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「四月は君の嘘」のOPと「Gのレコンギスタ」のEDに共通する止め絵の魅力 

「四月は君の嘘」のOPの出来栄えに感動した。

鮮烈な光と色彩
楽譜をかたどったイメージBG
メロディとダイナミックにシンクロするカット割り

どれも全てが素晴らしいハーモニーを醸し出している。

そんな中でも「四月は君の嘘」のOPで印象に残ったのは止め絵の使い方だ。

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サビが流れる部分での、この二つの止め絵で繋ぐカット割りはすごく気持ちいい。

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この二つの止め絵に関しては、
まず上の止め絵のカットは、下から上へと勢いよくカメラが動いて
次のカットは左から右にカメラがゆっくりと動く。
縦運動のカットから横運動のカットで繋ぐのが気持ちいい。

アニメの魅力の一つは、こうした止め絵を上手く使うことで、
絵を動かさなくても、心は動かされる感動を味わえることだ。


そんな止め絵を効果的に使った映像がもう一つ。
「Gのレコンギスタ」(以下Gレコ)のEDだ。

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キャラクターの屈託のない笑顔は見ていて気持ちいい。

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このアイーダの表情は本当に好き。
歌詞通りの「前を向いて やってみる」感が伝わってくる。

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マスクのこの不気味な表情もなんか心地よい。

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そしてGレコとEDの見せ場は、
「Gのレコンギスタ~」の歌詞と共に、
男女の主要キャラ達が足を上げる止め絵のカット。
この絵を見ているだけで、幸せになれる。

GレコのEDは、ほとんどのカットが作画では動かない。
(※最後にGセルフが動くぐらい)
スライドや、カメラを動かす、雲といった背景を動かす事で
動いている感じを演出している。

そんなGレコのEDはカメラの動くスピードより、雲が動くスピードの方が速い事、
またカメラが動かないカットは、手前から奥に雲を動かす事で躍動感を生みだしている。

そしてGレコのEDは、作詞者がコンテを切るので、
作詞をしながらその先のコンテも想定し、映像を作っているのだろう。
その為に映像と詩のシンクロ性が高い。

対して「四月は君の嘘」のOPは、GレコのED以上に作画で動かすカットが多い。
動かすカットと、止め絵で見せるカットの緩急の使い方がハッキリしている。
こちらのOPは、メロディと映像のシンクロ性が高い(気持ち良い)

まとめ

どちらのOPもEDもそれぞれに止め絵の魅力を引き出した映像に仕上がっている。
これらが成立するには、上手いアニメーターさんの絵があり、
そのアニメーターさんの絵を引き出す演出家さんの腕があるからだろう。

アニメは動いてこその表現でもあるのだが、
映像の繋ぎ方や、音楽とのシンクロ、何より絵の力そのもので
いくらでも魅力的に映し出すことができるのだと思う。
 
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[ 2014/10/30 21:38 ] Gのレコンギスタ | TB(1) | CM(0)

「Fate/stay night [UBW]」3話は戦闘シーンがカッコよかった。 

「Fate/stay night [UBW]」3話を視聴。
セイバーとバーサーカーのバトルがかっこよかった。

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ぐるんぐるん回って斬り合うのはかっこいい。
前回、言峰綺礼がぐるぐる回って会話していたけが、Fateはよく回るアニメだ。

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「空の境界」「Fate/Zero」から、ufotableの撮影って凄いなぁと感じる。
セイバーの見えない剣とバーサーカーの胴体辺りの画面処理を
白い煙はつけ、オレンジに輝かせ夜の雲も表現しつつ、
ひとつの画面を作るのに、いくつもの要素の効果を施している。

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青白い煙もかっこいいし、

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戦うセイバーは可愛いし、

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イリアも可愛い。

「Fate/stay night [UBW]」はアクション面が際立っているなぁと思う。
ufotableが「空の境界」「Fate/Zero」を手がけてきたことで
TYPE-MOONの作風をモノにしている感じが伝わってくる。
 
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[ 2014/10/26 08:03 ] 「Fate/stay night [UBW]」 | TB(26) | CM(1)

「Gのレコンギスタ」5話の画面作りの面白さ-シリアスとユーモアの混在 

はじめに

「Gのレコンギスタ」5話を視聴。

本作ではGセルフを巡り、
キャピタルアーミィと宇宙海賊(実質はアメリア軍)が争っている。
キャピタルアーミィ側はベルリ・ゼナム達の救出を口実に
新しいMSを次々に投入させて、クンパ大佐は力を得ようとしている。
宇宙海賊はキャピタルタワーの占領と、宇宙への進出が目的のようだ。
スコード教への疑問もあるようだ。

こうした不安定な情勢下の世界。
カーヒル大尉を始め、前回4話のデレンセン大尉が
自分の部下を7人死なせた事を悔やむ描写を含め、お互いに戦争をやっている。
本作のベースにあるのは、人が死ぬシリアスでハードな世界観である。

しかしシリアスでハードな世界観ながら、本作はそれだけではない柔らかさがある。
それはキャラクター達が生きること、自分の信念に前向きに生きていること。
例えるなら、EDの「Gの閃光」の歌詞のように、みんな生きている。
次に本編中の画面に様々なユーモアが溢れているからである。

今回は「Gのレコンギスタ」にあるシリアスとユーモアから
生まれる笑いについて考えてみる。

一つの画面内に様々なキャラが動く、面白さ

「Gのレコンギスタ」では、物語の本筋とは関係なさそうな所で
キャラが動いているところにユーモア・おかしみが表現されている。

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今回、まず面白かったのは、
ラライアがクリムのおさげを引っ張り回していることだ。
戦いが始まりそうな真面目な話をしている中で、
ラライアが金魚の糞みたいにクリムの後ろについて回っているのは面白い。

物語の進行上、ラライアがクリムのおさげを引っ張る必要性は感じられないが
それでもラライアとクリムの関係を描くためにやっている。
(実は二人は仲がいい感じでずっと描かれている)

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またクリムは反抗の兆しを見せたベルリを
抑えようとするが逆にベルリに返り討ちに合う。
このシーンでもわかるのだが「Gのレコンギスタ」は
一つの画面でキャラクターが喋りもしくはアクションしながら、
一方で他の誰かが別のことをしている見せ方が多い。

(※これが本作の情報量が多いという指摘にも繋がる)

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またアイーダがGアルケインで出撃しようとする際も、
その後ろではノレドとラライアがじゃれあっている。
一見、アイーダに目を奪われがちだが、後ろでこんなことをやっていたのかと。

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あと今回面白かったのが天才メカニックのハッパさん。
ベルリが乗るコア・ファイターにひっつき、操縦のアドバイスをするのが面白かった。
またベルリの視界を遮るから「邪魔です」と言われて、
画面外に引っ込んでいくのも面白かった。

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クリムもGセルフとコア・ファイターのドッキングを指示するシーンで、
わざわざモンテーロの指差ししているのは面白かった。
クリムの代わりにモンテーロに演劇的な芝居をさせている形だ。

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戦闘終了後、ベルリにお礼を言うアイーダは、みんなの前から姿を消すと
カーヒルを殺したベルリにお礼を言うのが屈辱で泣き出してしまう。
しかし彼女の感情とは無関係に、おっさん達がモノを引っ張って
引っ張った先にいるおっさんが「痛えじゃねえか」という。

アイーダの感情とは違う世界があり、そして物事は進行しているという見せ方。

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最後にベルリ達の食事シーン。面白いというより、見ていて和む。
3人で食べていることが、戦いが終わっている感じを伝えている。

以上のように、戦闘中でも戦闘外のシーンでも
ユーモアを入れられるところは、ユーモアを入れている。
こうした積み重ねが「Gのレコンギスタ」を
シリアスかつユーモラスに仕立て上げていることに繋がっている。

富野コンテについての安彦良和・湖川友謙の証言

本作は5話までの絵コンテが斧谷稔こと富野由悠季監督が担当している。
上記で説明したように富野コンテでは一つの画面で様々な事が起こる。
この事に対し、安彦良和さんは富野監督のコンテを以下のように語っている。

安彦良和「テレビシリーズは、安い予算で3千枚位の動画枚数で20数話分を作るわけですよ。それは最低限、この動きは必要だ、こうやらないと話にならないとかね、そういうことをやって、やっと3千枚なんです。余分なことをやっていると、すぐに4千枚、5千枚とかかってしまうわけでしょ。そのような状況の中で富野さんの絵コンテは、余分なことがいっぱい描いてあるんですよね。それで、非常に作画受けが悪い。例えば主役が、画面の中央で何か芝居をしますよね、その時に脇の方で、関係ない通行人が何かやっていたりするんです。そういうのを見ると、腹が立つわけですよ。「こんなことをやるお陰で何十枚余計にかかるか知っているのか」って。良く作画打ち合わせの時に、「こんなところ、誰も見ないよ」と切ってしまっていたんです。富野さんが聞いたら怒るかもしれないけど。」

安彦良和「リミテッド・アニメ的じゃない絵コンテを描いていた。」

出典「富野由悠季全仕事(キネマ旬報社・1999年)-安彦良和インタビュー」より


次に湖川友謙さんは富野コンテに対して以下のように語っている。
インタビュワー「富野さんのコンテを見てどう思われましたか?安彦さんは『作画の苦労を考えていない、大変なコンテだった』とおっしゃったそうですが」

湖川友謙「いや僕は逆の印象をもちました。作画のことを考えてあるコンテだなあと。僕ば、常々、作画をもっと困らせてくれるようなコンテはないかと待っていたんですよ。面倒くさい方がいい。」

出典「富野由悠季全仕事(キネマ旬報社・1999年)-湖川友謙インタビュー」より

感じ方は違えど、富野コンテは面倒だという事では共通している。
しかし、安彦さんからは余分な事がいっぱい描いていると指摘されている
富野コンテを「Gのレコンギスタ」はきちんと拾い作画していると、上記の描写から推察できる。

まとめ

キャピタルタワーをめぐるエネルギー問題、
実際に戦争が起きているシリアスな世界観の中において
「Gのレコンギスタ」はキャラクターを通したユーモラスな姿を描くことで、
落語家:桂枝雀の理論である「緊張と緩和」によって
生み出されるユーモアを表現していると思う。

こうしたユーモアを描くの理由については、
宇宙世紀時代の文明と科学技術が高度に発達したことによる紛争の連続で、
人類はやりなおす羽目になったリギルドセンチュリーの世界で
それでも生きていくという、彼ら彼女らのたくましさの現れであり
今とは違う世界や価値観を描き出したいからだろう。
 
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[ 2014/10/25 06:08 ] Gのレコンギスタ | TB(13) | CM(0)

「クロスアンジュ」3話でわかる、主人公=世界という図式で成り立つ物語 

「クロスアンジュ」3話を視聴。
本作は潔いまでにエロとグロで貫いていると感じた。

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キャラクターは容赦なく、アンジュを追い詰めるようにグロイ感じで死ぬ。

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際どいアングル。

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おもらし。

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戦い終わった後は、興奮のあまり乳首が立つ。

エログロの見本のような展開だった。

一方で、3話まで見ていて思ったのだが
本作はこうした描写もアンジュというキャラクターを
徹底的に描くための作劇のようにも感じる。

司令のきつい言葉も、アンジュの心を抉るかのように死ぬ人たちも
全部アンジュを描くために行われている。
その意味ではアンジュ=世界そのものという見せ方で物語が作られている。
それはアンジュが見たものが全てという、画作りでもわかってくる。

つまりまずアンジュというキャラクターがいて世界が作られるタイプの作品であり
よってアンジュというキャラをどう受け入れるかが、
この作品への評価の仕方にも繋がると感じた。
(※ガンダムSEEDもまずキラというキャラが中心という意味でも同系統の作品)

そんなアンジュも生きるために何でもするといいつつ、
一度は捨てたプリンを食べようとするが
(生きるために、もしくは死んだ者の弔いを込めてという気持ちもあるだろう)

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「不味い」と言うあたり、アンジュというキャラクターの核が見える。
髪も切って生き方は変わったが、変わらない部分もあるということだろう。

3話は福田己津央さんコンテ、メカ演出と
福田さんが思っていた以上にガッツリ本作に関わっている事がだんだんわかってきた。
クリエイティブプロデューサーという肩書きだが、
実際は総監督と言っても良いのかもしれない。
 
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「Gのレコンギスタ」4話の繋がらない富野流会話劇の意味 

「Gのレコンギスタ」4話。

アイーダに連れられて、ベルリ・ノレド・ラライアが宇宙海賊の元へ。
一方キャピタル・アーミィはデレンセン大尉のカットシー部隊を使い、
宇宙海賊を叩く魂胆だが、ベルリはカーヒル大尉の件で
アイーダに貸しがあると感じ、戦いを止めようとGセルフに乗る展開。

カットシー乱舞というタイトル通り、
カットシーとGセルフの戦いが小気味よく描かれていた。


さて今回はGレコの会話劇について、4話を例に語ってみたい。
まず富野監督の作品は、Gレコもキャラ同士の会話が噛み合わないと指摘されている。
しかし他にも動作にしてもキャラクターがどこかに飛び移ろうとして失敗しそうになる、
もしくはストーリーの進行上を見ても、何かを行おうとしても進まないなど、
富野作品は世界観・キャラの会話や動作も含め「うまくいかない」価値観で通底される。
これが前提としてある。「ディスコミュニケーション」的であるともいえる。

一方で、会話が噛み合わないという指摘にも、噛み合わないパターンがいくつかある。
①お互いの手の内を見せたくないから噛み合わせないパターン。
②感情が高ぶり相手の聞く耳を持たないで会話するので噛み合わないパターン。
③一方は相手に理解を示すも、相手が理解を拒絶するので噛み合わないパターン。

今回のGレコ4話では①のお互いの手の内を見せないパターンが見られた。

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まずベルリとドニエル艦長の会話。
お互いが情報を引き出そうと、話題を振るが巧妙に避けつつ質問する。

この後、ノレドやアイーダ、クリムとラライアも会話をするので、カオスな空間になる。

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またベルリの母親、ウィルミット長官はルシータ大佐との会話でも
極めて大人同士で巧妙に胸中を明かさず、相手から心意を引き出そうとする会話。

アイーダに関しては、

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カーヒル大尉を殺された件もあり、ベルリに対して感情的になり
相手の言うことを聞こうとしないので②のパターンと言える。
一方で、Gセルフで貸しを返すと言ったベルリの言葉には理解を示した模様。

③に関しては、お互いの主張や理解が深まってから起こるパターンなので
まだGセルフではみられないような気もするが、私が気づいていないだけかもしれない。

こうした繋がらない会話劇にある価値観とは何か。
繋がらない会話劇・不完全な会話に関して考える時に
かつて立川談志が松本人志のコントを見た時の発言を思い出す。

「言葉としてそのう。非常に不完全な言葉のやりとりね。オレとっても良くわかるんですよええ。だから俺はよくやってた。『月夜にターザンが泣くねぇ』『王手飛車取りだな』なんだかわかんないんだよ。うん。『潜水艦が飛んでるね』『ブラームスはやだね』なんだかわかんないんだよ、だけどね、そこで笑ってくるのがあるのが一つ。それとその、会話って言うのがこうやって繋がってるようだけど、実際には繋げてるだけの話でね。ほんとに繋げてるんだかどうだかわからない。(中略)
(出典:テレビ朝日1999年10月1日放送 VISUALOVE)


会話は、本質的には繋がっていない・つなげているだけと談志は言う。
こういう立場に富野監督も立っているからこそ、
繋がらない会話を描くことを自覚的にやっているのだろう。

一方で会話が繋がらないだけは終わらない。
この繋がらない会話劇の先にある繋がらない会話(人は繋がれない)な世界でも、
逆シャアのラストのシャアとアムロの会話劇のように、
シャアとアムロが最後の最後で本音で話し合った結果、
サイコフレームが発動して、アクシズが地球から遠ざかった奇跡に繋がる。

Gのレコンギスタが、逆シャアのように繋がらない会話劇からの奇跡を描くかはわからない。
ただ会話が噛み合わない世界・物事がうまくいかない世界で生まれる、
人同士が繋がる瞬間。物事が奇跡的にうまくいく瞬間が描かれるのが、
富野作品の醍醐味の一つではあると思う。
 
Gのレコンギスタは、繋がらない会話の連続のようにも聞こえるかもしれないが
繋がらないのが普通であり、会話とはつなげているだけに過ぎないと捉えれば
また新しい見え方ができるのかもしれない。
 
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[ 2014/10/18 22:02 ] Gのレコンギスタ | TB(7) | CM(0)

Gのレコンギスタの「クンタラ」の使い方にみる、富野由悠季の本気の作劇 

Gのレコンギスタでは「クンタラ」という言葉がある。

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本編ではノレドが「クンタラのくせに」のように言われる。
また、ルイン・リーが「ベルリのお袋に取り入って、さすがクンタラ」と言われる。
どうやら蔑称のような感じで扱われてることはわかるが、
3話までの劇中でこの言葉の意味が詳しく紹介されることはない。

公式HPでは、
リギルド・センチュリーの世界では「クンタラ」と呼ばれる下級階層の人々が存在する。(出典:GのレコンギスタHP)
とのみ紹介されている。

しかし月刊アニメージュ 2014年10月号の小形尚弘プロデューサーの
インタビューで「クンタラ」について以下のように説明されている。
「クンタラ」とは、富野さんの造語ですが、この世界で差別されている人々です。宇宙世紀の後半、戦争でかなり疲弊した状態に陥り、経済的にも支配されて“食肉”になっていた人たちです。 ルイン、ノレド、マニィはその末裔です。現代の経済も、貧困層が富裕層の食い物にされている状態だというのを象徴しています。 (出典:月刊アニメージュ10月号 小松尚弘インタビュー)

「クンタラ」。宇宙世紀末期に食肉の対象とされていた人々。なんとも重い設定だ。
もしかすると、今後の地球規模の大騒乱が勃発した場合、
この「クンタラ」みたいに扱われる人々が出てくることも考えて設定されたのかもしれない。

しかしこの「クンタラ」の説明は本編中では全く行われないようだ。
富野由悠季監督もこの「クンタラ」の説明はしないと明言している。

ではなぜ説明をしないのか。
下調べをすればわかるが、しない人もいるだろうから
説明をした方がわかりやすく伝わるのにという意見もあるだろう。

その試みは、富野監督が2009年7月7日の日本外国特派員協会での講演で
以下のように語ったことに集約されている。
児童文学を書くためのハウツーものを読んだ時にあった1行が、僕にとって現在までの信条になりました。「その子にとって大切なことを本気で話してやれば、その時は難しい言葉遣いでも、子どもはいつかその大人の言った言葉を思い出してくれる」という1行でした。つまりアニメのジャンルに関わらず、「子どもに向かって嘘をつくな。作家の全身全霊をかけろ」と僕は理解しました。
(出典:宮崎駿は作家であり、僕は作家でなかった――富野由悠季氏、アニメを語る(前編))

ここの富野監督の発言は、他の媒体や機会があるときに
以上のようなニュアンスの発言をしている。 
私もこの富野監督のスタンスが本当に好きだ。

さて上記の富野監督の発言と「クンタラ」がどう結びつくか。
私の中で考えているのは「クンタラ」という言葉の意味が伝わることが大事ではなく
「クンタラ」という言葉を使った側のキャラクターの心情、
もしくは「クンタラ」と言われた側のキャラクターの心情を描くのが大事なのだ。
そして「クンタラ」の宿命を背負った、ルイン・ノレド・マニィが
端々に見せる生き様なのだろう。

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2話でノレドがアイーダに撃ったパチンコも「クンタラ」の悲劇の歴史から生まれた
「本能的に自衛する武器」としての意味合いもあるようだ。

こうして「クンタラ」を具体的には説明せずに、
一方でその設定を元にしたキャラクター達の言動を描いていくことこそが
富野監督の言う「その子にとって大切なことを本気で話してやれば、
その時は難しい言葉遣いでも、子どもはいつかその大人の言った言葉を思い出してくれる」
という部分に繋がっていくのだと思う。

つまり本編中で「クンタラ」という言葉がすぐにはわからなくても、
いつかはその言葉の意味が、キャラクターの言動を通してわかってほしいという
願いで使われているのだと私は思う。

一方で「クンタラ」という音の違和感によって引っかかりを与えているので
調べなくても、何かしら意味が通じているようにも描いているようにも見える。

富野監督の作品は上記のような「クンタラ」の設定を元に
行動や心情を具体的に描きすぎず、行間を重んじながらキャラクターと世界を描く。
これが富野監督の本気の作劇なのだと思う。
これは「海のトリトン」で初監督を手がけて以来、変わらない心情だ。
 
具体的に説明しなくても、本気で伝えればわかってくれる。
そんな願いがGレコの「クンタラ」という言葉を通して、伝わってくる。
 
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[ 2014/10/16 21:06 ] Gのレコンギスタ | TB(1) | CM(0)

富野由悠季監督作品のオススメ各話を10本選ぶ 

富野由悠季監督作品からおすすめしたい挿話を、各話単位で10本選出した。
1作品から1本までの選出という縛りで、
富野監督がクレジットされている挿話(斧谷稔名義含む)に絞って選出した。

①海のトリトン 27話「大西洋 陽はまた昇る」
<脚本:松岡清治 絵コンテ:斧谷稔 演出:富野喜幸>

衝撃的なラストは、知っていても驚く展開。
富野監督の作家性が本格的に開花した挿話という位置づけ。

②無敵超人ザンボット3 17話「星が輝く時」
<脚本:荒木芳久 絵コンテ:斧谷稔 演出:行田進・菊池一仁>

勝平の友人、浜本を通して人間爆弾の恐ろしさを描いた傑作回。
自分の作品を褒めることが少ない、富野監督が好きな回でもある。

③無敵鋼人ダイターン3 13話「前も後もメガ・ボーグ」
<脚本:楯屋昇 絵コンテ:斧谷稔 演出:斧谷稔 作画監督:井草明夫>

富野監督が井草明夫というペンネームで作画監督まで手がけた珍しい挿話。
富野監督のキャリアからすると異色なので、あえて選出。

④機動戦士ガンダム 1話「ガンダム大地に立つ!!」
<脚本:星山博之 絵コンテ:斧谷稔 演出:貞光紳也 作画監督:安彦良和>

庵野秀明監督をして完璧と評する、日本のロボットアニメ史的にも金字塔の1話。
安彦良和さんキャラクターデザインと作画監督が見せる絵力は伊達じゃない。

⑤聖戦士ダンバイン 1話「聖戦士たち」
<脚本:斧谷稔 ストーリーボード:斧谷稔 演出:鈴木行 作画監督:湖川友謙>

バイストンウェルというオリジナルな世界を湖川作画と共に見せ切った。
細やかな設定も含め、富野監督の観念が詰まった挿話。

⑥OVERMAN-キングゲイナー 1話「ゲインとゲイナー」
<脚本:大河内一楼 絵コンテ:斧谷稔 演出:笹木信作 作画監督:吉田健一>

エクソダスというテーマと本編の内容をシンクロさせるために、
主人公の逃亡劇から始める構成が秀逸。
冬のシベリアという世界とキャラクターを躍動的に描いていた。

※ ④⑤⑥の3つは、富野アニメの1話として好きな3作品から選出した。

⑦機動戦士Zガンダム 21話「Zの鼓動」
<脚本:大野木寛・斧谷稔 絵コンテ:大野木寛・斧谷稔 演出:本橋鷹王 作画監督:山田きさらか>

ザブングル・ダンバイン・エルガイムと
主人公機交代劇のノウハウを積み重ねた挿話。
ピンチのカミーユを、幼馴染のファが助けるシーンがグッとくる。

⑧機動戦士Vガンダム 45話「幻覚に踊るウッソ」
<構成:斧谷稔 絵コンテ:斧谷稔 演出:玉田博 作画監督:逢坂浩司>

富野監督には、編集で話を作ってしまうというスキルがあるが
⑧のVガンダム45話は、このスキルを最大限発揮した挿話になっている。
もちろん只の総集編ではなく、シャクティの水浴びシーンがあるのも見所。

⑨リーンの翼 6話「桜花嵐」
<脚本:富野由悠季 絵コンテ:富野由悠季 演出:五十嵐達也 作画監督:工藤昌史・吉岡毅>

ラストシーンのお墓から、リュクスが消えていくシーンのシークエンスが好き。
リュクスが消える切なさを余韻として残したままEDに入るのが秀逸。
サコミズ王の叫びも心に響く。

⑩∀ガンダム 50話「黄金の秋」
<脚本:浅川美也 絵コンテ:斧谷稔・川瀬敏文 演出:森邦宏 作画監督:戸部敦夫・菱沼義仁>

全てのガンダムサーガを全肯定する最後のお話。
Bパートの菅野よう子さんの月の繭と共に流れるエピローグはただただ圧巻。

⑨と⑩は、富野アニメの最終話で好きな2作品から選出。

まとめ

1話と最終話が多くなってしまったが、
それだけ富野監督の作品は始まり方と終わらせ方が秀逸だというように感じる。

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「ガンダム Gのレコンギスタ」は、とりあえず今回は抜きで選出したが、
最終話まで見終えたら、Gレコも含めて再選出できればと思う。
  
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[ 2014/10/13 12:40 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(2)

「俺、ツインテールになります。」の山根火花 

「俺、ツインテールになります。」が1話が面白かった。

変身後の物語の運び方、敵戦闘員の存在
アクションの方向性と合わせて、特撮っぽい仕上がりになっていた。

一方で

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テイルレッドが勇者パース(あるいはサンライズパース)を
披露するなど、ケレン味ある絵も見せていた。

これら特撮っぽい仕上がり、勇者パースは
おそらく本作のアクション監督である山根まさひろ(理宏)さんのディレクションだろう。

勇者シリーズのメカアニメーターといえば大張正巳さんが有名であるが
山根さんも「勇者特急マイトガイン」「勇者警察ジェイデッカー」では
チーフメカ作画監督を担当し、他の勇者シリーズにも参加している
勇者シリーズのメカを語るに欠かせない方だ。

山根さんは特撮ものの「天体戦士サンレッド」にも参加し
ヒーローとメカのかっこよさを追求される方でもある。

そんな山根さんはメカの合体や変身時の瞬間のアクションに
火花のようなエフェクトを施す作画が目立つ印象。

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こういう火花が、画面にさらなる見栄えを与えてくれる。
もし無くなってしまうと、画面的には物足りなくなってしまうだろう。

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上記のように「勇者特急マイトガイン」の合体シーンでも
同様の火花のようなエフェクトを見ることができる。
他にも「勇者警察ジェイデッカー」「魔法騎士レイアース」でも
これに近いエフェクトを見ることができる。

「俺、ツインテールになります。」は山根さんが参加しているのを
知っていたので、どういうアクションをするのかと思っていたら
山根さんらしいアクションを見せていたので、安心した。
 
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「Gのレコンギスタ 3話」の排泄描写の意味-日常と非日常の接続 

「ガンダム Gのレコンギスタ」3話を視聴。

クリム・ニックが襲撃した混乱に乗じ、Gセルフに乗ったアイーダに連れられて、
海賊の元へ行くことになったベルリとノレド。
世界の中心たるキャピタルの外に出たことで、
ベルリが今後世界の真実を知ることになる予兆を感じさせた展開。

3話は海賊部隊の才気あふれる若きパイロットである
クリム・ニックの3枚目的な立ち振る舞いが面白かった。
また幾度となく描写される動物の描写は、
りギルドセンチュリーは自然が回復している世界という予感と
動物達のコミカルな仕草は、手塚治虫・虫プロ的な系譜を感じさせた。

日常と非日常をつなげるモビルスーツ内での排泄描写

さてGレコ3話では、クリム・ニックにも関わる見逃せない描写がある。
それはモビルスーツ内で起こる排泄描写である。

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モビルスーツの操縦席が、そのままトイレにもなっている。
初めてガンダムのモビルスーツの操縦席にトイレが付いた点で
ガンダムアニメの中でも画期的なシーンになっている。

そして、モビルスーツ内にトイレがある事は次の意味を持つ。

まずキャラクターの日常感をモビルスーツの機体内で表現できること。
最初に排泄をしたクリム・ニックは、水を飲む描写があるが、水を飲むから排泄をする。
他にも紙を捨てる、トイレの仕方などを含めてクリム・ニックという
キャラクターの生きる為の当たり前の行為(日常)がモビルスーツ内で表現可能となる。

今までのガンダムシリーズのモビルスーツは、戦争をする為に存在していた。
モビルスーツは平和を壊すものであり、日常とは反対の非日常的な存在だ。

それがトイレという日常的な舞台装置を一つ取り付けることで、
日常(排泄)と非日常(戦争・モビルスーツの機体内)をシームレスに繋ぎ
モビルスーツ内での排泄という劇的な空間を構成することを可能にしている。

キャラクターの日常を描く為の排泄描写を劇的に描く手段として、
モビルスーツ内で排泄行為をさせる。ガンダムアニメという特性を生かし、
日常と非日常を見事に繋げる設定だと感じた。

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さらにベルリの排泄シーンはさらに劇的に感じた。
なにしろ女の子3人に囲まれながらの排泄である。
これは一種のセックスに近い描写といってもよいのかもしれない。

そして極めつけは挿入歌「ハイフンスタッカート」である。
排泄行為を隠す為の歌だからこそ、強烈な歌詞と曲にしたのだろう。
排泄描写+強烈な挿入歌、という組み合わせで面白いシーンに仕上がり、
富野監督が常々目指している「劇的」「劇的な空間」の成立に一役買っている。

なぜベルリが排泄をしたのか。戦いが一段落して緊張の糸が途切れたためか、
それともGセルフがハッチを開けたままだったので、風に当たりすぎて腹を壊したのか。
色々考えられるが、何にしても排泄をすることで、
ベルリというキャラクターの行動動機を知りたくなるキッカケにもなる。

そしてクリム・ニックとベルリの二人が排泄したという意味では、
排泄を通して二人の比較が行われていたとも捉えられる。

またクリム・ニックは戦う前に排泄し、ベルリは戦い終了後に排泄する。
戦いの始まりと終わりにはトイレで用を足したくなる、人間の性質を描いている。

ガンダムアニメの挑戦としてのトイレ

富野由悠季総監督がこのトイレについて語っているインタビューを紹介する。


──ガンダムシリーズの完全オリジナルとなる新作は『∀ガンダム』以来(約15年ぶり)となりますが、新たに挑戦したことはありますか?

富野: かなりあります。今回のモビルスーツ(以下:MS)のパイロットシートには全部、バキュームトイレがついているんです。これは20年以上前から気にはなっていたんです。今まではあまり切実じゃなかったから、劇中なんだからそれは考えないでいいだろう、みたいな所がありました。僕も体調不全を経験したりして生理的なことを切実に感じるようになったので、メインスタッフが決まった時に、一番最初に依頼したのがトイレのデザインでした。そしてもう一つ、宇宙服を着ていても用が足せるデザイン。これは安田君(メカニカルデザイン:安田 朗氏)に考えてもらいました。僕が簡単に確定させてしまうと、デザインに反映されない不細工なものになってしまう恐れがあるので、安田君に依頼したのです。安田君がラフを描いてきて「どう考えても、ここまでです。ここまで開かないと、用は足せません」って。そこまで割らないと便座に座れないし、用が足せない。だから今回の『G-レコ』に出てくる宇宙服とパイロットスーツ、全部お尻までファスナーがあります。

「ガンダム Gのレコンギスタ」富野由悠季総監督インタビュー、本日到着!

富野監督の生理的な実体験がトイレの設定のきっかけ。
また新しいと聞かれてトイレの設定を挙げるあたり、
監督の作品に対する貪欲性が感じられる。

まとめ

戦争の道具であるモビルスーツ内でトイレをつけたのは、
リギルドセンチュリーという世界だからでもあるのだろう。

宇宙世紀で続いた資源争奪の為の戦争の連続によって人口が激減し、
そこから1000年経って、復興を遂げつつあるこの世界において、
今までの宇宙世紀的な価値観とは別の価値観ができていることを
トイレの存在は示唆しているのかもしれない。

それにしても日常的な排泄のシーンを、モビルスーツ内で描いてしまうのは
物語構成においても段取りを省きつつも、見たこともなかった映像
つまり劇的な空間を形成できるという意味でも、面白い描写だった。
  
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[ 2014/10/11 06:27 ] Gのレコンギスタ | TB(16) | CM(2)

司波達也(お兄様)と黄金バットはどちらが強いのかを考える 

はじめに

現代のヒーローといえば「魔法科高校の劣等生」の司波達也(以下お兄様)であり、

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昭和のヒーローといえば黄金バットである。

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ではこの二人が戦ったらどちらが強いのだろうか。

共通点

①圧倒的な再生能力

二人共、極めて優れた再生能力を持っている。
お兄様は身体が完全に破壊されようが再生可能。
対する黄金バットも灰になっても「黄金バットは不死身だ!」と言って再登場。
黄金バットは死ねない体を持っているらしい。

②核爆発級の攻撃力のお兄様、核爆発が無効な黄金バット

TNT換算20メガトン(広島の1333発分)の戦略級攻撃魔法を有し
艦隊・そして近隣軍事施設群を消滅させることができるお兄様。
対する黄金バットも、地割れ攻撃、相手を完全消滅させる技を持っている。
また黄金バットも核爆発の後の大地に高笑いしながら余裕で立ち、
ナゾー様の核兵器の直撃を受けても無傷である。

お兄様の魔法がどこまで黄金バットに通用するのだろうか。

③卓越した知性

二人共に作中で一番と言って良いほどの知性と知恵を有している。
お互いの知恵を振り絞った知力戦が期待される。

実際に二人が戦ったらどうなるのか

実際に二人が戦った場合を想定してみる。

まずお兄様の分解の魔法は黄金バットにも通用するだろう。
しかし「黄金バットは不死身だ!」の一声で黄金バットは蘇る。
お兄様の体力が続く限り、黄金バットは分解され続けるが、
黄金バットが疲れることはあるのだろうか。激しい消耗戦になりそうだ。
またお兄様は相手の魔法がなんであるかを読むことができるが、
黄金バットの打撃やシルバーバトンの攻撃は魔法ではないので、
その辺はどう対策を講ずるのか。見ものである。

対する黄金バットも身体が再生するお兄様には苦戦を強いられるだろう。
再生可能なため得意の打撃は無効に近い。(お兄様は打撃も得意)。
ただ黄金バットには地割れを起こしてシルバーバトンがあり、
お兄様を地割れの中に挟み込めば勝機があるのかもしれない。

もしくはシルバーバトンには、相手を完全消滅させる効果があり、
もしお兄様を完全消滅させたら、再生できないのかもしれない。
ただ黄金バットがお兄様にシルバーバトンの攻撃を命中させられるかどうか。
人間離れした運動能力を持つお兄様に、黄金バットは攻撃可能なのか。

人間のお兄様の方が、長期戦は分が悪い?

どちらも最強の矛と盾を持っているような存在だけに、
決定打がないまま、長期戦になってしまうと予想される。
とはいっても、無尽蔵なエネルギーを持つ黄金バットに対してお兄様は人間。
果たして無尽蔵の黄金バットに、どれだけ付き合えるかと思ってしまう。

ただお兄様も人間離れしているので、長期戦でも黄金バットと互角なのかもしれない。

まとめ

どちらも容易に再生可能能力があり、天変地異や戦略核級の攻撃力があるが、
どちらが勝利できる決定的要因・差がみつからなかった。

しかも二人共にまだまだ底知れぬ能力を秘めているようであり
本編で語られている以上の力を持っている。

お兄様と黄金バット。どちらが強いのか。二人の決着はつくのだろうか。
それは「コウモリだけが知っている」。
 
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[ 2014/10/08 20:37 ] コラム | TB(0) | CM(2)

「クロスアンジュ」1話はマミる芦野芳晴監督と福田己津央Pのシリ(尻)アス。 

「クロスアンジュ 天使と竜の輪舞」1話を視聴。
どういう話なのかなぁと思ってみていたが、
どうやら全てを失った姫が、戦い生き抜く話のようである。

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堕ちる姫の居場所と画面効果

1話の良かった点は「堕とされた皇女」というサブタイトル通り
アンジュリーゼが、堕ちていく過程が物語だけではなく
画面効果的にも現れていたことだ。

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儀式を行うアンジュリーゼは建物の頂点。一番上にいるが、

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マナが使えないノーマであると、兄であるジュリオに暴露されると、
母のソフィアに連れられて、頂点から建物の下へ下へと逃げていく。

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そして建物から地面へと脱出する。
ここでも待ち構えた者(兵士?警察?)が銃撃するも
ソフィアがアンジュリーゼを庇い死に、地面に落ちていく。

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さらにアンジュリーゼがヘリで搬送されアルゼナルに連れてカットも
暗い僻地という点とヘリ(空)から島(地)へ落ちることを予感させる点で
アンジュリーゼをさらに突き落とす感じがよく出ている。

頂点から地面へ移動しつつも姫がノーマと晒され落ちていく。
この堕ちていく過程が、アンジュリーゼのいる場所の変遷からも
わかる展開が中々に面白かった。

尻の先にある尻アス

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一方で、アンジュリーゼがアンジュになる衝撃的なラストであるが、
その予感を期待させるショットは何箇所かあった。

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アバンもアンジュを映すシーンでは顔より先に尻を映し、

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アバン以降の初めてのカット(サブタイトルが出るところ)でもお尻から始まる。
妙に尻が意識されたショットを何度か見せながら展開させて

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事が起こる直前でアンジュリーゼの尻のアップ。
こうした積み重ねの上で、アンジュリーゼはアンジュになったのである。

こうしたハードで容赦のない展開を描けるのは、
監督で今回のコンテ担当でもある芦野芳晴さんがいるらだろう。

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芦野さんといえば「魔法少女まどかマギカ」の3話のコンテ担当であり
有名な巴マミの死亡シーンを手がけた方であれば、
本作をハードに描くのも頷けるだろう。

福田己津央さんの匂い

本作は「ガンダムSEED DESTINY」以来、
福田己津央さんがクリエイティブプロデューサーとして参加しているが
アバンのドラゴンとの戦闘シーンでの、以下のようなメカの見栄の切り方

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裸の男女が向き合うOP映像の絵作りも含めて、

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福田さんらしい(主にSEED)色が強く出ている。
重田智さんも参加しているから、より強く出ている面もある。

今後もメカアクションの部分は、福田さんの匂いが出てきそうではある。

まとめ

芦野芳晴さんの色と福田己津央さんの色がそれぞれに出ているという
ひとつの作品に二人の監督の匂いがする1話ではあったが、
今後もこの二人がどういう色を見せていくのかに期待したい。
設定考証に野崎透さんがいる点にも期待。
 
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「ガンダム Gのレコンギスタ」1話にある富野・出崎・ジブリの結合点 

TV版「ガンダム Gのレコンギスタ」1話を視聴。

注目したいのはベルリとアイーダの初対面のシーン。

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アイーダをじっくり見つめるベルリ。
ベルリはここでアイーダに一目惚れしてしまう。

このシーンで面白いのは通常の時間の流れとは違うこと。
ベルリの主観的時間をイメージBGを使いながら、
ベルリから見たアイーダが一目惚れするほど鮮烈だった事を描いている。

本編が目まぐるしく、カットが進行していく中で
このシーンだけ時間の進行具合が違うという印象を受けた。
また常時キャラクターが喋りあいながら進行する物語において、
アップで見せながらもお互いのセリフが無いシーンでもある。

ベルリの一目ぼれという、物語において重要な要素を
本編における時間進行の緩急とイメージBGで演出している。

そして私はこのキャラクターの鮮烈さを見せる演出を、
富野さんが出崎さん的な引き出しを使ってきたものだと感じてしまう。
このシーンを、ジブリ出身の吉田健一さんのキャラクター(+作監修正)で描かれる。

このシーンは富野・出崎・ジブリ(宮崎)の結合点として見てしまい
日本のTVアニメのひとつの節目を感じさせるシーンだと私個人は思った。
 
 
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[ 2014/10/04 07:14 ] Gのレコンギスタ | TB(11) | CM(2)