アニメを厳しく見ること、厳しく評価することについて 

はじめに

今回はアニメを厳しく見ること、厳しく評価することについて。
最近この見方について色々思うところがあったので、
自身の体験を踏まえて語っていきたいと思います。

厳しく見ることで失ってしまったもの

以前はアニメを厳しく見ること、厳しく評価する事が良い見方だと信じていました。
厳しく見れば、評価すれば、良い見方が可能になると思っていました。
そして自分が大好きな作品のレベルに達しない作品はダメだという評価をしていました。

この考えの元、色々な作品を見ては、
「作品Aはダメ。○○な理由で良くない」
「作品Bはダメ。○○な理由で良くない」
と評価を下していきました。

そう、学生時代の頃から数年間は以上のような見方を続けたと思います。

でも、自分なりの厳しい見方をし続ける内に、
自分の中にある変化が起こっていることに気がつきました。

「あれっ。新しく見る作品が無くなってきている…」
「最近、アニメを面白く感じられない…」

色々な作品をダメだと評価を下してしまった為に
アニメを楽しめなくなってしまったのです。
自分なりの信じていたアニメの良い見方を実践していたとはいえ、
見ること自体が辛くなってきたのでは本末転倒だと感じるようになりました。

この頃はアニメに対する情熱を失いかけていました。
作品がどうのこうのというより、自身の見方で、自身を傷つけていたのでした。

新たなスタンスの気づき/獲得

そんな楽しめなくなっていた時、
自身が好きな旧作中心に見て、何とかアニメを見ていた時
あるブログでこんな文章を見つけました。

「作品は一つでも面白い点が発見できればOKではないか」

私自身、この言葉に出会ってとても気が楽になりました。
確かに自分にとって、出会った作品に一つでも良い面や面白い面があれば
それでOKではないかと思うようになっていきました。

この言葉と出会ってからは、自分なりに作品との向き合い方を変え、
まずは厳しく評価する前に、その作品を見ていこう、作品から何かを発見したい、
作品との出会い自体を大切にしていきたいという気持ちに変化していきました。

端的にいえば、評価することより、作品を見ている時間/瞬間を楽しみたい。
では楽しむためにはどうしたらいいのかというスタンスへの変化だったのだと思います。
言いかえれば、減点法より、加点法的な楽しみ方に切り替わったともいえます。

今はアニメを見ながら、気楽に楽しんでいます。
特にダメな点を強調するような見方もしていないです。
そして何か書きたくなったらブログに書くっていうスタンスになっています。

厳しく見ていた頃を振り返ると

厳しく見ていた頃を振り返ると
おそらく自分のアニメ体験を大きく揺さぶられた作品への影響が大きかったこと、
そしてその作品群と安易に比べて評価してしまったこと。

または、作品を色々見ていく中で、もっと面白い作品を、もっと面白い作品をと
味覚における舌が肥えるように、アニメに対する眼や耳が肥えていたこと。
以上の二つの自身の変化は、おぼろげには意識をしていたものの、
アニメそのものを楽しめなくなる事には、気づかなかったのです。

一方で厳しく見ていた期間は、学生から社会人になった期間でもありました。
学生の頃とは違い、社会人になるとアニメを見る時間/作品数が減ってきました。
そして少ない作品数を厳しく見ることで、より楽しめなくなってしまう。
最終的に「最近のアニメはダメだ~」と勝手に思い込む悪循環に陥っていたのだと思います。

まとめ

私自身はアニメを厳しく見ることが、自分の見方を鍛えるものだと思っていました。
厳しく見ることから得られた発見もありましたが、
その結果、アニメを見たくなくなる、楽しめなくなるのでは、
最終的には意味がなくなってしまうと思います。

そしてアニメに対する見方を鍛えることは、
作品を厳しく見ること/評価することよりもまず作品との出会いを大事にする方が
より良い方法なのではと思うようになりました。
そして評価することより、作品から何を発見できるかが
自分にとって大事なウェイトを占めるようになりました。

何よりアニメに使える時間が限られているからこそ
アニメとのより良い出会いを大切にしたいという気持ちが強くなったのかもしれません。

そして、厳しい見方自体が悪いかといえば、私にはわかりません。
むしろ厳しく見るというより、作品を安易にダメという減点法的な評価の仕方が
自分自身の首を絞めてしまったという言い方もできます。
厳しい見方=きちんと見る、という意味合いもあるでしょうから。
厳しく見ることと、安易にダメという評価の仕方をごっちゃにしていた面もあります。

少なくとも、上記のような安易にダメという見方を続けてしまったが為に
自身が苦しむようであれば、新しいスタンスを見つけるのも一つの方法だとは思います。

アニメに限らずなのでしょうが、
作品に接する時は肩肘張らずに、まずはありのままを見て接することが
楽しく/面白くみられる可能性の一つであり、
作品から新たな発見を得られる大元のスタンスになるといえるのではないのでしょうか。

そして見方を変えるキッカケになったのは他者の意見だったので
行き詰まった時には、他者の言葉に耳を傾けることが
状況を打開する方法の一つではないかと思いました。
人の意見を上手く取り入れることが、アニメをより楽しめる可能性に繋がるのでしょう。



http://anipression.doorblog.jp/archives/51324847.html
参考:大切な作品との出会いが、トレンドに右往左往されない基盤を作る!(アニプレッション)
 
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[ 2013/05/26 19:34 ] ニュース | TB(4) | CM(17)
アニメに限らず、鑑賞力が上がることでそんじょそこらのものでは満足できなくなるというのは、私は純粋に肯定的な意味で「成長」だと思っています。
分野によるでしょうが、そういうときもっと凄いもの、より本物性の高い作品を求めて古典を訪ねるという進み方もあるのではないでしょうか。
[ 2013/05/26 19:57 ] [ 編集 ]
自分がアニメに嵌まるきっかけになった作品や、初期に観た作品が今でも好きなんですが、それは何も粗を探さずに良いところを発見できていたからなんだと思います。
純粋に楽しめなくなっていた時期が自分にもあるのでとても共感しました。
ちなみに今はそんなに肩肘はらずに楽しめています。
[ 2013/05/26 20:55 ] [ 編集 ]
××だからダメ、というよりは、ダメだから××が気になる、という感じですね、私は。○○は人が死なないからダメ、といった口が乾かぬうちに人が死なない作品を絶賛したりしますし。
一方で、面白いのがなければ見なきゃいいし、とも思ってます。私はアニメが好きなんじゃなくての、私が好きな作品はアニメという表現形態をとることが多いだけ、だと思ってますし。
[ 2013/05/26 23:59 ] [ 編集 ]
好きな作品を何度も繰り返し穴が空くまで見るという風習がなくなっている影響も大きそう、そこまでして満遍なく見る必要はないと思うけど。
[ 2013/05/27 00:05 ] [ 編集 ]
今流行りのアニメが面白く感じられなくなったら古典、アート関連のアニメーションを求めるようになる。
それが成長なのか、はたまた刹那的に娯楽を求めた結果なのかは分かりません。
ただ自分が面白いと感じられるものに出会いたいって欲求を消化する手段としてはアリだと思います。
例えば時代を敢えて逆行したり、表現方法が異なるアニメに触れたり、アマチュア制作のショートアニメとか

ただコレが出来ない人もいるでしょうね。現代のアニメ視聴のトレンドとして大きなコミュニティで感想を共有して楽しんでる人とか
そういう人達にとっては少し視点を変えてアニメを見る方法は最適なのかも
[ 2013/05/27 05:06 ] [ 編集 ]
最近確かによく聞きます。今放送されているアニメを楽しめないと。結局、どういうことかと考えてみると、アニメの未来を信じられるかどうか、その立場をとるかどうかじゃないかと。少なくとも私は、今年のアニメより、来年のものの方が良くなるはずだ。そう信じたいんです。それは、今アニメを作っている人達の努力を素直に受け止めたいからです。庵野秀明が新劇場版を作るにあたって、エヴァ以降新しいアニメは無かったと言いました。エヴァの再放送で始まった深夜アニメは、果たしてエヴァを超えられなかったか。その立場はなんか寂しいなと感じちゃうんです。黎明期から深夜アニメに本当に魅せられていた十代の僕を単に否定したくないというのも理由かもしれませんが。とにかく私はアニメの未来を信じたいんです!!
[ 2013/05/27 08:48 ] [ 編集 ]
どうでもいいとしか
こんなのブクマすんな>はてな民
[ 2013/05/27 14:48 ] [ 編集 ]
気楽に見るっていうのは視聴レベルを下げて見るってことだから
別にアニメにこだわる必要はないですよね?
真剣に熱中できることを探してください。
気楽に息抜きに暇つぶしにアニメを見て楽しんでます表明は
今のアニメはくだらないと言っているようにも聞こえます。

それでもアニメが好きだとおっしゃるのなら、諦めないで。
もっと真剣に見てください。
もっと古い名作も新しい作品も見てください。
あれが駄目だこれが駄目だ言ってる内はまだ未熟なのです。
突き詰めた先に新しい価値観が生まれると思いますよ。

PS.今も興味深いアニメはありますよ。
[ 2013/05/27 17:12 ] [ 編集 ]
息抜きに、暇つぶしにアニメ観てますが何か?
なぜそれがダメなのかさっぱり分からない
>上の人
[ 2013/05/27 21:54 ] [ 編集 ]
自分は「いいとこを探しながら観る」という全く対極の見方をしているので、大変興味深い記事でした。
作品の見方なんてそれこそ千差万別ですし、最終的に自分自身が満足できたかどうかなんですよね。

個人的には厳しい目線での批評記事などは、自分にはできない観点で書かれているので感心することの方が多いですし、深く観られているんだなという印象を受けます。
でも、そういう見方をされていて、この記事のような葛藤に行き着くこともあるんだなというところがすごく興味深い部分でした。

自分自信のスタンスを否定するつもりは無いのですが、「いいところを探しながら観る」「基本は肯定」という見方は、それはそれで問題を感じてます。
結局自分自身のためだけの見方になってしまうので、そこから出てくる感想などは大抵チラシの裏になってしまう気がしてます。
個人のブログなので、それもよしなのかも知れませんが、だったらマジでチラシの裏に書いとけよって話なのでw

明確な答えというものは存在しないと思いますが、せめておはぎさんがアニメを純粋に楽しめるようになって頂きたいなと思いました。

[ 2013/05/28 14:03 ] [ 編集 ]
前略 すでにコメント欄が盛況ですが、私も私見があったので記事にしました。読んでいただければ幸いです。草々
[ 2013/06/01 16:29 ] [ 編集 ]
将来クリエイターになろうと考えているなら厳しく見ることも有用だろうけど、一視聴者にすぎないなら楽しんだもの勝ちだと思う。
イライラカリカリしながら無理して見ても誰も得しないし。
[ 2013/06/01 18:52 ] [ 編集 ]
おはぎさん、初めまして。

コメント欄で様々な議論が交わされてますが、私が思うのは「アニメは娯楽である」という事です。
別にアニメをバカにしてるとか軽視してるとか、そういう意味は全くありません。ただ、娯楽なのだから肩肘張らずゆったりと楽しむのがいいですね。

まずはいいとか悪いとか、そういう事は一切抜きにして純粋にダラダラ鑑賞する。そういう姿勢が一番いいと思います。
その上で、面白ければ面白い、つまらないならつまらないとざっくり評価すればいいのではないでしょうか?

まあ、アニメに関する詳細なレビューを書きたいという方もいらっしゃるでしょうし、私の考えはあくまで一つの意見として捉えて下さい。
[ 2013/06/02 10:33 ] [ 編集 ]
アニメ作品をただ見るだけならどう思おうとどうでもいいのですが
公の場で批評・評論を書く場合には「何のために」書くのかを
はっきりさせる必要があると思います。
自分が感じた感情の起伏を読み物として人に読ませるにはそれなりの文章力が必要ですし
人に伝えたい・訴えたい何かがある場合には(つまり批評・評論に公性を持たせようとするなら)その言わんとしている内容に公性と説得力が必要になります。

作品の評価はその作品がプレゼンされた時点での時代性や社会性の中で決まってくるはずで本来はこの横軸の関係性の中でその作品の位置づけをするのが公性を伴った鑑賞法だと思います。

片や過去との作品の相対(縦軸)で見るなら、それはその人がどういう作品を見てきたかと言う個人的な情報に左右されるので、それはあまり公性を持たないと思います。
この主観で批評・評論を書いても「それはおまえの個人的感想だろうが」と思われるのは仕方ありません。

アニメ(を初めとするフィクション全般)をどう見ようと個人の勝手ですが
それを批評・評論の形で表に出す場合はスタンスを決めなければならないと言う事です。
そして、きちんと自分の中の評価軸に統一性を持たせなければ説得力は生まれません。
ダブルスタンダードは基本NGです。
そして、数多くのフィクションの中からなぜアニメと言うジャンルを選んだかを
突き詰めて考えれば、何のためにアニメ評論をするのかという基盤も見えてくると思います。

私は今のアニメは日本国内のアニメファンにだけ受ければいいと言うのなら今のままでも問題ないと思いますが、世界戦略を考えた場合、このままでいいかと言うと非常に疑問です。

[ 2013/06/02 12:17 ] [ 編集 ]
↑薄給で必死に創作に携わっている今のアニメーター達や業界に世界戦略を考える余裕なんてあるんですかね?

仮にアニメの将来を憂えるのであれば、そういう方こそ業界に多額の出資をするなり、アニメーター達の労働環境の改善に動くなり、あるいいは自身がアニメーターや監督や製作進行になって現場に入り、現状に一石を投じるなどして実際に行動を起こすべきだと思うのですが。

アニメに関わらず批評というものを否定はしません。ただ、それ専門に研究している専門家ならまだしも、ネット上で批評や評論をしている人の多くは所詮素人ですし、しかも誰かに頼まれた訳でもないのに自分の意見をずらずらとぶちまけるわけですから、そこに如何なる理屈を付けたところで、本質はただの自己満足だとは思いますね。それを読んだところで、暇つぶしにこそなれど、批評としては大した参考になりはしないとは思います。

批評や論評のスタンスは人それぞれですが、個人的には、どんな作品であっても良いところと悪いところをそれぞれ見いだせるのが好感の持てる批評かなと思います。反対に、余りにも酷評・否定が多い批評は正直いかがなものかとは思いますね。負の側面ばかり目に付くのであれば、前の人の言葉ではありますがそれこそ「他に熱中出来るものを探した方がいい」んじゃないかなと。
[ 2013/06/02 14:04 ] [ 編集 ]
俺は楽しみながら見るタイプかな。アニメに限らずフィクション作品は基本的に娯楽だと思っているので。もちろん、作品のテーマや訴えたい事、演出意図なんかには素人なりに考えたりするけど。

作品を厳しめに評価するスタンスはアリだとは思うけど、それだけの批評眼を持っている(と思っている)なら、ただ口を開けて新しい作品がえられるのを待つばかりじゃなくて、自分で満足のいく作品を作ったら?って思うことはあるな。 
批評するのと実際作るのじゃ天と地ほども差がある事がわかるだろうけど。
[ 2013/06/02 17:30 ] [ 編集 ]
物の美を見るには見を先にし知をあとにする。
之が逆になれば物の美を見ることはできない。
[ 2014/03/28 04:22 ] [ 編集 ]
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