はじめに
今回の俺修羅は、出合小都美さんの絵コンテ・演出が面白かった。
なぜ面白かったのかといえば、小物の使い方。
当記事では、この小物が意味する/見立てるキャラクターの心情描写について語る。
小物から描き出されるキャラの心情
今回の小物には意味がある事がわかったのは、以下のショット。

後半、鋭太は夏川真那と出会い、真耶は真涼について話す。そして、
「真涼は夏川家の宝石って呼ばれていたの、宝石つまりアクセサリー。パパが社交界で自慢する道具・・・」
と言いながら、蹴った小石を手につかみ、太陽の下に晒す。
小石が光り輝く宝石・アクセサリーになった瞬間であり、
つまりこの小石は真涼であることの暗喩なのだ。
この描写でわかったのだが、今回は真涼が宝石/アクセサリーだという事を示すものであり、
ここまでに至る布石をきちんと小物を使って描写してきた回なのだ。

話を前から見てみよう。
まず最初の海辺での海水浴のシーン。愛衣がハート型の貝殻を拾い、鋭太に見せる。
愛衣なりの愛のアプローチではあったが、
鋭太はアジフライだと言い、彼女の気持ちを受け取らない。
つまりこの貝殻はハート=宝石にはなれず、アジフライになってしまったことで、
愛衣と鋭太の想いの行き違いを描いている。
まず、ここで貝殻はアクセサリー・宝石だという布石を立てていることがわかる。
次に宿泊先に戻っての真涼と愛衣の料理シーン。


告白されるのを回避するために鋭太と付き合うのが目的だとしたら許せないと
一歩間違うとガチな修羅場になりかねないような言葉を吐く。
愛衣が鋭太と真涼の関係のフェイク性を指摘し暴露した瞬間だ。
ここで真涼は玉ねぎの皮を剥きすぎたと言い、愛衣をごまかし場は収束する。
ただ、この玉ねぎも形を見る限り、小物であると同時に、
皮を剥かれた玉ねぎは、真涼の心も剥かれ丸裸にされた事を暗喩しているのだ。
ここで、貝殻→玉ねぎという、描写の繋ぎを見せている。


そして今回のクライマックスの一つ。
千和達が鋭太や真涼に「乙」型のアクセサリーを渡す。
3人の心の暖まる贈り物に対して、真涼は心震えたようだ。
料理シーンも含め、丸裸にされつつある真涼。
そして鋭太とのフェイクな関係性を維持させるためにキスをする事を思いついたが、
こうした作戦も3人の暖かさに触れて観念したようだ。
ただ、真涼にとっては、3人の眩しさに照らされたかのように
自身の心の醜さをも感じ取ってしまったようだ。
しかし、このアクセサリーは5人の繋がりを表すものでもある。
鋭太との関係はフェイクかもしれないが、5人の絆は本当なのだ。

そして鋭太と真耶のシーンに戻ると、
貝殻→玉ねぎの破片→「乙」型アクセサリー→小石と、
物語の要所要所を小物/アクセサリーでつないでいることがわかる。上手い。


そして真耶は持っていた小石を蹴り、違う小石と当たった描写を考えると、
この二つの小石は真涼と真耶を表していることがわかり、
父親の期待に応えアクセサリーになれる真涼と
父親に期待されずアクセサリーになれなかった真耶を意味していることがわかる。
まとめ
以上のように、今回は小物(アクセサリー的なもの)を用いて、
各キャラの心情を見立て、キャラの心を揺さぶりをかけるような描写を行い続けてきた。
繰り返すが
真涼は「乙」型のアクセサリーで3人の真心の本物さと自身の醜さ(フェイクさ)を感じ、
真耶や小石で、期待された姉(真涼)と期待されない自分を照らし合わせる。
真鈴と真耶が違う小物を通じて対照的に繋がって行くのも、描写として面白い。
それは、出来の悪い妹から見れば、出来の良い姉の方は、
上手に振る舞えてしまえるためにフェイクになるという指摘をしているかのようだ。
でも、真涼も自分のフェイク性の欺瞞も感じ、一歩飛び越えようとしている。
だから部屋で悩んでいるのだろうし、関係を終わりにする覚悟もあるようだ。
そんな真涼に対して、鋭太も色々思うところはあるようだ。
来週で一つのドラマの区切りが着くようであり、楽しみである。
ただこの流れで行くと、千和ルートも真涼ルートもありえる。
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