11月18・19日のちちぶ映画祭でアニメツーリズム協会のシンポジウムが行われた。
シンポジウムの冒頭、協会会長の富野監督から挨拶があった。

挨拶の内容として開催場所の秩父という事から
「あの花」「ここさけ」の脚本家の岡田麿里さんへの言及があった。
(富野監督は直接岡田さんの名前は出してはいなかったが)
そこで
富野監督は岡田さんと一緒に仕事をしようと思った時期もあり
岡田さんと付き合ったこともあると話していた。
10月22日のアニ玉祭でのアニメツーリズム協会の講演会でも
富野監督は岡田さんの自伝を読んだ上で言及していた。
それは「あの花」「ここさけ」と聖地巡礼の勉強のために
富野監督は岡田さんの自伝を読んで岡田さんを知ったのだと思っていた。
ただ自分の作品に関わっていない脚本家について言及するのは
極めて珍しいとは思っていた。そうではなく知人の本として読んだのだとわかった。
富野監督と岡田さんが一緒に進めていた仕事は気になる。
表に出ている企画ならGレコだが、そうでなければわからない…。
富野監督はアニ玉でもちちぶ映画祭でも
岡田さんに対する言及内容は一緒だった。
その内容は以下のように要約できる。
"自閉症だった彼女がアニメの脚本を通して
客観的に秩父を描くことで、自閉症を脱して大人になれた。
アニメを作るときは客観的に対象を見られる。
アニメの性能はリアリズムを見直す時に良いのではないか。"
富野監督は岡田さんが故郷の秩父をアニメを通して描いた時に
自閉症を脱して大人になったことにとても興味があるようだ。
それは富野監督自身も故郷の小田原に複雑な思いを抱いているからだろう。
共通しているのは富野監督と岡田さん共に
若い頃に故郷が嫌だった時期があり
上京してアニメの仕事で成功を収めてきたこと。
岡田さんの故郷に対する思いに
富野監督はシンパシーを覚えたのではないかと推測する。
故郷秩父を舞台に少年少女の等身大の青春を描いた岡田麿里。
遥か未来を舞台に故郷へ帰還する物語を描いた富野監督。
この二人の仕事を故郷を通して見ると新たな視点を得られるのかもしれない。
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