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あいまいみーにおける死とゲーム的世界の関係 

あいまいみーを全話再視聴。

改めて見返すにあいまいみーは、キャラの形が人間から別のものに変わり、
そしてよくキャラが死ぬ作品だ。今回はこの事について考えてみたいと思う。

aimaisi001.jpgaimaisi000.jpgaimaisi003.jpgaimaisi002.jpg

この人間の形が変わる、異形になるのはミイの役割であることが多い。
※右上の餅になった坂西以外は全部ミイ

aimaisi-1000.jpgaimaisi-1001.jpg

また死に関しても、唐突にナレーションで「死にました」や「全滅した」と
オチをつけるケースが2回あり、12話では怪獣に全員食べられ死ぬオチだった。
最終回ではミイが死ぬが、ツボに入ることで生き返った。何でもありの世界。

こうした形が変わっても、死んだと言われても、
次回では元通りに戻っている。なぜだろうか。

以前にあいまいみーは理屈を超え、生死も超えたアニメ。という記事を書いたが、
ここでは理屈を超えてという言い方をしてみた。

確かにギャグものだから何でもありで笑いを取るためという言い方もできるのかもしれない。
ただきちんと本編を振り返るに、
この作品の死(人の形が変わる)の扱い方はEDにヒントがあるのではないかと思う。

aimaisi-2002.jpgaimaisi-2003.jpgaimaisi-2000.jpgaimaisi-2001.jpg

EDでは各ゲーム内で動く各キャラが死にゲームオーバーとなるオチだ。

ここで私は、本編の死もEDのゲームオーバーは
等価な扱いをしているのではないかという仮説を思いついた。
つまりアニメ本編も一種のゲーム的世界なのだ。

ゲームの特徴の一つは死んでもコンティニューできること。
だから最後に死んでも、次回にコンティニューすれば
ゲームのやり直しのように元に戻る。

あいまいみーの本編は死んでもゲームオーバーになっても、コンテニューすれば元通り。
そんなゲーム的世界なのではないだろうか。
この事を補強するために、本編ではファミコン時代のピコピコ音を彷彿とさせる音楽が流れ、
最終回ではツボに頭を突っ込んだミイがドット化して世界を走る。

手描き作画のキャラがシームレス的にドット化する。
あいまいみーの世界はアニメ的な絵(作画)とゲーム的な絵(ドット)が等価なのだろう。

まとめ

あいまいみーのEDはこの作品がゲーム的世界であることをわかりやすく示す
ヒントを与えていたのだなと感じた再視聴だった。
 
そして何よりこの作品はゲーム的世界のもとで
何でもありに自由闊達に振舞うキャラクターの行いが
面白いことを改めて感じることができた。健康最高!
 
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[ 2013/07/15 21:25 ] ニュース | TB(0) | CM(1)
そんな事考えたことなかった・・・・言われてみれば確かにそうですね
考察すごいですね・・・
[ 2013/07/16 21:53 ] [ 編集 ]
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