人はアニメという映像表現を何として見ているのか 

この記事を書くキッカケはまっつねさんの

ラブライブ8話と出崎を継ぐものと電話(まっつねのアニメとか作画とか)

アニメが映像による演劇である。

という一文から。

まっつねさんがアニメを演劇として見ていることが明確にわかるが、
人はこのアニメという映像表現を何として見ているのか。
この「何」に当てはまるのかは、個々人の歩み/取り組み方によって違ってくるのだろう。

例えば、ある人はアニメが映像による、映画(映画的なもの)であると感じ、
また違う人はアニメが映像による物語・文学(文芸)であると感じ
また別の人は、アニメがバラエティ(お笑い)だと感じているのかもしれない。
2次創作をやっている人から見たら、ネタや設定・描きたいものを掴みたいのかもしれない。

例として思いついたのは以上だが、
他の人はアニメという映像表現を通して別の何かを感じている可能性もあるし、
もしくは映画と文芸、演劇と文芸、というように複合的に感じているのかもしれない。

こうしたアニメをアニメとして見つつも、
見ている方のフィルターに通して何が見えているのか。
その何に当てはまる要素が、見る人の視点の立ち位置なのだろうし、
その視点で個々人のアニメの語り方は変わってくるのは間違いない。

その意味で自分の立ち位置を振り返ることにもつながるし、
またアニメを語る人の語り方を知る上で、
アニメを通して先に何を見ているのかを掴むのは有効かもしれない。

アニメという丘の向こうにあなたは何が見えているのだろうか。
 
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[ 2013/03/02 12:39 ] ニュース | TB(0) | CM(0)
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