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石原プロにみる 現実と虚構の境界線 

石原プロモーション制作のドラマを見ていると
現実と虚構の境界線がわからなくなることがある。

例えば西部警察の爆破やカーチェイス。
作品上・物語上からみれば虚構だが、
爆破・カーチェイス自体は現実に起こったことである。

さらに爆破の対象が
ステーキのあさくまの店舗や広島市電といった実在するものを
そのまま使うから、虚構において現実が侵食してくる感じを受ける。

そして爆破は日本のTVドラマ屈指に爆破に力を入れているため、
爆破規模・爆破対象・爆破までの段取りが半端なく、
現実で起きている虚構の中での爆破なのに、
爆破が凄すぎて現実を超えた爆破であるかのように感じてしまう。

地方ロケ編になると、タイアップの企業名をセリフにし
企業の社長を登場させ演技付けも何もなく喋らせる。
(宝酒造の大宮隆社長等々)

西部警察は虚構の中に現実を突き刺してくる。

特に際立った例として、
最終回で主人公大門刑事部長(渡哲也)が殉職し、
その亡骸に上司木暮課長(石原裕次郎)が大門に話しかけるシーンがある。

「疲れたろ だから眠ってるんだろ、お前。ええ違うか」
「頼む。一言でいい。なんとか言ってくれ。言ってくれ」
「俺はなぁお前さんのことあんたのこと弟みたいに好きだった」
「ありがとう ありがとう」

以上のように木暮は大門に語りかけるが、全て台本にないセリフ。
関係者の証言によると、これは石原裕次郎が渡哲也に対する
個人的なメッセージだという。

渡個人としては不本意な部分もある西部警察という仕事に対し、
5年も会社のために付き合わせてしまった石原の懺悔もあるという。
渡は石原に対し蟠りもあったようだが、
セリフを聞いて石原への今までの鬱屈したものが氷解したという。

このシーンだけ見ると、西部警察という虚構ではなく
石原と渡の個人的なやり取り・現実をTVで見せる形に昇華しているのではないか。


石原慎太郎の小説「弟」を石原プロがTVドラマ化した際も、
特に裕次郎が俳優になって以降及び晩年の闘病生活になると
渡が石原慎太郎になり、館が裕次郎の医者となり、
当事者たち(渡・館)が現実で起こったことを虚構として演じていることに
妙な感じを覚えたものだ。

逆にいえば過剰にもみえた石原裕次郎の十三回忌や二十三回忌は
法要をショー化する、現実を虚構化するような試みになってしまったようにも感じる。

石原プロ制作に度々みられる虚構と現実の境界の曖昧さが
私にとっては魅力に映っていると思う。
石原も渡も小林(専務)も、制作物を虚構としてではなく現実として受け止めていた
企画と現場と役者が密・一体になっていたといえるのかもしれない。
 
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[ 2020/08/18 22:38 ] ニュース | TB(0) | CM(0)
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