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「田中くんはいつもけだるけ」の場面転換の速度と演出 

「田中くんはいつもけだるけ」十話の、
みんなで学校から呉服店に行くときに使われた
場面転換の演出が良かった。

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約12秒かけて場面転換することで、
けだるいという感じが出ている点。

むしろけだるそうにしているのが、
田中に乗っかっている太田という点。
(もしかすると大田は無意識下では行きたくなかったことの現れ?)

ゆったりとしているが、見ごたえのある場面転換。
もしかすると十話以前にも、こうした演出があったのかもしれない。
いずれにせよ、作品の方向性にきちんと沿った演出だと感じた。

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けだるけとは対照的なのが「ラブライブ!」。
例えば3話。学校屋上から秋葉原に行く時の場面転換。

こちらは約1秒ぐらいで場面転換。
カメラのPANのスピードも速い。

作品の方向性として、物語構成を消化していく上で
ラブライブ!はこれぐらいの速さが求められていたのだろう。

場面転換は作品のリズム・緩急を決定づけるもの。
作品が求める場面転換があり、
両作品ともに、それに応じて演出されているのだ。
 
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「横山光輝三国志」の斎藤浩信さんの作画ー絵柄の魅力 

子供の頃「横山光輝三国志」を見ていると、
時たま、物凄く絵柄が濃い回があるのに気づく。

原作の横山光輝絵に劇画調なタッチと美麗さを加えた絵柄は、
当時は作画という言葉も知らなかった私に強いインパクトを残した。

おぼろげながら、アニメの絵は毎週変わると気づき始めていたが、
横山光輝三国志の濃い絵柄の回は、この事を決定づけさせた。

後になって、この絵柄の回の作画監督が斎藤浩信さんだと知った。
北斗の拳、魁!男塾の作画監督で知られる。
横山光輝三国志では10・15・22・28・43話の作画監督を担当している。


絶世の美女貂蝉が董卓と呂布を仲を引き裂き、呂布が董卓を暗殺する
15話「乱世の美女・後編」。

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貂蝉が自害した姿に悲しみに暮れる呂布。(15話)

呂布が曹操との戦いに敗れて、最後は逃げきれず死ぬ
22話「呂布・雪原に散る」。

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仁王立ちのまま、戦場に散る呂布(22話)

この二つの呂布メイン回、
特に死に際の呂布の顔が印象に強かった。
この呂布の顔が、私にとっての作画の目覚めだった。

曹操の元に身を寄せた関羽が劉備の元に帰る
28話「決死の千里行」。

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美麗な関羽(28話)


斉藤さんが最後に担当した43話は、
孔明が曹操軍に乗り込んで、10万本の矢を手に入れてしまう回。
斉藤さんの回は、孔明も面長のイカツイ顔に。

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周瑜に10万本の矢を用立ててほしいと言われた時の孔明(43話)

当時リアルタイム視聴時に、15話ぶりのこの絵柄に
この絵柄を待ってましたと感激した記憶がある。

ちなみに次回の44話はこんな感じ。全然違う。

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斉藤さん回の孔明の鋭い目を見ると、
横山光輝さんの絵柄より、杉野昭夫さんに近い描き方をしていると思った。
全体的に見ると、キャラの感情が乗るシーンは顔に線が増えていく印象。
特に呂布にはノリノリで作画修正を入れていたのではないかと。

「横山光輝三国志」の斎藤浩信さん作画監督は
アニメにおける絵柄の魅力を私に始めて教えてくれたと思う。
 
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[ 2016/06/11 19:50 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

「甲鉄城のカバネリ」に見る富野アニメ的要素・富野節 

「甲鉄城のカバネリ」を見ていると
「富野アニメ的」「富野節」という指摘や感想をみかける。
私もカバネリは「富野的な作品」と感じる。

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ではどう富野的なのか。
カバネリに見る富野アニメ的な要素について紹介する。

不自由な場面設定から生まれる芝居から物語を作る

まず読まれた方も多いだろうが、本作の監督の荒木哲郎さんが
富野監督からの影響についての次の発言から振り返る。

荒木:もうひとつ、最近だと富野(由悠季)さんの『Gのレコンギスタ』10話の絵コンテ・演出をやらせていただいた影響が大きいですね。昔から富野さんには憧れていましたが、目の前で仕事を見たことによって、お客さんとして見ている時以上に吸収できた部分がありました。『カバネリ』を作っている中で、「あっ、俺こういうことできるようになったんだ!」と思ったところがいくつかあったんですけれど、富野さんとの仕事をしたからこそだと感じています。 

――例えば富野さんのどういった部分を吸収できたと感じますか?

荒木:大きく言うと色々あるんですが、わかりやすい例だと、自分が出したコンテに対して富野さんから、「芝居に便利なように場所を平らにするな」とダメ出しをいただいたんです。(中略)それを踏まえて、今回の『カバネリ』は、本当に不自由な場面設定にしたんですよ。(中略)「本当にこれで良いんですか富野さん!」みたいな(笑)。でも、やっているそばからわかるんですけど、おもしろいんですよね。(中略)こういうことをやると富野さんっぽいのかと気付けたというか……。『Gレコ』の後に俺の中に生まれたものとして、これは大きかったですね。

animatetimes (出典)「進撃、Gレコを経た今、「自分の理想のアニメを作る」――荒木哲郎監督に聞くアニメ『甲鉄城のカバネリ』での表現」より


カバネリは芝居に便利な平らな場面ではなく、段差がある不自由な場面設定でいく、
という荒木監督の決意。確かに物語は狭い列車内、自然物の多い場面、
高低差がある江戸風味な雑多な街並などが描かれる。

例えば2話下記のシーンなどを見ても、決して場面を平坦には描かない。
平坦そうな場面でも何かをおいて、不自由そうな場所として描く。

kabaneritomi000.jpg
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上記の画像のように姫様が階段を降りているシーンがあるが、
Gレコ1話でもデレンセン大尉が階段を上り下りするシーンがある。

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画面を平坦にしないことで、キャラが動き、そこに芝居が生まれ、
芝居によってキャラが描かれキャラが描かれることでドラマに繋がっていく。

芝居のつけ方も富野作品のようで、
1話の生駒の手を見る芝居、1話や4話の髪を掻く芝居は
さながら富野作品の主人公のように思える。

kabaneritomi-4000.jpg(1話)
kabaneritomi-3000.jpg(4話)

キャラに細かい芝居を盛り込むのは、富野作品の特徴の一つといえるが
カバネリもこれでもかという形で芝居を盛り込んでいる。

安彦良和フォロワーとしての美樹本晴彦さん

キャラクターデザインも富野風味に拍車をかける要素。
本作のキャラクター原案は美樹本晴彦さん。

そんな美樹本さんの絵を元にした生駒を見ていると、
ガンダムUCのバナージの顔を思い出す。

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目や眉毛の描き方、くせっ毛、鼻の影のつけ方と鼻の穴の描き方、
そして全体的な顔つき、顔の形。どちらも全体的に似ている。

こう見ると美樹本晴彦さんは、
ガンダムUCのキャラ原案でガンダムの安彦良和さんの
フォロワーから出発した事が改めて思い返される。

そんな美樹本さんの絵を小黒雄一郎さんは、
安彦良和さんに触れつつ次のように評している。

『マクロス』のキャラクター原案は、ちょっとした衝撃だった。それまでに見た事もないくらい、アニメファン的にキャッチーな画だった。当時一番キャッチーなキャラデザイナーは安彦良和であり、それを進化させたのが美樹本晴彦の画だった。当時の僕はそこまでは分からなかったが、「安彦さんっぽくて、しかも、新しい」と思った。巧いし、華があった。
(出典)Web アニメスタイル アニメ様365日 第106回 美樹本晴彦と大阪のメカキチ

 
安彦さんの絵をより洗練させた美樹本さん。
そんな美樹本さん本人は、次のように語っている。

-当時は「ヤマト」や「ガンダム」などの他のアニメは意識されていましたか?
美 意識するというか「ヤマト」や「ガンダム」は夢中で見ていましたからね。こういった世界に入るきっかけになっていると思いますし、自分の中に根強く残っているといいますか、意識していなくても影響はあると思いますね。
(出典)seiyunews.com 超時空要塞マクロス30周年、美樹本晴彦さんインタビューより


ガンダムを夢中で見ていた。それはガンダムの安彦さんの絵を見ていたと言っても良い。

ガンダムの安彦さんに近い美樹本さんのキャラ絵だからこそ
カバネリは絵柄や芝居を通して、ガンダムを作った富野作品的な印象を強く受けるのだろう。

鈴木とステア

閑話休題。
カバネリの鈴木の片言的な喋りを聞いたとき、
ネイティブな喋りをするGレコのステアを思い出した。

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どちらも脇役だが、その声質と喋り方が音響的に彩りを添える。
確証はないが上記のように富野監督への影響を表明する荒木監督が、
Gレコのステアの起用からインスパイアされて、鈴木役を選んだ可能性はあると思う。

キャッチコピー

実はカバネリのキャッチコピーは他作品のコピーと比べると面白い。
カバネリのキャッチコピーは「死んでも生きろ」

この死ぬ、生きろという言葉を使うコピーは
90年代後半にあった次のアニメ三作品の

エヴァンゲリオン劇場版「だからみんな、死んでしまえばいいのに…」
もののけ姫「生きろ。」
ブレンパワード「頼まれなくたって、生きてやる!」

という流れに通じるものがある。
これらのコピーを意識して作ったのだろうか。

カバネリに流れる「富野節」ー大河内一楼さんと富野監督

カバネリの会話のやり取り。言葉の使い方。
繋がらない会話。一方的な会話。ディスコミュニケーション施行なやり取り。

大河内一楼さんシリーズ構成・各話脚本には
富野節的なものが流れる。

一番わかりやすいのが3話の

「俺の身体だ」
「お母さんにもらった身体でしょ」


に尽きる。この「お母さん~」のくだりは
ブレンパワードの宇都宮比瑪が言いそうなイメージがある。

また5話で無名の

「窯場が敵の巣なら、尚更そこを潰しちゃう方が有利でしょ」


というセリフもこの回は大河内さん脚本ではないが富野節っぽい。

大河内一楼さんは元々、富野監督の∀ガンダムから脚本家デビュー。
最初は脚本の出来について富野監督から色々言われたらしいが、
ガンダムの脚本家だった星山博之さんの脚本を100回読み、
自分なりの脚本術を掴んだ方。そんな大河内さんは次のように語る。

『キングゲイナー』が自分にとって大きかったのは、富野さんという、自分がアニメを見るきっかけになった人と戦おうと思ったことですね。自分が好きだった富野作品って、大抵、スタッフの中に富野さんに抗う人がいて、それがいい方向に作用しているように感じたんです。だから、たとえ負けてもいいから、大監督の富野さん相手に抗いたいと思った。
(出典)ニュータイプ2008年4月号 大河内一楼の文系ジョブチェンジ 接触編より



富野監督への熱き思いを語っている。
生駒のうっとおしさも含めて、自分の思いをエゴイスティックに語るキャラの姿を
見ていると、富野作品的な方向だと思う。

まとめ

甲鉄城のカバネリは、機動戦士ガンダムのように
移動するものに乗って、移動しながら各地で戦っていく物語である。
移動する中でキャラ同士がすれ違いと理解を繰り返し、
時にはチームワークを発揮し、時には戦闘のない時には、若者らしい日常を送る。

そして移動しながら新天地を目指して精一杯生きていくことが
(キングゲイナー的にいえば、エクソダス)
人間にとって何より大切なものであるように、説いているようにも思える。

そんなカバネリは、

富野監督の影響を公言し、受けたアドバイスを実践する荒木監督。
富野監督とガッツリ組み、乗り越えようとする、シリーズ構成・脚本の大河内一楼さん。
富野監督作品のガンダムのキャラデザの安彦良和フォロワーから
画業をスタートさせた、キャラ原案の美樹本晴彦さん。

というようにガンダムの富野もしくは安彦フォロワー達によって
成り立っている作品であり、ガンダムのように広く永く支持される
作品作りを目指しているようにも感じる。

以上、カバネリの富野作品的な要素を紹介してきた。

カバネリも9話まで放送され、物語も佳境に近づきつつある。
生駒はどう兄様と対峙していくのか。楽しみである。
 
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[ 2016/06/05 09:08 ] 甲鉄城のカバネリ | TB(1) | CM(2)