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「機動戦士ガンダム0080」のリアリズムと磯光雄の作画 

「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」は、
富野由悠季では描けないものを目指していたのではないだろうか。
あるいは富野とは違うリアルを描き出そうとしていた。

それは少年アルから見えた世界。
ニュータイプがいない等身大の人達の物語。
正義も悪も連邦にもジオンにも肩入れせず、
ただただ少年に戦争のリアルを突きつける。

誠実に丁寧にアル達の生活と営みと行動を描き出す事で、
臨場感と迫真性を生み出し、物語の説得力を与えた。
この試みが成功したのは、
1話冒頭の北極の連邦軍基地襲撃の作画によるものだと思う。

0080iso-2.jpg

当作画は磯光雄が主に手がけたのは知られている。(全てではない)。
磯が目指したのは存在感・実在感のある、
さも自分自身が体験させられているかのような臨場感ある作画。
(本人曰く「やはりその場にいて、こういう状況に遭遇したら何がどう見えるかを想像して描いていました」)
この作画が0080を支えるリアルがあったのではないだろうか。

つまり1話冒頭の作画が作品の方向性を指し示したと思う。
磯作画の実在感と臨場感とスケール感が物語冒頭で示されたから、
0080の物語は最後まで強いリアリズムに支えられた。

全6話を見返すと、1話の磯の作画がそこまで浮いているわけでもないことに気づく。
凄いアニメーターの作画は、作品内から浮く傾向もあるが。
0080は極めて作品及び物語の方向性とマッチし寄り添った作画なのだと思う。

さらにいえばヒーロー的に魅せるケレンの印象の作画でもなく、
肩入れしないドキュメンタリー的に魅せる作画だったからこそ
連邦でもジオンでもない少年アルの目線に立った作劇ができたのだろう。
 
作画のエポックとして見られやすい1話冒頭のシーンは
作品の方向性にも極めて貢献していと見返して感じられた。
 
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[ 2018/03/27 21:08 ] ニュース | TB(0) | CM(0)
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