「せめて一度ぐらい幸せな夢を見させて」
佐倉杏子の人を思いやる気持ち。
恥ずかしいぐらいマジ泣きしました。
物語はエントロピーのように
ハッピー(秩序)からバッドエンド(無秩序)へ向かうしかないのか。
虚淵氏のメッセージはここにあるのかと感じさせる内容でした。
佐倉杏子は魔女化したさやかを戻そうとする為に
世界の法則(エントロピー)に抗う話です。マミからさやか、そして杏子
それぞれが繋いだバトンの結果と過程
今回、描かれるのは佐倉杏子です。
なぜ
彼女は魔女化した美樹さやかを助けるようと思ったのでしょうか。
それはさやかの姿にかつての自分を見出したから。
魔法少女になった当初の目的を思い出させてくれたからです。

杏子とまどかが魔女化したさやかの元へやってきたシーン。
バックにいるヴァイオリンを弾く演奏隊は上條の事を無意識化した事なのでしょうね。
人助けがしたかった(さやか)。お父さんの話を聞いてもらいたかった(杏子)。それぞれに共通するのは、他人の為に何かをしたかった事。
その意味では
さやかと杏子には共通する部分があった。だからこそ、心を閉ざしていったさやかが杏子に最後まで心を許していました。
一方で、結局さやかがまどかと最後まで和解できなかったのは、
魔法少女なのか、そうでないのかという差も大きかったのかもしれません。

折角、杏子も人に食べ物を渡せた(信頼関係を築けた)のに可哀想です。
最初は最悪の関係だったさやかと杏子の二人。
最後は杏子が、さやかの崩壊を娶るほどの関係になっていきました。皮肉なものです。
こうしたさやかの「人助けをしたい心」が、杏子を揺り動かし続けたのでしょう。
特にソウルジェムの一件を知った6話以降は、杏子の行動に変化が見られたと思います。
杏子はさやかとの出会いで、ついに今回「人を幸せにしたい事」を再び望みました。
しかし元々さやかを変化させたのは、巴マミなのです。
1話から3話にかけて巴マミが己を信じて「人助けの為」に戦い続けた行動が
さやかに影響を及ぼしたのは、マミが死んだ以降も
さやかが何度となく言った
「マミさんのようになる」という台詞に現されています。
ここで結論です。
杏子が死んだのは、ぶっちゃけさやかが原因です。
さやかが死んだのはマミさんに憧れて魔法少女になってしまったのが一因です。まぁ物事はここまで単純ではないですが、何が言いたいのかといえば
マミ→さやか→杏子の順番で、人が人に影響を与えてきた因果があるのです。
そして人が人に影響を与える事は、死すら及ぼしてしまう事も感じました。
でも私は、
結果が最悪だからと言って、それが本当に「良くない」と言えるのでしょうか。
人の為に魔法を使わない、自分の為だけに生きると言った杏子が
最終的には「さやかを救いたい」という純粋な気持ちに戻った事が一番大事なのです。そして、さやかの「人の為に生きる」気持ちも共感できるスタンスです。
こうしたさやか・杏子の純粋な気持ち・感情が私達の心を揺さぶります。
大事なのは彼女達が死ぬ事を悲しむのではなく、
彼女達の生き様から何を感じ、何をすくい取るのかでしょう。展開のショッキングさはもちろん楽しさ・面白さの源泉ですが、
このショッキングな出来事の水面下で起こっている何かを
発見する事こそが、作品の楽しみ方の一つと言えるのではないでしょうか。
ほむほむちゃんマジほむほむ
さて、マミ→さやか→杏子と死んでしまいました。
キャラの死が次のキャラの死を呼ぶ展開なので、次にピンチなのは間違いなくほむらです。
ワルプルギスの夜は、杏子がいなければ止められないようです。
やはり1話アバンのほむらが何かに一方的にやられていたのは、
ワルプルギスの夜なのかもしれませんね。
次回のタイトルは「もう誰にも頼らない」です。
QBの目的とエントロピー 物語のテーマはエントロピーだった!!
さて、今回はQBさんの目的が判明しました。
今回のQBの説明は彼なりの誠意だったのかもしれないなんてないか…
簡単に言うと、QBは「涼宮ハルヒの憂鬱」でいう宇宙人のようです。
目的は少女達の感情をエネルギーにして、
宇宙の総エネルギーが減耗していく事を防ぎたいようです。
本編でもQBが言っていましたが「熱力学の法則」以外のエネルギー源を開発し
宇宙を存続させようとしているのです。そしてまどかはそのエネルギーが多いようです。

QBよ!混じるな危険!!
まさか、まどか★マギカで物理学的な要素が出てくるとは思ってませんでした。
それはさておき、ここで注目したいのがQBが言っていた
「エントロピー」です。
元々「エントロピー」は「熱力学第二法則」の事を指します。
ここで「エントロピー」とは何かを説明します。
「物質とエネルギーは一つの方向のみに、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なのものへ、あるいはまた、秩序化されたものから、無秩序化されたものへと変化する」(エントロピーの法則―地球の環境破壊を救う英知(祥伝者) 著:ジェレミー・リフキン 訳:竹内均』(1982)
つまり、全ての法則は秩序から無秩序に変わってしまう事を言います。
諺でいう所の
「覆水盆に返らず」です。例えば、コップに入った水は秩序を保っていますが
こぼれたら最後、周りに飛び散って無秩序状態になってしまいます。
そしてQBは
「たき火で得られる熱エネルギーは木を育てるものに見合わない」と言いますが
QBが言ってるエントロピーとは物理学で言う意味とはちょっと違うような気がします。
言うなら「たき火で熱エネルギは得たが、木は消し炭になった」という方が正しいです。
まぁQBはエントロピーという語を用いて「宇宙のエネルギーが減少」と説明したいのでしょう。
そして
エントロピーは後述しますが、まどか★マギカの作品内容に合致します。
それは上にあげた「覆水盆に返らず」または不可逆性から見るに、
人間から魔法少女にはなれますが、魔法少女から人間には戻れない。
また魔法少女から魔女にはなれますが、魔女から魔法少女に戻れません。
特に人間(秩序)が魔法少女(秩序不足)。魔法少女が魔女(無秩序)になる意味こそ
まどか★マギカがエントロピー的世界観だった事の証明なのかもしれません。
それにしてもQBはまどかと話しても、人間の価値観がわからないようです。
まぁそもそも感情が無いのですから仕方がありません。
でも
QBみたいな人間以外の価値観を持つキャラを登場させることで
人間の本質を抉り出そうともしているのかもしれませんね。
エントロピーとハッピーエンド★バッドエンド
この作品の世界観はおそらくエントロピーという発想で形作られていると思います。
まどか★マギカの脚本家、虚淵玄氏は次のような事を言っています。
物事というのは、まぁ総じて放っておけば悪い方向に転がっていく。どう転んだところで宇宙が冷めていくことは止められない。”理に敵った展開”だけを積み上げて構築された世界は、どうあってもエントロビーの支配から逃れられないのである。故に、物語にハッピーエンドをもたらすという行為は、条理をねじ曲げ、黒を白と言い張って、宇宙の法則に逆行する途方もない力を要求されるのだ。(Fate/zero 同人版 あとがき 著:虚淵玄)
というように、エントロピーの法則通りに物語世界が動くなら
ハッピー(秩序)もアンハッピー(無秩序)になるという物語理論を語っています。この理屈付けは面白いですね。どうやら
虚淵氏にとってエントロピーは重要単語のようです。
そして上記の後書きもよくよく内容を見ると、まどか★マギカにも応用できます。
特に
「物事というのは(中略)悪い方向に転がっていく」というのは本作も同様の展開です。
マミが死に、さやかが死に、そして杏子も死にました。
もし虚淵氏がエントロピーの考えで、まどか★マギカのシナリオを書くとするなら
結末はバッドエンドになるのでしょうか。正直見当はつきません。
ただ私はこの作品がどんな結末になろうとも
単なるバッドエンドで終わる事はないと考えています。

これは上で言った事にも繋がりますが、
それは生き様の結果ではなく、過程が大事だと思うからです。
だから言うなれば、表層上バッドエンドになる可能性は高いですが、
それを超えた何かがあるのではと感じさせてくれます。
確かにマミもさやかも杏子も道半ばで倒れました。
しかし彼女達の生き方をそう簡単に「間違い」といって良いのでしょうか。
むしろ、彼女達の遺志を引き継いで、まどかが何かをやってくれるはずでしょう。
まどかが何を願うのか。まどかの願いだけはマミ・さやか・杏子と結果が伴わなかったこそ、
結果も含めて、最後にはまどかが祝福されてほしいのです。今回は演出が凄い!!!
まどか★マギカの魅力は画面にあります。
今回は魔女化したさやかと杏子の戦闘が、梶浦音楽に乗せて戦いまくります。

このシーンは抜群にうまい!!
ほむらと杏子、まどかとさやかの関係がそれぞれ描かれるという
2人×2種類のキャラ関係を上下に分け、一つの画面に凝縮できている所が凄い。
この場面の各キャラ達の心理状況が素晴らしいです。

この作品の絵作りの凄い所は、うめてんてーとイヌカレーという
決して作風では交わらない二つの個性が、一つの画面に結実している事。
私がまどか★マギカに惚れ込んだとすれば、この画面設計の思想ですね。
この絵の重ね方をコラージュ的とも言えますが、果てしなく魅力的です。
さらに梶浦音楽が物語を悲愴的に盛り上げます。

この演出も凄かった。さやかと杏子の関係を二人の色(さやか:青 杏子:赤)で描き
まるで切り絵のようなセンスで見せていく映像。
こんな面白い演出を惜しげもなく見せてくれる本作は大好きです。
絵コンテは
七嶋典子さん。しかし他作品での活動は無しです。一体誰?
他に気になった事

数学の授業でフィボナッチ数列を教えていましたね。
本作がループ説がという噂もある中で中々に示唆的です。

結局、仁美と上條の関係はどうなったのかわからないですね。
仁美の「会いづらい」という台詞を「彼氏彼女になったから会いづらいのか」
それとも単に「気まずかった」のか。どう解釈して良いかわかりませんでした。
まとめ
まとめきれません(笑)!!
本当に今回は面白かったです。抗いたい、でもその抗いも虚しく散っていく佐倉杏子。
彼女の本当の優しさとともに彼女が追い詰められる様を
これでもか!これでもかというほど見せつけてくれました。

こうした世界観・展開・内容こそエントロピーだったと言える作品だったのでしょうね。
この作品の核は一度起こった物事は元には戻らない
「エントロピーな世界」でどう抗うかを描いた作品なのかもしれません。
今回は序盤の会話シーンを見ると、殆どキャラが動かず芝居をしてたので
作画的に大丈夫かなと思った部分もありましたが、後半の戦闘に力をすべて注いだだようですね。
次回はいよいよ、メインキャラがまどか・ほむら・QBの3者に絞られた印象。
まどかが魔法少女になる日は一刻と近づいているか?
そしてエントロピー=バッドエンドは防げるのか?
OPの歌詞のように
「もう何があってもくじけない」時が来ているのでしょう。
まどかの願いに大いに注目です!!
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佐倉杏子は魔女化したさやかを戻そうとする為に
世界の法則(エントロピー)に抗う話です。マミからさやか、そして杏子
それぞれが繋いだバトンの結果と過程
今回、描かれるのは佐倉杏子です。
なぜ
彼女は魔女化した美樹さやかを助けるようと思ったのでしょうか。
それはさやかの姿にかつての自分を見出したから。
魔法少女になった当初の目的を思い出させてくれたからです。

杏子とまどかが魔女化したさやかの元へやってきたシーン。
バックにいるヴァイオリンを弾く演奏隊は上條の事を無意識化した事なのでしょうね。
人助けがしたかった(さやか)。お父さんの話を聞いてもらいたかった(杏子)。それぞれに共通するのは、他人の為に何かをしたかった事。
その意味では
さやかと杏子には共通する部分があった。だからこそ、心を閉ざしていったさやかが杏子に最後まで心を許していました。
一方で、結局さやかがまどかと最後まで和解できなかったのは、
魔法少女なのか、そうでないのかという差も大きかったのかもしれません。

折角、杏子も人に食べ物を渡せた(信頼関係を築けた)のに可哀想です。
最初は最悪の関係だったさやかと杏子の二人。
最後は杏子が、さやかの崩壊を娶るほどの関係になっていきました。皮肉なものです。
こうしたさやかの「人助けをしたい心」が、杏子を揺り動かし続けたのでしょう。
特にソウルジェムの一件を知った6話以降は、杏子の行動に変化が見られたと思います。
杏子はさやかとの出会いで、ついに今回「人を幸せにしたい事」を再び望みました。
しかし元々さやかを変化させたのは、巴マミなのです。
1話から3話にかけて巴マミが己を信じて「人助けの為」に戦い続けた行動が
さやかに影響を及ぼしたのは、マミが死んだ以降も
さやかが何度となく言った
「マミさんのようになる」という台詞に現されています。
ここで結論です。
杏子が死んだのは、ぶっちゃけさやかが原因です。
さやかが死んだのはマミさんに憧れて魔法少女になってしまったのが一因です。まぁ物事はここまで単純ではないですが、何が言いたいのかといえば
マミ→さやか→杏子の順番で、人が人に影響を与えてきた因果があるのです。
そして人が人に影響を与える事は、死すら及ぼしてしまう事も感じました。
でも私は、
結果が最悪だからと言って、それが本当に「良くない」と言えるのでしょうか。
人の為に魔法を使わない、自分の為だけに生きると言った杏子が
最終的には「さやかを救いたい」という純粋な気持ちに戻った事が一番大事なのです。そして、さやかの「人の為に生きる」気持ちも共感できるスタンスです。
こうしたさやか・杏子の純粋な気持ち・感情が私達の心を揺さぶります。
大事なのは彼女達が死ぬ事を悲しむのではなく、
彼女達の生き様から何を感じ、何をすくい取るのかでしょう。展開のショッキングさはもちろん楽しさ・面白さの源泉ですが、
このショッキングな出来事の水面下で起こっている何かを
発見する事こそが、作品の楽しみ方の一つと言えるのではないでしょうか。
ほむほむちゃんマジほむほむ
さて、マミ→さやか→杏子と死んでしまいました。
キャラの死が次のキャラの死を呼ぶ展開なので、次にピンチなのは間違いなくほむらです。
ワルプルギスの夜は、杏子がいなければ止められないようです。
やはり1話アバンのほむらが何かに一方的にやられていたのは、
ワルプルギスの夜なのかもしれませんね。
次回のタイトルは「もう誰にも頼らない」です。
QBの目的とエントロピー 物語のテーマはエントロピーだった!!
さて、今回はQBさんの目的が判明しました。
今回のQBの説明は彼なりの誠意だったのかもしれないなんてないか…
簡単に言うと、QBは「涼宮ハルヒの憂鬱」でいう宇宙人のようです。
目的は少女達の感情をエネルギーにして、
宇宙の総エネルギーが減耗していく事を防ぎたいようです。
本編でもQBが言っていましたが「熱力学の法則」以外のエネルギー源を開発し
宇宙を存続させようとしているのです。そしてまどかはそのエネルギーが多いようです。

QBよ!混じるな危険!!
まさか、まどか★マギカで物理学的な要素が出てくるとは思ってませんでした。
それはさておき、ここで注目したいのがQBが言っていた
「エントロピー」です。
元々「エントロピー」は「熱力学第二法則」の事を指します。
ここで「エントロピー」とは何かを説明します。
「物質とエネルギーは一つの方向のみに、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なのものへ、あるいはまた、秩序化されたものから、無秩序化されたものへと変化する」(エントロピーの法則―地球の環境破壊を救う英知(祥伝者) 著:ジェレミー・リフキン 訳:竹内均』(1982)
つまり、全ての法則は秩序から無秩序に変わってしまう事を言います。
諺でいう所の
「覆水盆に返らず」です。例えば、コップに入った水は秩序を保っていますが
こぼれたら最後、周りに飛び散って無秩序状態になってしまいます。
そしてQBは
「たき火で得られる熱エネルギーは木を育てるものに見合わない」と言いますが
QBが言ってるエントロピーとは物理学で言う意味とはちょっと違うような気がします。
言うなら「たき火で熱エネルギは得たが、木は消し炭になった」という方が正しいです。
まぁQBはエントロピーという語を用いて「宇宙のエネルギーが減少」と説明したいのでしょう。
そして
エントロピーは後述しますが、まどか★マギカの作品内容に合致します。
それは上にあげた「覆水盆に返らず」または不可逆性から見るに、
人間から魔法少女にはなれますが、魔法少女から人間には戻れない。
また魔法少女から魔女にはなれますが、魔女から魔法少女に戻れません。
特に人間(秩序)が魔法少女(秩序不足)。魔法少女が魔女(無秩序)になる意味こそ
まどか★マギカがエントロピー的世界観だった事の証明なのかもしれません。
それにしてもQBはまどかと話しても、人間の価値観がわからないようです。
まぁそもそも感情が無いのですから仕方がありません。
でも
QBみたいな人間以外の価値観を持つキャラを登場させることで
人間の本質を抉り出そうともしているのかもしれませんね。
エントロピーとハッピーエンド★バッドエンド
この作品の世界観はおそらくエントロピーという発想で形作られていると思います。
まどか★マギカの脚本家、虚淵玄氏は次のような事を言っています。
物事というのは、まぁ総じて放っておけば悪い方向に転がっていく。どう転んだところで宇宙が冷めていくことは止められない。”理に敵った展開”だけを積み上げて構築された世界は、どうあってもエントロビーの支配から逃れられないのである。故に、物語にハッピーエンドをもたらすという行為は、条理をねじ曲げ、黒を白と言い張って、宇宙の法則に逆行する途方もない力を要求されるのだ。(Fate/zero 同人版 あとがき 著:虚淵玄)
というように、エントロピーの法則通りに物語世界が動くなら
ハッピー(秩序)もアンハッピー(無秩序)になるという物語理論を語っています。この理屈付けは面白いですね。どうやら
虚淵氏にとってエントロピーは重要単語のようです。
そして上記の後書きもよくよく内容を見ると、まどか★マギカにも応用できます。
特に
「物事というのは(中略)悪い方向に転がっていく」というのは本作も同様の展開です。
マミが死に、さやかが死に、そして杏子も死にました。
もし虚淵氏がエントロピーの考えで、まどか★マギカのシナリオを書くとするなら
結末はバッドエンドになるのでしょうか。正直見当はつきません。
ただ私はこの作品がどんな結末になろうとも
単なるバッドエンドで終わる事はないと考えています。

これは上で言った事にも繋がりますが、
それは生き様の結果ではなく、過程が大事だと思うからです。
だから言うなれば、表層上バッドエンドになる可能性は高いですが、
それを超えた何かがあるのではと感じさせてくれます。
確かにマミもさやかも杏子も道半ばで倒れました。
しかし彼女達の生き方をそう簡単に「間違い」といって良いのでしょうか。
むしろ、彼女達の遺志を引き継いで、まどかが何かをやってくれるはずでしょう。
まどかが何を願うのか。まどかの願いだけはマミ・さやか・杏子と結果が伴わなかったこそ、
結果も含めて、最後にはまどかが祝福されてほしいのです。今回は演出が凄い!!!
まどか★マギカの魅力は画面にあります。
今回は魔女化したさやかと杏子の戦闘が、梶浦音楽に乗せて戦いまくります。

このシーンは抜群にうまい!!
ほむらと杏子、まどかとさやかの関係がそれぞれ描かれるという
2人×2種類のキャラ関係を上下に分け、一つの画面に凝縮できている所が凄い。
この場面の各キャラ達の心理状況が素晴らしいです。

この作品の絵作りの凄い所は、うめてんてーとイヌカレーという
決して作風では交わらない二つの個性が、一つの画面に結実している事。
私がまどか★マギカに惚れ込んだとすれば、この画面設計の思想ですね。
この絵の重ね方をコラージュ的とも言えますが、果てしなく魅力的です。
さらに梶浦音楽が物語を悲愴的に盛り上げます。

この演出も凄かった。さやかと杏子の関係を二人の色(さやか:青 杏子:赤)で描き
まるで切り絵のようなセンスで見せていく映像。
こんな面白い演出を惜しげもなく見せてくれる本作は大好きです。
絵コンテは
七嶋典子さん。しかし他作品での活動は無しです。一体誰?
他に気になった事

数学の授業でフィボナッチ数列を教えていましたね。
本作がループ説がという噂もある中で中々に示唆的です。

結局、仁美と上條の関係はどうなったのかわからないですね。
仁美の「会いづらい」という台詞を「彼氏彼女になったから会いづらいのか」
それとも単に「気まずかった」のか。どう解釈して良いかわかりませんでした。
まとめ
まとめきれません(笑)!!
本当に今回は面白かったです。抗いたい、でもその抗いも虚しく散っていく佐倉杏子。
彼女の本当の優しさとともに彼女が追い詰められる様を
これでもか!これでもかというほど見せつけてくれました。

こうした世界観・展開・内容こそエントロピーだったと言える作品だったのでしょうね。
この作品の核は一度起こった物事は元には戻らない
「エントロピーな世界」でどう抗うかを描いた作品なのかもしれません。
今回は序盤の会話シーンを見ると、殆どキャラが動かず芝居をしてたので
作画的に大丈夫かなと思った部分もありましたが、後半の戦闘に力をすべて注いだだようですね。
次回はいよいよ、メインキャラがまどか・ほむら・QBの3者に絞られた印象。
まどかが魔法少女になる日は一刻と近づいているか?
そしてエントロピー=バッドエンドは防げるのか?
OPの歌詞のように
「もう何があってもくじけない」時が来ているのでしょう。
まどかの願いに大いに注目です!!
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作品に一貫した「不可逆」というテーマを浮き彫りにしましたね
QBが勝ちを確信してるのをどうひっくり返すのか、
来週からはほむら☆マギカだろうか・・・