アニメ監督の制作現場の作り方-富野由悠季・宮崎駿・押井守 

はじめに

アニメの監督の仕事とは何か。

まず視聴者なりに、アニメ監督の仕事内容をざっと挙げてみるとしてみると
本読み(脚本の打ち合わせ)、各話のコンテチェック、各話演出担当との打ち合わせ
アフレコ立会、編集などなど、仕事の内容は多岐にわたるのはなんとなくイメージできる。

こうした具体的な業務以外にも、監督の仕事はあるのではないか。
それは「制作現場の環境作り」である。
この事を気づかせてくれたのは、「栄光の80年代ロボットアニメ」にある
河原よしえさんが書かれた「80年代ロボットアニメ監督たちの素顔」という記事だった。


※栄光の80年代ロボットアニメ (タツミムック)

河原よしえさんは1975年にサンライズに入社し、製作現場の各作業補佐及び広報素材整理、
その後は設定や広報、脚本などを手がけたキャリアを持ち、
1980年代のサンライズの現場を間近で見てきた方だ。
この記事で河原さんは、富野由悠季監督について取り上げている。

今回の記事では、富野由悠季監督、宮崎駿監督、押井守監督のお三方の
「制作現場の環境作り」のエピソードを取り上げて見たい。

富野由悠季監督の現場作り

富野由悠季監督は「戦闘メカザブングル」を制作時に
富野監督は制作現場のスタッフを呼ぶ時は、
相手の年齢は関係なく「さん」「君」など敬称を付けるように指示したという。

この指示の意味を河原さんは、日本のアニメが社会に通用するためには
まず制作現場も社会に通用するような場所にしたかった
のという想いが
富野監督にあったのではないかという指摘をしている。
80年代からメディアに積極的に登場し、
アニメの地位を上げようとしていた富野監督の姿勢がここでもわかる。

また、河原さんは「勇者ライディーン」制作時には、
殆どのスタッフが制作現場が汚れやすい環境のために
ジーパンなど汚れてもいいような服を着ていたのに対し、
富野監督は、シャツにネクタイという社会人的な服を着ていたという。

以上のように、富野監督は「絵コンテ1000本切り」といった圧倒的な仕事量が目立つが、
こうした現場での振る舞いも、アニメを実際に作る「制作現場作り」の一環でなのだろう。

宮崎駿監督の現場作り

宮崎駿監督の「制作現場の環境作り」に関しては「宮崎駿の世界」という本で
押井守監督と上野俊哉さんの対談記事で押井監督が以下のように語っている。


※宮崎駿の世界 (バンブームック)

押井 あの人は細かいことまで全部面倒見るんですよ。それこそ、皆が弁当を食う食堂があそこにあるわけだけど、そこに大きな鉢があって、そこにインスタントみそ汁が山ほど積んでいるわけね。好きに飲んでいいわけ。そういうことも全部あの人が全部指示するわけですね。当時、そこでしか飯食っちゃいけなかった。自分の机で飯食わせない。あめ玉しゃぶっても怒る。煙草吸いながら仕事するなんてのは、一〇年早いっていうさ。新人は、もちろん、食べながらとか、吸いながらとか一切させないんですよ。飲むくらいさせるだろうけど(笑)。基本的には学校というかさ。僕は道場だって呼んだんですよね。もちろん、就業時間も厳しい。ちゃんと一〇時までに入れとか。

押井 例えば、アニメーターをどこに座らせるかもあの人が決める。定期的に入れ替えるんですよ。固定はしない。絶えず、動かす。何ヶ月かすると、必ず配置替えするんですよ。だから、人間関係を見ているんですよ。あいつとあいつは隣に座らせるとか、あいつとあいつは離すとかね。-宮崎駿の世界より 

以上の押井監督の証言から察するに、宮崎監督はスタジオジブリにおいて
原画チェックといった多忙な業務を抱えつつも、
スタッフの席場所、食事、仕事の態度までの管理を行い、意見を出しているようだ。

また「千と千尋の神隠し」のメイキングビデオでも、
社員にインスタントラーメンを作り振舞う宮崎監督の姿が描写されている。

こうした宮崎監督の制作現場の環境作りを押井監督は
「スターリニズム」であり「教育」であり「外部注入」だと指摘
している。

一方で、全権支配的な宮崎監督にはしたたかな一面もある事を指摘している。

押井 どういうことかっていうと、宮さんといえでも、ジブリには逆らえないスタッフはいるわけだよね。そういう人間を地盤にしてものを作ってるってことは、自分でも十分自覚してるんですよ。だから、あの人のシステムの作り方っていうのは、誰を大将につけるか、誰は誰の言うことを聞くのかっていうこと。そういうヒエラルキーをベースにシステムを作ってるんですよ-宮崎駿の世界より

このジブリで逆らえないスタッフというのは、色彩設計の保田道世さんのことだが、
宮崎監督はこうした人間関係や状況も抱えながらも、
自分なりに理想的な現場を模索しながら作品作りを行っているようである。

押井守監督の現場作り

対して押井守監督は自分の制作現場の環境作りを「宮崎駿の世界」で以下のように語っている。

押井 僕はこのI・Gというスタジオでどういう現場を作ろうかっていう時に、ジブリであってはならないんだっていうさ。僕は現場でも公言しているし。「ここはジブリじゃないんだ。作品を誇るべきであって、スタジオを誇るべきではなんだ。」って。どんな人間だろうが、どんな仕事の仕方だろうが、要求したことに応えてくれるのであれば、それでOKだと。夜中に来ようが、家でやろうが。どんなに、極端な問題児であっても全然問題ない。現場が僕と同じことを考える必要はないんであってさ。そこら辺で教育する必要もなければ、全然違う意見を言っても構わないよって。何かあったらいいに来ればって。いつでも相手するぜ、っていうスタンスなんだよね。-宮崎駿の世界より

押井監督はスタジオジブリを仮想的にして、自分の現場を作ったようである。
スタッフにはどんな仕事のスタイルでも構わないと、意見があれば自分に言ってくれと
押井監督は言っているが、弁の立つ押井監督と意見するのは大変だろうなぁと感じる。

まとめ

社会的に通用する制作現場にしたかった富野監督。
食事など、細かい所にも気を配った宮崎監督。
成果が得られれば良いとした押井監督。
 
以上、3人がそれぞれの環境作りについて立ち振る舞いをしているが、
どれが正しいかどうかはともかく、それぞれの現場の環境作りが
引いては作品内容にも影響しているようにも感じる。

とは言っても、環境づくりは作品ごとで変わっていそうだが。

アニメは多くのスタッフが長い時間を掛けて作っていくだけに、
実際の制作現場をどう作り上げていくかが大事だろうし、
制作現場の空気自体が、そのアニメの作風にも繋がっていくのだろうと思う。

一視聴者としては現場を知ることはできないが、
想像するに、アニメーターさんや演出家さんの多くがフリーであり
作品ごとで現場を作る意味においても、現場作りは大切なのだろう。
 
関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加 follow us in feedly
[ 2014/02/02 19:02 ] コラム | TB(0) | CM(1)
神山 健治監督があまりに押井監督の影響を引きずりすぎている点の方が
気になる
[ 2014/02/03 01:40 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する