
ちなみに前回の次回予告からはミュージカル展開が期待され
松尾衝さんコンテなのかなぁと思っていたが、今回は森田修平さんだった。
FREEDAMやコイ☆セント、SHORT PEACE「九十九」の監督など、
OVAや映画がメインの森田さんがTVシリーズというのは珍しい。
ボトムズファインダーやコイ☆セントでサンライズと仕事していた縁での起用と推測。
 
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機動戦士ガンダムシリーズのキャラクターデザイナーの制作会社出身別一覧 

アニメのガンダムシリーズのキャラクターデザイナーを制作会社出身別で分けてみた。
基本的にはアニメのみ扱う感じ。まずTVシリーズ。

作品名キャラクターデザイナー出身
機動戦士ガンダム安彦良和虫プロダクション
機動戦士Zガンダム安彦良和      ゛
機動戦士ガンダムZZ北爪宏幸スタジオ・ビーボォー
機動戦士Vガンダム逢坂浩司アニメアール
機動戦士Gガンダム逢坂浩司      ゛
新機動戦記ガンダムW村瀬修功中村プロダクション
機動新世紀ガンダムX西村誠芳スタジオダブ
∀ガンダム菱沼義仁 
機動戦士ガンダムSEED平井久司中村プロダクション
機動戦士ガンダムSEED DESTINY平井久司      ゛
機動戦士ガンダム00千葉道徳中村プロダクション
機動戦士ガンダムAGE千葉道徳      ゛

※∀ガンダムの安田朗、ガンダム00の高河ゆん、ガンダムAGEの長野拓造は
原案に相当するので、とりあえず除外。

ここ最近のTVシリーズは村瀬さん、平井さん、千葉さんの
中村プロダクション出身者の方が目立つ。

次にOVA。

作品名キャラクターデザイナー出身
機動戦士ガンダム0080美樹本晴彦アートランド
機動戦士ガンダム0083川元利浩グループどんぐり
機動戦士ガンダム第08MS小隊川元利浩     ゛
新機動戦記ガンダムW Endress Waltz村瀬修功中村プロダクション
機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER大貫健一
機動戦士ガンダムUC高橋久美子九月社
模型戦士ガンプラビルダーズ ビギニングG寺田嘉一郎虫プロダクション

特に傾向は無し。次に劇場版。
  
作品名キャラクターデザイナー出身
機動戦士ガンダムⅠ~Ⅲ安彦良和虫プロダクション
機動戦士ガンダム逆襲のシャア北爪宏幸スタジオ・ビーヴォー
機動戦士ガンダムF91安彦良和虫プロダクション
劇場版∀ガンダム菱沼義仁
機動戦士ガンダム00劇場版千葉道徳中村プロダクション

大貫さんと菱沼さんの出身がわかる方、教えてください。
 
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[ 2013/05/10 21:50 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(2)

あいうらは命より重い! 

あいうら5話を視聴。このアニメは最高。本当に面白い!

aiura5000.jpg
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まず、この二つを見てもわかるように、彩生のフトモモが素晴らしい。
フトモモ!フトモモ!!フトモモ!!!
どちらもフトモモを見せたいが為の画。
彩生のフトモモの無防備さ、初々しさ、水々しさ。
彩生のフトモモに顔を埋めたい人もいるであろう。


特に上の方の画は、日影部分が縞模様上になっているのがとても映える。
またお尻の辺りの服の皺の描き込みが扇情的に映る。
そしてこのカットは次のカットに移る12秒の間、画面を持たせているのがすごい。
フトモモと縞模様の影で、動かさず12秒間持たせる密度の濃いレイアウト。

ちなみにもう少し真面目な話をすると、
この二つのカットは今回の頭(始まり)とお尻(終わり)に相当するといっても良い。

ただ上の画、後ろ姿の彩生のカットの前には
彩生の家の外観を映すカットがあり、これが最初のカット。
また下のキャプの後にも、終わりを示す「あいうら」のロゴが出るEDのカットがある。
だから厳密の意味においては、両フトモモのカットは最初のカットと最後のカットではない。

しかしながら、この最初と最後の二つのカットを抜かせば
彩生のフトモモで始まり、フトモモで終わるのが今回のあいうらだ。

この意味を考えるならば、
いかに彩生のフトモモを印象深く描こうとしているかわかると思うし、
今回がいかにフトモモなのかがわかる。

そんなあいうらの魅力を利根川が語るとするならば、

              _,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,___
             ./=--- 、ヾい| | | / / -─ 、三、
             l三!      ̄ ̄ ̄     ヾE|
             !彡  -- 、 ─── ,─    lミ!   世間の大人どもが
            .F!/\ ̄\三三三/ ̄_, ヘ ',ミ!   本当のことを言わないなら
            F!´ `'-ニ、 、__    , -' - '"`'.ハ!   俺が言ってやる・・・
           , -l=!   二二、ノ   L二二_  F/、
           | f=E!  ニ‐-゚- 7    f ‐゚--‐ニ |;f_!l
           | |ソ!!  __二ニ,'    .! ニ二__  |kヒl!   あいうらは命より重い・・・!
           ヾ 、!;! -___/!     !\_- .!ノノ
             ̄| / __ L_  _!___ \ |''"    そこの認識をごまかす輩は
             /!.  / -──────--! .|、      生涯地を這う・・・・・・!!
            /::::!.  ヽ二二二ニニニ二ソ  /:ヽ
           /:::::::::ヽ、      ─      /:::::::|-、
      _,、-‐ '''"|::::::::::::|  ヽ、        ,  ' .!::::::::::|:::::::`"''- 、
_,,、-‐ '":::::::::::::::::::::|::::::::::::|\  ` ─── '"  /|::::::::::|::::::::::::::::::::::`"'''-
   

今回は以上。
 
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[ 2013/05/08 20:33 ] あいうら | TB(4) | CM(0)

日常生活で使われるロボットの系譜~翠星のガルガンディア5話と∀ガンダム 

はじめに

翠星のガルガンディア5話を視聴。結論からいうと、すごく良かった。
それは人とロボットを生活でつなぐ描写があったからである。
端的にいえば、チェインバーが焼肉の鉄板代わりになっているシーンがすごく良かったのだ。

戦うだけがロボットではない、生活の一部でもある事を感じさせてくれる描写

「黒いなぁ」という言葉が予感させた、焼肉用の鉄板役になったチェインバー。

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今回はレドが働こうとして、
働き場所も働く適性もないながらも、みんなの役にたとうと奮闘しつつも、
一方のチェインバーもチェインバーなりにみんなの生活に役立っている。
レドもチェインバーも今の生活に馴染みだした意味で、
二人は人とロボットと形は違えども、立場は一緒であることを感じさせる名描写だった。

生活で使われるロボットとしての∀ガンダム、そしてチェインバー

そしてロボットを日常生活に使ったアニメといえば、∀ガンダムだ。
∀ガンダムは、8話「ローラの牛」で牛を運び、
21話「ディアナ奮戦」ではシーツを洗濯した。

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戦争で使う兵器としてのロボット/戦争としてのロボットアニメを描き続けた
富野由悠季さんが、機械は戦争ではなく生活にこそ使うのだと至った境地。
∀ガンダムは、ガンダムを兵器としての意味から解放し、
生活道具として位置づけ、この文脈でガルガンディアの焼肉鉄板描写があると感じる。

おわりに

生活に使われるロボットを描いた意味では、ガルガンディアは戦いだけではなく、
あの世界に住む人々の生活や考え方を描きたい意志を感じる。
これを描くことで、ひいては世界観を世界を描くことにも繋がっていくと思う。

ロボットは戦う為に基本存在するので、日常生活の部分を描くと
ロボットが出てこなくなってしまう作品が多いのだが、
こうした人とロボットを日常生活で繋げる描写、
ロボットを生活道具をして用いる描写があることで、
人・ロボット・生活がきちんと繋がりをもって描けるのだと思う。
 

おまけ~水着回

今回は水着回としても凄くよかった。眼福であり快楽天だ。

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このムチムチ感は最高ですよ。
ハナハル絵が動く!ガルガンディアの醍醐味!!
 
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「大塚康生のおもちゃ箱展」レポート 

はじめに

埼玉県熊谷市の八木橋百貨店で開催されていた
『大塚康生のおもちゃ箱展』に行ってきた。

大塚康生さんは東映動画出身。宮崎駿・高畑勲らの兄貴分的存在でもあり
前職が麻薬取締官という異色の経歴を持つアニメーター。

東映動画在籍時代には、月岡貞夫・宮崎駿・芝山努らを
テレコム在籍時代には、貞本義行・田中達之らを指導するなど
多くの後進の育成にも携わった。
また富野監督が虫プロで制作進行をしていた時に大塚さんと出会い、
大塚さんの動かし方を見て感銘し、アニメの面白さを知ったというエピソードもある。
まさにアニメ界の生き字引的存在の一人だ。

コミカルかつダイナミックなアクション、
何よりジープマニアで知られ、車を描かせたら天下一品。
特にルパン三世のフィアット500は有名な仕事の一つだろう。
大塚さんの車体の傾かせ方は、本当に気持ちが良い見せ方をしてくれる。

会場の展示物

さて、会場には以下のものが展示されていた。

・ルパン三世の版権イラストおよびラフスケッチ
・ルパン三世テレビスペシャル「ルパン暗殺指令」未使用キャラクター表
・著書「作画汗まみれ」の原図
・「侍ジャイアンツ」のキャラクターデザイン表
・漫画「ある雨の日の午後」の原稿
・HP「峠の茶屋」用イラストおよびラフスケッチ
・アニメの企画用のコンテ

感想

一番驚いたのが「侍ジャイアンツ」のキャラクターデザイン表。
これが見られるとは思ってもいなかった。
ちなみにキャラ表には王貞治もいるのだが、
キャラの脇に「もう少し似せます」と書いてあるのが面白かった。

またアニメの企画用のコンテについては、
海に住む動物のアクションをメインにしたコンテだった。
タイトルは「GON」というものらしい。
コンテ用紙にテレコムと書かれていたので、
テレコム在籍時代の企画だと推察される。

他にもなかなか見られないものばかりであり、
何より大塚さんの直筆の線が見られたのが嬉しかった。
大塚さんの絵/線の魅力は、キャラクターの喜怒哀楽をハッキリ表していて
何より見ていて人を楽しい気分にさせ、
同業者の証言通りの朗らかな大塚さんの人となりが絵ににじみ出ていた。

また上記でも書いたが、展示物の端々に描かれていた車が本当にうまい。
あの車の美しさを一番引き立たせる曲線はなかなか描けない。

終わりに

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展示物を書籍化したものを購入。自費出版ぽかったので今後手に入りづらいかも。

また会場には来場者用のノートが用意され、
そこには宮崎駿・高畑勲研究の第一人者である叶精二さんのコメントも書かれていた。

最後に。上手い人の絵は生で見るとやはりいいなぁというのを感じた。
そして改めて大塚さんの功績と、大塚さんの仕事(特にルパン三世や未来少年コナン)が
好きなことを再確認できた面もあり、大塚さんのような偉大な先人がいたからこそ、
今の日本のアニメがあることも感じさせられた展示会だった。
 
開催は明日6日の夕方5時まで。
 
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[ 2013/05/05 20:50 ] ニュース | TB(0) | CM(1)

「革命機ヴァルヴレイヴ」4話に見る「手」の描写の演出意図 

はじめに

「革命機ヴァルヴレイヴ」4話は「手」の演出が印象的だった。
今回は手の描写の演出意図について書いてみたい。

手の描写の演出意図

指南ショーコがヴァルヴレイヴのに立ちながら
学生たちをアジテートするシーンにおいて
学生たちを独立の機運に導き、ハルトに向かってピースをした時に
「この回はがキーワードの一つなんだろうなぁ」と感じた。

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強さの象徴であるメカの手の上に乗り、手でピースを行うカリスマ的なヒロイン。
メカとキャラをこの対比で描くのかと、とても感心してしまったシーンである。

そして手の演出描写の意図は、何か掴み取ることをあらわす為である。
今回でいえば独立を掴み取る意志の表現であり、
本作のタイトルの一部にもなっている「革命」にも繋がり、
最終的には革命を掴み取る意志を「手」で表現したかったともいえる。
さらにいえば、ピースの形はVの字、ヴァルヴレイヴのVでもある。

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以上のように、ショーコによって学生たちに独立の機運が芽生えた後は
学生たちの手を見せる描写を立て続けに描いていた。
本当にこのアニメはSNSも含めて、群衆を描こうとしている面も見逃せない。

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一方で、ヴァルヴレイヴも学生達の独立を支えるかのように自らの手で支えている。
キャラの手とメカの手を両方描いているのが素晴らしい。
キャラとメカの対比を描くのが、ロボットアニメの醍醐味の一つだろう。

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そして今回の「手」の演出の呼び水・予感を感じさせたのが
前半部分の一人旅団・エルエルフがハルトに
契約成立の合図として提案したピースであり、

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何より学園を独立/革命の機運に導いたのは、
ショーコが己の握り締めたで自分の衣服を脱いだ時である。
ショーコの身の潔白と強い意志を証明したこの行為によって生徒会が動き、
ハルト救出につながり、学生への訴えにつながったのだから。

その意味ではショーコが自身ので脱いだ独立/革命がスタートした意味で
服を脱ぐこと自体が独立/革命の予兆でもあったのだ。

おわりに

人は己の手を動かすことでしか、革命=変化することができない。
「革命機ヴァルヴレイヴ」とは自身の手で革命を掴み取る作品なのだ。

ということがきちんと伝わってきた4話だった。 

4話の絵コンテも引き続き監督の松尾衝さん。松尾さんはどこまでコンテを切るのか。
とりあえず自身が全面に立ってコンテを切ることで、コントロールしていくのか。
松尾さんの今後の仕事ぶりが興味深い。
 
参考:「革命機ヴァルヴレイヴ」の大人と少年の描き方~大河内一楼・そしてキングゲイナー
 
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「革命機ヴァルヴレイヴ」の大人と少年の描き方~大河内一楼・そしてキングゲイナー 

革命機ヴァルヴレイヴ4話。

時縞ハルトと学園を裏切ろうとするフィガロ議員のやり取りが
「OVERMANキングゲイナー」の1話のゲイナーとアデットさんのやり取りを彷彿とさせた。

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時縞ハルト「大人のくせに恥ずかしいと思わないんですか」

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フィガロ議員「全然。大人だからね。」


このやり取りがヴァルヴレイヴ。

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ゲイナー「大人のやることか!」

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アデットさん「大人だからやれんだろ!」

これがキングゲイナー。

ヴァルヴレイヴもキングゲイナーもシリーズ構成・脚本は大河内一楼さん、
という意味で、極めて大河内さんらしい大人と子供のやりとりではある。
汚い事を大人だという理屈で正当化する事に反発する少年という構図を
両方の作品で用いているのがわかる。
少年の想いが、大人の欺瞞を、そして世界を曝くのであろう。 

話は変わるが、もしキングゲイナーとヴァルヴレイヴを繋げるとするならば
キングゲイナーのエクソダスとはヴァルヴレイヴの革命であるともいえるだろう。

ただエクソダスは元々住んでいた場所からの移動がポイントであるのに対し、
ヴァルヴレイヴは今まで住んでいた場所に留まる事がポイントになるので
この移動する、踏みとどまるの差はあるのかもしれない。

さらにいえば、キングゲイナーではゲイナーとゲイン
ヴァルヴレイヴではハルトとエルエルフというように
少年二人好対照な男二人を中心において物語を作劇している点も共通点だ。

さらにいえば、大河内さんが手がけたコードギアスも
ルルーシュとスザクという二人の少年を中心にしている。
(※この辺りは最近のサンライズの傾向でもあるのかも。)

その意味でサンライズの過去のロボットアニメとの比較も面白そうだ。
 
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「あいうら」4話における動と静の演出 

「あいうら」4話を視聴。4話も面白い。

この面白かった点を挙げるならば、
前半部分の学生達と後半部分の先生達のやり取りの中で
動的なキャラと静的なキャラをそれぞれに分けて、
かつ、学生達を動的に、先生側を静的にというように対比的に描いていた点だ。

動的な天谷奏香と静的な岩沢彩生

まずは学生側の天谷奏香と岩沢彩生の登校中のやり取りを見てみよう。

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画面的には、奥側に向かって登校していくようなのだが、
走る天谷奏香の走っている姿をほぼ正面から、
画面左側に動くように捉えているのが面白い。

ただ3つめの画像でわかるように、奏香は画面奥側に進んでいる。
この、奥に進む動線(彩生の淡々とした動き)と
手前に進む動線(奏香の激しい動き)を交互にみせる切り返しが
映像的に緩急を生み出し、ダイナミズムを生み出している。

さらにいえば、動的な奏香と静的な彩生のキャラクターという意味でも
キャラの対比という意味の動静の緩急がついているのも面白い。

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でも奏香がやって来たのは、かつて自分がいた中学校。
奏香は画面右側に向かって引き返す。

向かう時は画面左側に、引き返すときは画面右側に動くことで、
左側と右側に奏香を動かすことで、動的なイメージをさらに強めている。

このようにただの登校というシチュエーションでも、
動的な画の積み重ね方・画面の見せ方で面白く見せることができる。
これが演出の力だと思う。

静的な先生側~その中でも動的な若月先生、静的な松野先生、山下先生

天谷奏香達がギリギリの時間で登校。
そこで松野先生とやりとりしつつ、舞台は先生同士の会話にシフト。

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校門前で話す先生達。
今まで奏香が生み出していた激しい動きから一点。
淡々とした会話劇が繰り広げられる。

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この会話劇は奏香達との動的な動きの対比でいえば、静的でもあるとも捉えられる。
ただ画面で様々に動く若月先生は、この静的な舞台における動的な存在と捉えられるだろう。
それは最終的に若月先生が白衣をもらって画面外へ移動することからもわかる。
一方で松野先生と山下先生は静的な舞台における静的な存在に位置する。

天谷奏香が動的な登校劇から、先生達の静的な会話劇に繋げる。
この前半部分の動と後半部分の静の緩急もまた面白い。

あと若月先生の可愛さは反則。田村ゆかりを使うのもよくわかっている。

まとめ

短い時間だからこそ、計算に計算を重ねて
無駄のない面白い画の繋ぎ方をみせてくれる。
それが「あいうら」という作品の醍醐味だと思う。

水彩っぽい塗りの温かみのある美術。
ロングショットを多用した広がりを感じさせる画面=世界。
キャラクターの愛らしい動き。

そんな種々の魅力が数分の時間に凝縮された空間を楽しむのが「あいうら」の魅力なのだ。
 
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[ 2013/05/01 12:00 ] あいうら | TB(6) | CM(0)