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視聴者参加型アニメとしての「ラブライブ」の魅力‐現実と虚構の関係性において 

はじめに

昨日「ラブライブ」好きの方々と話をしていて、その中でライブ映像を紹介された。
私はこのライブ映像を見て「ラブライブ」のアニメの人気・強さの理由の一端がわかった。
それは「ラブライブ」が参加型のアニメ(コンテンツ)である事だ。
今回の記事ではこの事について書きたいと思う。

アニメを見る楽しみ・アニメに参加する楽しみ

紹介されたのは「ラブライブ」2期9話でも歌われた「Snow halation」のライブ映像。



声優さん達の後ろにあるモニターではこのライブのアニメPVが流され、
アニメのキャラクターとしてのμ'sとアイドルとしてのμ'sの振付が見事にシンクロしていた。

私はこの映像を見て、アニプレッションという同人誌で
「アニメには見る楽しみ、語る楽しみ、参加する楽しみがある」と書いたことを思い出し、
μ'sのライブは「アニメに参加する楽しみ」の一つの形態であると思った。

声優アイドルとしてのμ'sという現実。
アニメキャラクターとしてのμ'sという虚構。
この現実と虚構のμ'sが声(声優)という共通点を媒介に入り混じる事で、
ライブの参加者は「ラブライブ」に対してより強くシンクロしていく。

2月9日の公演で歌われ、そして2期9話で「Snow halation」が流れる。
このライブの参加者にとって、2期9話は格別の回になったと
ラブライブ好きな方々はお話されていた。

ライブによってアニメをより楽しめるという点で、
「ラブライブ」のライブは「アニメに参加する楽しみ」を体現していたと思う。
私はアニメ本編を視聴するだけがアニメを楽しみ方ではないと思っていたが、
アニメに参加する楽しむ点が、ここまで上手く昇華されている事に驚いた。


私はこのライブ映像を見て、現実と虚構が入り混じる点を感じたことにおいて、
漫画「あしたのジョー」における力石徹の葬式を思い出した。
ただ力石の葬式は、漫画の展開によって生まれた、虚構の現実化であるのに対し
μ'sのライブは、アニメキャラクターのμ'sと声優アイドルのμ'sが一緒に歌い・踊る
相互関係で成り立つ点で、現実の虚構化であり虚構の現実化でもある。
この相互関係をアイドルとアニメで結んだ点が見事だった。

まとめ

「ラブライブ」は現実でもあり虚構でもある。

このライブ(現実)とアニメ(虚構)がシームレスに繋がる点が
「ラブライブ」というアニメ・コンテンツの最大の強みだとこのライブ映像で知った。
そして「ラブライブ」が成り立つのも、アニメ本編を視聴し、
ライブに参加する参加者の存在があればこそだと思う。
それはアイドルは参加者がいなければ成立しない存在だからである。

電撃G'sマガジンの読者参加型企画という要素も、
参加型としての側面を支えていると思う。
 
いよいよ佳境に入った「ラブライブ」。卒業と終わりを描く今後から目が離せない。
 
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[ 2014/06/22 08:02 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
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