富野由悠季と小田原と東京-富野アニメにおける故郷探しの物語の観点から 

はじめに

富野由悠季監督の「Gのレコンギスタ」が今年度中に発表される。
富野監督は「Gレコ」でどんな物語を描くのか。

そんな富野作品にはある物語作りの傾向がある。
それは、ある場所から故郷・祖先の地へ、元の所へ戻ろうとする物語を描く点だ。

先祖返りの物語

特に近年の作品では故郷、祖先の地へ戻る物語の傾向が強い。

「∀ガンダム」では月から地球へ帰還するディアナ。
「キングゲイナー」ではウルグスクから故郷の地ヤーパンへエクソダスする人々。
「リーンの翼」ではバイストンウェルから日本へ戻ろうとするサコミズ王。

一方で「Vガンダム」のように故郷カサレリアを出発し、
最後には再びカサレリアに戻る作品もある。

これらの作品で共通するのは、移動する物語であり、
ある場所からある場所へ向かう物語であるということだ。

富野監督自身も、故郷へ戻りたい物語を描いてしまう事を自覚しているようだ。
それは富野監督が「キングゲイナー」が始まる前に放映局のWOWOWで放映された
「富野由悠季最新作『キングゲイナー』が出来るまで」に出演した時に
以下のように語っているからだ。


水本早苗(番組司会)「あのちょっと思ったんですけど、前作ターンエーでは月の住人が故郷を求めて地球にやって来たい。そしてこのキングゲイナーでは、やっぱり先祖が代々住んでいた土地っていうのを求めて、そのあの要するに原因はね、いろいろあると思うんですけど、先祖の住んでいる所を内心ちょっと行ってみたいな、っていうこの移動のなんていうんですかね魅力、ああいうことに取り憑かれた人々っていうので、ちょっとまぁ共通するテーマっていうのがあると思うのですけど。」

富野「あのー、実を言うとその部分は、その原作の立場に立った時に似たようなモチーフでやだなと思いました。えーだからといってそれやっぱりその無理に違うテーマを見つけて作るのも、えーと無駄なことなんじゃないかっていうふうに思ってます。それはどういうことかと言うと、今の時代は本当に皆さんもご存知のようにかなり不安定な時代になってきている。その原因を考えた時に、あの今も仰られたような、その先祖返りしたい部分や自分が元々持っている何かみたいなのを知りたいとか、それとは逆にそうじゃなくて絶対にもう現状維持のまんま、っていうそういう人達の、何ていうのかな気分ワサワサワサって出てきて、一つのものに統合されない時代が来ているのが、それこそ21世紀だと思うんです。こう言った時に、こういうようなモチーフから作られる物語っていうのは、ひょっとしたら時代性を持ったものなので、必ずしもその、うーん僕は物語の発想が狭いからこうなんだとも思えない部分があるっていうのがありまして、うーん地球でのつまり逃亡劇みたいなものをやってみたいなっていう風に考えました」

※出典 WOWOW:富野由悠季最新作「キングゲイナー」が出来るまで

こうしたある場所から故郷へ戻りたいというモチーフだけでなく、
ある場所からある場所へ移動する・転々する、
水本さんがいう移動の魅力を描いた物語は、
「海のトリトン」「無敵超人ザンボット3」「機動戦士ガンダム」でも描かれてきた。
特に「機動戦士ガンダム」は、「僕には帰れる場所があるんだ」というアムロのセリフが
象徴的ではあるが、最後に帰る場所を見つける物語であったことでもわかる。

なぜ富野監督は、この帰る場所の物語、先祖の土地返りの物語を描くのだろうか。

富野監督における出身地小田原と東京

富野監督の出身は神奈川県小田原市である。
元々両親は東京に住んでいたようで、小田原に住んでいたのも親の仕事の関係。
しかし少年富野は、親が小田原に寄留しているような態度で生活しており、
つまり小田原に根ざして生活していなかったので、
小田原を故郷であると感じることができなかったようだ。
この事は「だから僕は」でも語られている。

地つきの人間。
小田原の僕の育った周辺で言われる言葉である。差別語に近い。
他所者がなかなかなれることできない……それは、地方にいけばどこでも同じといえるのかもしれないのだが、僕の家族は余所者であったから、地つきの人に違和感がなかったとはいえない。だから、僕は小田原を捨てられると考えたのだ。

※出典「だから僕は」著:富野由悠季

こうした少年時代の経験が、故郷を感じられない富野喜幸(由悠季)を醸成し、
故郷に戻りたい、先祖の地へたどり着きたいという、物語を生み出す下地になったと思う。
それは、富野監督が出身地であるが故郷として思い入れられない小田原と、
両親が出身地、故郷だと思う東京という二つの場所に引き裂かれたともいえる。
だから、ある場所(小田原)からある場所(東京)へという物語作りに
監督の作劇が自然に流れていったのかもしれない。

もちろん、このことだけが全てではい。その後の富野監督のキャリアを見ると、
まず虫プロへ就職し、鉄腕アトムの演出を手がけた後に退社。
そしてCM会社へ就職し、専門学校の講師をやりつつ、再びアニメ業界へ復帰。
復帰後は、様々な作品で圧倒的なスピードで絵コンテを切る
「コンテ千本切りの富野」としてサンライズに拠点を置くまでは各会社を渡り歩いた。

ガンダム以前は、流浪性が高いキャリアであったことがわかる。
この転々としたキャリアもあって、人が移動する事は富野監督にとっては
当たり前のものとして、物語を作ってきたのではないだろうか。

まとめ

富野監督が韓国で

「物語を創作する秘訣?簡単です。地球と月の間の距離さえ感じれればいい。」

参考:TOMINOSUKI / 富野愛好病 富川映画祭 富野由悠季監督関連ニュース紹介 その2

と語っているが、この月と地球というのは、私には小田原と東京のことであるようにも思える。
つまり小田原と東京の距離を感じるのが、富野監督の作劇なのかもしれない。

こうした小田原での少年時代から高校生までの体験と
アニメ制作の様々な会社で仕事をしたキャリアが
先祖の地へ帰る故郷探し、移動の魅力の物語という
富野監督の物語の作劇を決めてきたのではないかと思われる。

何にしてもここ数作の、2000年代の富野作品は故郷へ帰ることが主題だった。
さて2010年代の「Gのレコンギスタ」はこの故郷へ帰るテーマをどう継承するか
もしくは移動の魅力の物語をどう描いていくのか期待して見ていきたい。
 
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[ 2014/06/01 15:03 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)
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