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火垂るの墓-過去から現代を描く物語 

「1945年9月21日僕は死んだ」には理由がある。

裕福な家庭環境が故にプライドが高く他者を拒絶し、
自分に都合が良い刹那的な選択を行い、肉親だけの閉じた世界に篭もり
その為に死んだ清太の姿は、現代(1980年代)の子供に通じるものがあるのではないか。

以上のような視座に立つことで、
火垂るの墓を描く意味を高畑監督は見出したのだろう。
言い換えれば火垂るの墓の時代を描くことは今を描くことに繋がる。
そして清太の姿を通して今はこういう時代でもあるという事にも言及していたのであろう。

その清太の姿を描くには確かな観察に基づいたアニメーションでなければ成立しない。
生活する人間の細やかな所作・動作を丁寧に拾い積み重ねるアニメーションによって
人間(キャラクター)を描けるという信念に基づいて行われているように思える。
そのアニメーションが描けるのは近藤喜文しかいないという確信の元、
高畑監督は近藤喜文の参加を絶対的な課題とした。

他者を拒絶し、閉じた世界に逃げれば死ぬ。
火垂るの墓に辛い・悲しい・怖いと感じてしまうのは死という結果より
清太の行動にみえる人間が生来持っている他者への拒絶心や刹那的思考を
視聴者にも感情移入をさせるより前に当時の神戸・西宮に降り立たせて
冷徹にまじまじと見せつけるように描いているところにあるのではないだろうか。
(一方で幽霊の清太も舞台に立たせている)

火垂るの墓は過去の問題を扱ったというより、
過去の物語を通して現代の問題を扱う作品だと思った。
それはラストカットの幽霊の清太と節子が
小山から人工の光に照らされた神戸のビル群を見ている姿で感じられた。
 
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[ 2018/04/14 17:24 ] ニュース | TB(1) | CM(0)
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火垂るの墓に関するアニログです。
[2018/04/14 22:38] anilog


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