作品から自分にとっての真実を盗むこと-アニメ鑑賞怪盗紳士論 

「押井守全仕事-増補改訂版」という
うる星やつらからアヴァロンまでの押井守監督についての仕事を総括した本がある。



この本の中にはアニメ評論家の藤津亮太さんの記事があり、
読み返したらアニメの見方に対する面白い考えが書かれていた。

ただし一つ断っておかなくてはならない。僕は、押井守が自動車に込めたものは何か、といった推理をここで展開したいわけではない。監督やスタッフの隠れた意図や動機を解き明かそうなんていう探偵じみた追求はどうでもいい。僕は探偵ではなく、できれば怪盗でありたい。映画の正義や真実というものには敬意を払いつつも、自分にとってその作品中一番重要だと思えるアイテムを必ず手に入れる映画の怪盗紳士。それが僕の憧れる映画との関係だ。

出典「押井守全仕事 増補改訂版-実写監督・押井守論 スクリーンプロセスの彼方へ」(キネマ旬報社・2001年)

自分にとってその作品中一番重要だと思えるアイテムを必ず手に入れる映画の怪盗紳士。

なんて素晴らしい表現なのだろう。
私みたいな素人が、もしくは多くの人がモヤモヤと漠然と抱いている
考えや言葉にできないことをズバッと言語化した文章。
こうした文章を読むと、評論家の凄さを改めて思い知る。

ちなみに藤津さんは映画と言っているが、
これはアニメでも漫画でも小説にも置き換えられるだろう。

私もこの文章を読んで改めて気づかされたように、
自分にとっての真実、もしくは重要なことを作品から盗むこと。
これが作品と自分の関係において、私が目指したいスタンスの一つだとハッキリわかった。

作品が自分に何かを与えてくれるという態度より
むしろ自分が作品から盗むぐらいの方が、発見は多いのかもしれない。

作り手の意図は作り手の意図として厳然にあり、
これらに敬意は払いつつも、
一方で受けての想いは受け手の想いとして厳然とある。

この作り手と受け手の想いのぶつかり合いによって作品は鑑賞され、
作品が作品が語られていくわけだが
一視聴者として、アニメを含めて作品に対しぶつかりながらも、
自分にとっての真実を作品から盗める怪盗でありたいと思う。
 
あとはどう作品から盗むか。
盗もうと思っていても、盗む力・技術、何より盗みたいという心意気がなければ盗めない。
まずはどうしたら盗めるかを考えてみたいところである。

ちなみに「押井守全仕事-増補改訂版」には
藤津さんの記事が3本あるのだが、どれも読み応えがあり面白い。
藤津さんの押井論の一端は、この本にかなり収録されていると思う。
 
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[ 2013/07/29 20:56 ] ニュース | TB(0) | CM(0)
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