喪失と結びから観る「君の名は。」 

大ヒット映画、新海誠監督「君の名は」。

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本作では幾度と「結び」というキーワードが語られる。
そして新海作品に通じる「喪失」の物語であった。
今回はこの「結び」「喪失」から「君の名は」を考えてみたい。

「結び」のモチーフ性

まず空の上で二つに別れた
彗星の軌道(動線)こそ、
瀧と三葉の二人の「結び」の最たる象徴だった。
※上の画像が象徴的。

また瀧と三葉でやり取りされた携帯端末のやり取り
※LINE-線-糸

糸守という「糸」の名前。

三葉が瀧に飛騨から東京へ迎う間で生まれる動線、
瀧と三葉が互いを探しに、糸守のご神体ですれ違う動線
※動線を糸に見立てる

物語最後で、瀧と三葉が互いに乗る電車ですれ違うのも、
電車を糸として見立てれば、全て「結び」の一種だと思う。

幾度も幾度も、携帯端末、二人の動線、電車、といった「結び」を通して
瀧と三葉が、組糸のように繋がっていく物語であった。

瀧の腕に付けている紐。
瀧と三葉の身体が入れ替わること。
物語の謎が、一つに結ばれ昇華し、
最後は「名前」というコードを通して、二人は「出会う」資格を得る。


過去の新海作品と君の名はにある「結び」

また過去の新海作品と「君の名は」の間での「結び」という側面もあった。

「言の葉の庭」の雪野百香里が登場(CVは花澤香菜さん)。
もしくは瀧と奥寺に見られる、年上の女性に憧れる年下の少年の関係性。

「ほしのこえ」のウラシマ効果的な、時間軸の違いで生まれる悲劇。

「雲のむこう 約束の場所」で見られた“夢からの目覚め”と符合する
瀧と三葉の入れ替わり(二人共、最初は夢だと思っていた)

「秒速5センチメートル」のラストシーンを彷彿とさせる、瀧と三葉が出会う場所。

「星を追う子供」のビジュアルを彷彿とさせる、糸守のご神体とその周辺。

最後に、瀧の家にあった新海さんが描くネコをあしらったマグカップ。

自身の過去作品のモチーフ・要素・設定と新作を「結び」つける。
その行為は集大成的ともいえるのかもしれない。

私自身、新海さんは前作の問題点を検証し、
新作に反映されるスタイルだと思っている。

作中でも一葉おばあさんがいっていた
過去の宮水家の人間には入れ替わりの現象があり、
このことを聞いた三葉が彗星の落下を教えるためにあったこと。
(一葉⇒二葉⇒三葉・四葉、という名づけ方も、繋がり「結び」を感じる)

このシーンのやりとりは、
過去の作品があったからこそ、今の作品(君の名は)があるメタファーのようにも思える。

こうしたスタイルこそ過去と新作を「結び」つけるといえるのではないだろうか。

「喪失」と「結び」

新海作品で語られる「喪失」。
「喪失」とは、手に入れられたかもしれないものを失った意味での喪失。
そして喪失を取り戻すために動く物語。

どう喪失し、どう喪失を取り戻そうとし、結局喪失心はどう決着つけるのか。
作品ごとで「喪失」の描かれ方は違う。

瀧は三葉を失っていた(糸守の崩壊=喪失)事を知り、
三葉と糸守を救ったものの(喪失を取り戻す)、
互いの存在と名前を忘れる(再び喪失)。

しかし前述した今まで瀧と三葉の二人で起こった「結び」によって
最終的に二人は出会える機会を得られたのだと思う。

「喪失」しても「結び」によって喪失からは解放される。
喪失は結びで乗り越える。そんな風に感じられた。

瀧と三葉、互いに名前を言える時が来た。
ここからが本当の二人の物語の始まり。
「結ばれたこと」を描くのではなく「結ばれるまで」を描く物語。

まとめ

「結び」とは縁でもあると思う。
飛騨のラーメン屋で瀧の絵を見たおじさんが「糸守」だと言った偶然も縁であり
過去の作品との縁があって、「君の名は」がある。

過去と現在の縁、人との繋がりという縁、こうした中に自身(新海誠さん)がいて
作品を作っているのだという決意を見せられたかのような作品だった。

瀧と三葉のお互いの思う様子に涙し、
二人が名前を呼び会える機会を与えられたことに涙した。

2010年代を代表するアニメ映画になるのではという思いと、
今後の大作オリジナルアニメ映画は新海誠さんと細田守さんが
牽引していくのではという確信を抱く作品内容だった。
 
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[ 2018/01/03 20:50 ] ニュース | TB(0) | CM(1)

富野由悠季とは何者なのか 

はじめに

富野由悠季はアニメ演出家・監督、原作者・作詞家・小説家である。

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国産TVアニメの幕開けの「鉄腕アトム」(1963年)からアニメ制作に携わり
「ガンダム Gのレコンギスタ(Gレコ)」(2014年)までに今に至る。
現在はGレコの劇場版を準備中。

老舗虫プロからサンライズに至る、
日本のテレビアニメの歴史の一つの流れを形成。
作家の福井晴敏は富野を「ガンダムを創った方」と評する。

富野由悠季が何者かと言われれば、
ガンダムの原作者というのが一番通りが良いのではないか。
でもそれだけでまとめるのは、惜しいと思う。

富野演出とは~映像の繋がりを意識した演出

富野由悠季監督作品の演出とは何か。
ベースはエイゼンシュテインのモンタージュ理論。
カットの組み合わせによって最大限の映像効果を求める演出である。
富野の著書「映像の原則」ではこの理論をベースに映像演出法を書いている。

では富野作品から演出例を挙げてみる。「機動戦士ガンダムF91」(1991年)。
主人公シーブックが鉄仮面を倒した後のシーン。

シーブックは、セシリーが鉄仮面によって宇宙に放り投げられたので、
動揺し「セシリー、セシリー」と叫ぶ。
シーブックはいつ敵機が襲ってきてもおかしくない状況ながら、
動揺の為にF91が持っていた武器を機体から放す。

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この放された武器をカメラが追いかけ、
敵側のクロスボーン・バンガードのザビーネが乗る機体が
「ガギャーン」という音とともに受け止める。
シーブックが武器を放り投げ、
ザビーネが武器を受け止める映像のつなげ方は、抜群に上手い。

なぜ上手いのか。
シーブックの動揺を描くために武器が投げ捨てられ、
ザビーネが武器を受け止めるのが一連の流れになっており
自然なカット繋ぎになっているからである。

もしシーブックが武器を放り投げて、
ザビーネが武器を受け止めずに後ろからシーブックを発見する繋ぎ方にすれば、
シーブックとザビーネに接点を持たない、繋がりが弱い映像になってしまう。

このシーンは決して本編で目立つ部分ではないが
映像の繋がりによって生まれる面白さを追求した演出だと思う。

映像の繋がりを意識する演出は、「鉄腕アトム」の頃から一貫している。
例えば180話「青騎士」では青騎士が投げた花を
カメラが追いかけた先にアトムがいる演出をしている。

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富野作品で使用される通称「カットイン」と呼ばれる画面分割の演出も、
不要なカットを割らずに映像の連続性を心がけた工夫から生まれた。

富野作品は、富野台詞や富野節、
キャラクターが死ぬ皆殺しの富野といった展開が目立つ。
基本的に富野作品は、映像の連続性を損なわずに演出し
さりげないシーンで演出的に凄いと思わせることもやるので目が離せない。

観念を映像化する富野作品

富野作品では観念やイメージをどう画面に演出するのかに心を砕いてきた。

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「機動戦士ガンダム」(1979年)ではアムロとララァが戦闘を通して、
非現実空間でお互いの思念を交流させるシーン。

ララァが死んだ直後ではアップで映ったアムロの目から大波が押し寄せるシーン。
ドズル・ザビの後ろから怨霊のような影がみえるシーン。
人の業をどう描くのか様々な試みをしている。

「伝説巨神イデオン」(1980年)は第六文明人の精神集合体であるイデを描く。
「発動篇」で、姉ハルルに殺されたカララの胎内では、
イデの力でお腹の赤ちゃんは生き続けていた。
他にも地球とバッフクラnの戦いをコントロールし続け、
形のないイデが圧倒的存在感として作品内で君臨し続ける。

「聖戦士ダンバイン」(1983年)では聖戦士のオーラ力を描く。
特に自意識の肥大化がもたらす悲劇を
ジェリル・クチビやトッド・ギネスのハイパー化という設定を用いて描いている。
(ハイパー化は今川泰宏の功績が大きい)
以上のように、富野はアニメという媒体を通して観念的なものを描き続けてきた。

富野台詞・ネーミング

富野作品における富野台詞は、言葉として意味を伝えると同時に、
音の響きを重視し映像とシンクロさせて伝える事を念頭においている。
富野台詞は富野流「映像の原則」に則った映像の連続性を考慮しながら使われる。

また富野作品はネーミングにも拘る。
映像における聞こえ方を念頭に置いた名前。
韻を踏んだような名前(ジュンコ:ジェンコ)。
ダジャレのような名前(ボリノーク・サマーン)。
ひどい名前(ミ・フェラリオ)。
富野作品のネーミングは独特のものがある。

富野監督と映像の原則

富野の著書「映像の原則」では「映像には原則がある」と主張する。
なぜこの本を発表したのか。現場に対する危機意識。
自分の考えを後世に、後進に残したい。様々推測できるだろう。

富野が「映像の原則」にこだわる理由を考えてみる。
まず富野が進学した日本大学芸術学部映像学科で映像のいろはを習得したこと。
学生時代を振り返り、富野は映像制作について自信があると思っていたようだ。

次に入社した虫プロの制作環境だ。
「鉄腕アトム」の制作は日本発の試みであり制作ノウハウが少ない。
かつ極めて多忙なスケジュール。

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虫プロは、作画枚数を極端に減らす3コマ作画や止め絵・バンクシステムといった、
最小限で効果を上げる手法を生み出す。
東映動画出身の大塚康生曰く「省力アニメーション」という
TVアニメを発明した「鉄腕アトム」の制作現場にいたのが大きい。

厳しい制作環境ながら学生時代に身につけた映像のイロハと
虫プロで叩き込まれたアニメ制作のノウハウを元に
映画として見せるにはどうしたら良いのかを富野は試行錯誤していた。

虫プロを退社後に関わる作品も、制作環境が厳しいものが多かった。
制作環境が厳しい中で、富野は鍛え上げられた。
作品や会社を問わず様々な作品に参加。通称「絵コンテ千本切り」時代である。
この間に制作環境に左右されない自身の「映像の原則」を徹底して磨き上げ、
演出スタイルを確立していったと思う。

「映像の原則」を活用すれば、厳しい制作環境のTVアニメでも映画を作ることができる。
この信念で富野は今までやってきたのだろう。次のように富野は語る。

「アニメは、その映画的なるものの一部でしかないから、僕は、未だにアニメに興味を持つことができず、エイゼンシュテインの時代のモンタージュと映像の弁証法という映像力学をもって監督するだろう。TVアニメ屋として。」(出典:富野由悠季全仕事・1999年)



人との出会い

富野演出を形作ったのは人との出会い。

まず手塚治虫。
「鉄腕アトム」で演出になりたい富野の心意気を汲み演出に抜擢した手塚。
富野はアトムで最も多く演出を担当することになる。

次に虫プロ常務の穴見薫。
富野は虫プロの制作体制に不満を持ち始めただが、
虫プロの現場を経営面から支える穴見は、富野の不満を受け止めていた。

穴見は手塚治虫版ディズニーランド「虫プロランド」の構想を富野に打ち明ける。
富野は感銘し穴見と仕事をしたい(カバン持ちでもいい)と思うようになる。
しかし穴見は亡くなり、穴見の死は富野が虫プロを辞める遠因となる。

虫プロ退社後は、アニメから離れ広告代理店で働き
専門学校でアニメの講師として仕事をする。
その後広告代理店の社長の死によって結局アニメ業界に戻ることになる。

アニメ業界に戻った富野は、出崎統、長浜忠夫、高畑勲、宮崎駿と出会う。
出崎からは「あしたのジョー」(1970年)でアニメでも
演出次第で映画になるという事を学び、
固有の才能を持つ出崎に完膚なきまで叩きのめされたと語る。
ここで出崎統的な立体感ある演出を取り込んでいくことになる。

長浜からは作品の企画の根本を押さえれば、
自分の色が出ることと音響演出の重要性を学ぶ。

「アルプスの少女ハイジ」(1974年)「母をたずねて三千里」(1976年)では
高畑勲から出崎とは別の意味で演出、
自然主義的なリアリズムある映像のつくり方を学ぶ。
富野演出は、出崎の表現主義と高畑の自然主義の融合がベースとなっている。

またタツノコプロではコンテ演出を一貫しての仕事が大きな経験となる。
さらに先ほど挙げた方以外にも様々な作品で絵コンテを切った経験が蓄積となる。

多数の現場を渡り歩き、「海のトリトン」(1972年)
「勇者ライディーン」(1975年)以降、
富野がオリジナルアニメの監督ができる場所として、
虫プロの流れを汲む日本サンライズ、現在のサンライズと出会う。
「無敵超人ザンボット3」(1977年)以降は、
サンライズをメインホームに「機動戦士ガンダム」を生み出していく。

おわりに

福井晴敏が富野を「ガンダムを創った方」と評したが、歴史的にはこの指摘が正しい。
それでも私は富野をまず「演出家」「監督」として位置づけて捉えていきたいと思う。
それは監督自身が自身を「作家」ではなく「職人」であることに矜持があるから。

富野作品を好きなのは、組織と人の業を希望も絶望も全て丸ごと描き続けること。
常に未来への人のあり方を説き、エンタメ感溢れる映像で見せていくことにある。

アニメの面白さとアニメの可能性を見せてくれたのは富野作品だった。
富野作品は年を経れば経るほど面白みを増していく。今後も事あるごとに見ていきたい。
 
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[ 2018/01/03 04:37 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選 

話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選

ルール

・2017年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。

1 魔法つかいプリキュア 49話
2 けものフレンズ 3話
3 エロマンガ先生 8話
4 異世界はスマートフォンと共に 1話
5 プリンセスプリンシパル 6話
6 メイドインアビス 13話
7 少女終末旅行 6話
8 ブレンドS 9話
9 Fate/Apocrypha 22話
10 このはな綺譚 4話


1 魔法つかいプリキュア 49話

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大人になったみらい達を描いてプリキュアの物語のさらなる可能性を示した。
作画演出ともに最高潮でシリーズを通してスタッフのテンションが高かったことを感じさせた。

2 けものフレンズ 3話

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けものフレンズの新しい世界を旅するロードムービー的雰囲気が一番伝わった回。
トキとアルパカのキャラが強烈でどっちも好き。

3 エロマンガ先生 8話

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注目の演出家若林信さんの絵コンテ・演出回。
原作ものだけど作り手がいるぞという気概を感じさせる絵作りが良かった。

4 異世界はスマートフォンと共に 1話

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主人公の虚無性(葛藤や悩みといった内面を感じさせない)と
演出の虚無性(ひたすらじわPANで画面をもたせる)が絶妙にマッチングして
異世界スマホの世界観を突きつけてくれた。

5 プリンセスプリンシパル 6話

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シリーズ構成・脚本の大河内一楼さんには
大河内さんの中にある富野成分を期待して作品を見ているが、
私に反応する富野成分がこれでもかとにじみ出た回。
家族の理解のボタンの掛け違いを見せるのが上手かった。

6 メイドインアビス 13話

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(このカット大好き)

グロいのも凄かったし、泣きの演技も凄かった。
何よりEDでのたっぷりと画面を見せてくれる演出に痺れた。
これだけ余韻あるEDは∀ガンダムにも匹敵するなぁと思った。

7 少女終末旅行 6話

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空を飛べそうで、飛べなかったという展開が好き
希望が無い世界で、でも飛べれば何かが変わるかも。
イシイの思いが伝わってくるかのようだ。

8 ブレンドS 9話

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コミカルな作品だけど、シリーズの中でも一番上手くコミカルに見せていたと思う。
コミカルなアニメは画面分割するのが良いと思う。松本顕吾さんの演出が冴える。

9 Fate/Apocrypha 22話

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こと作画に関しては2010年代を代表する1本の仕上がりだろう。
この回に参加した若手アニメーター達が
今後のアニメのアクションを支えていくのだろうと予感させた。

10 このはな綺譚 4話

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蓮が可愛いことがやっとわかった回。
よって蓮が大杉漣の転生体であることが確信的となった回でもあった。

以上。
来年は良いアニメ年でありますように。
 
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[ 2017/12/31 20:14 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

話数単位で選ぶ、TVアニメ10戦 

話数単位で選ぶ、TVアニメ10戦
 

ルール
・1963年1月1日~2017年12月31日までに放送されたTVアニメから10本選定 
・1作品につき上限1話 
・順位は付けない
戦闘(アクション)メイン回から選定


 ①蒼き流星レイズナー 28話「クスコの聖女」
 

脚本:星山博之 絵コンテ・演出:今西隆志 作画監督:貴志夫美子 メカニカル作監:吉田徹  

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2部でのエイジ(レイズナー)とゴステロ(ダルジャン)の戦い回。
レイズナーのアニメアール回は谷口班と村中班と貴志・吉田班の3つがあり
どの戦闘回も甲乙つけがたいが、質・量、キャラ同士の掛け合いの点でこの回が好き。

ゴステロが聖女さんたちを次々にどけていく、裸にされるジュリア、
ザカールのキラキラ感など色々好きなポイントが多い。


②魔神英雄伝ワタル 45話「輝け!創界山の虹」

脚本:小山高生 ストーリーボード:高橋資祐 演出:近藤信宏 作画監督:中村旭良

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ワタルとドアクダーの最終決戦。
ワタルはスタジオライブ回と中村プロ回の作画合戦が見所で、この回は中村プロ回。
美麗かつ濃い絵柄でたっぷりアクションするのもポイントだが
何より物語的に盛り上がるので好き。


③宇宙の騎士テッカマンブレード41話「エビル・蘇る悪魔」 

脚本:山下久仁明 絵コンテ・演出:吉田英俊 作画監督:佐野浩敏

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キャラデの佐野浩敏が唯一作画監督として参加した回。
サンライズ2スタ系→ボンズ的な原画陣が集まっている。
タカヤとシンヤの生身のアクションが冴に冴え渡る。

番外編としてLD特典の「TWIN BLOOD」もおすすめしたい。


④魔法騎士レイアース 第30話「ノヴァと悪魔の魔神レガリア」
 

絵コンテ:きくちみちたか 演出:元永慶太郎 作画監督:石田敦子
 
  
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レイアースは1部(1話~20話)と2部(21話~49話)で分かれるが
2部から絵柄や影がこってりし始める。そして作画的に最初の頂点を迎えるのが30話。
大張・山根系のロボットアクションによる
光(レイアース)とノヴァ(レガリア)の戦いがたっぷり見られる。 


⑤天空のエスカフローネ 2話「幻の月の少女」 

脚本:山口亮太 絵コンテ:赤根和樹 演出:吉本毅 作画監督:工原しげき 

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学生時代エスカフローネは何話まで見れば良いのかという議論が起こった時 
「2話だけ見れば良い」という結論に達した程の名回。
 エスカフローネ起動からのガイメレフとの重厚感と
人とガイメレフの対比も見事に描かれているアクションが見事。
特に戦闘メインのBパートは中村豊の代表的な仕事の一つで140カット担当。


⑥るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 第三十幕「復讐の悪鬼・志々雄真実の謀略」

脚本:島田満 絵コンテ・演出:古橋一浩 作画監督:柳沢まさひで 

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剣心と斎藤一が唯一戦う回。目が離せないほどの死闘。
紫を基調とした色彩の画面で戦うのが今後の暗雲を予感させて良い。


⑦OVERMANキングゲイナー 14話「変化! ドミネーター」 

脚本:浅川美也 絵コンテ:横山彰利・斧谷稔 演出:横山彰利 作画監督:吉田健一

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キングゲイナーはオーバースキルなアニメーションに満ち溢れているが、
 その中でも特筆して話題にもなった回。
ドミネーターの自由自在なアニメーションが心を掴んで離さない。


⑧NARUTO 133話「涙の咆哮! オマエはオレの友達だ」

脚本:隅澤克之 絵コンテ・演出・作画監督:若林厚史

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30話・71話と続いた、若林回(若林・井上敦子・松本憲生)の頂点。
既に語り尽くされている回ではあるが、
話の面白さと作画(アクション)の面白さが高次元で
成立しているのが後世まで語り継がれる理由だろう。


⑨ViVid Strike! 8話「勝者と敗者」

脚本:都築真紀 絵コンテ:飯野まこと 演出:吉田俊司
作画監督:宮地聡子、大塚あきら、大西秀明、中西和也、服部憲知、坂田理
飯塚葉子、保村成、河本美代子、石井ゆりこ、土屋祐太、飯野まこと

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ヴィヴィオとリンネの戦い。
意外性ある展開と決着、そして決着に至るまでの構成がお見事。
都築作品の美少女にガチ格闘モノをやらせた意外性が面白さに繋がった。


⑩Fate/Apocrypha 第22話「再開と離別」

脚本:三輪清宗 絵コンテ・演出:伍柏輸 作画監督:伍柏輸 浜友里恵 りお

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エフェクト!アクション!エフェクト!!エフェクト!!!アクション!!!
と言いたくなるぐらいの質・量ともに素晴らしいアクション。
爆破も煙もエフェクトもイメージを喚起させるものが次々に出てくる。
2010年代のアニメで代表的なアクション回に仕上がっているのではないだろうか。


とりあえず以上。来年以降にこの10戦を塗り替えるアニメが出てきてほしい。
 


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[ 2017/12/23 23:02 ] ニュース | TB(0) | コメント(-)

富野由悠季と岡田麿里、そして故郷 

11月18・19日のちちぶ映画祭でアニメツーリズム協会のシンポジウムが行われた。
シンポジウムの冒頭、協会会長の富野監督から挨拶があった。

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挨拶の内容として開催場所の秩父という事から
「あの花」「ここさけ」の脚本家の岡田麿里さんへの言及があった。
(富野監督は直接岡田さんの名前は出してはいなかったが)

そこで富野監督は岡田さんと一緒に仕事をしようと思った時期もあり
岡田さんと付き合ったこともある
と話していた。

10月22日のアニ玉祭でのアニメツーリズム協会の講演会でも
富野監督は岡田さんの自伝を読んだ上で言及していた。
それは「あの花」「ここさけ」と聖地巡礼の勉強のために
富野監督は岡田さんの自伝を読んで岡田さんを知ったのだと思っていた。
ただ自分の作品に関わっていない脚本家について言及するのは
極めて珍しいとは思っていた。そうではなく知人の本として読んだのだとわかった。

富野監督と岡田さんが一緒に進めていた仕事は気になる。
表に出ている企画ならGレコだが、そうでなければわからない…。

富野監督はアニ玉でもちちぶ映画祭でも
岡田さんに対する言及内容は一緒だった。
その内容は以下のように要約できる。


"自閉症だった彼女がアニメの脚本を通して
客観的に秩父を描くことで、自閉症を脱して大人になれた。
アニメを作るときは客観的に対象を見られる。
アニメの性能はリアリズムを見直す時に良いのではないか。"


富野監督は岡田さんが故郷の秩父をアニメを通して描いた時に
自閉症を脱して大人になったことにとても興味があるようだ。
それは富野監督自身も故郷の小田原に複雑な思いを抱いているからだろう。

共通しているのは富野監督と岡田さん共に
若い頃に故郷が嫌だった時期があり
上京してアニメの仕事で成功を収めてきたこと。

岡田さんの故郷に対する思いに
富野監督はシンパシーを覚えたのではないかと推測する。

故郷秩父を舞台に少年少女の等身大の青春を描いた岡田麿里。
遥か未来を舞台に故郷へ帰還する物語を描いた富野監督。
この二人の仕事を故郷を通して見ると新たな視点を得られるのかもしれない。
 
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[ 2017/11/24 22:43 ] 富野由悠季 | TB(0) | CM(0)

ハイジが生まれた日――テレビアニメの金字塔を築いた人々・もう一つの「バルス」 -宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代 

今月読んだ本の紹介。



① ハイジが生まれた日――テレビアニメの金字塔を築いた人々 ちば かおり (著)

日本テレビアニメの金字塔「アルプスの少女ハイジ」がどのようにして生まれたのか。
そのルーツと制作秘話を当時のスタッフの取材を通して描いていく労作。

まず企画の瑞鷹の高橋茂人さんの生い立ちからハイジの企画の根本を探る内容。
高橋さんの中国の天津租界での生活がハイジに繋がるというのが興味深かった。
他には高畑・宮崎・小田部氏達のスタッフの制作手法を通して
ハイジがいかに惜しみない工夫と労働を費やして制作されたのかを描いている。

個人的にはスタッフの高野登さんがハイジの1話を
「ハイジが山へ登るだけの話なのに面白い」と評していたのが面白かった。



「アルプスの少女ハイジ」については
本著と「幻の『長くつ下のピッピ』」を読むことで作品の輪郭は見えてくると思う。





② もう一つの「バルス」 -宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代 木原 浩勝 (著)

「天空の城ラピュタ」の制作進行で、現在は作家の木原浩勝氏による創作秘話。
木原氏がなぜアニメ界の門を叩き宮崎アニメに関わっていったのか。
作家らしく起伏あるストーリー仕立てのような内容でスラスラ読める。

宮崎氏が様々なコンテ案やアイディアを木原氏に語りながら
苦心して絵コンテを切っていたエピソードが秀逸。
「失敗は許されない」という宮崎氏の言葉には
当時の宮崎さんの立場がにじみ出ている。

ジブリ関係の本ではあるが
本の中で鈴木敏夫氏の名前を見かけないのが逆に新鮮だった。
 

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[ 2017/08/31 22:47 ] ニュース | TB(1) | CM(0)

夏コミ新刊「Vivid Impressions!」の紹介  

夏コミ(C92)にて、アニメ「ViVid Strike!」感想本
「Vivid Impressions!」を頒布します。

びびすと表紙告知用

表紙:エーテライト

<概要>
頒布日:8月13日(3日目)
スペース:東U37b
サークル名:失われた何か
頒布価格:300円

<目次>
・予想は裏切り期待を裏切らない作品…おはぎ(@ohagi2334)
・ノーヴェの物語としての『ViVid Strike !』 …メイ・ナカハラ(@nakaharamei)
・『ViVid Strike!』についての覚書-「なのはViVid」との比較を通して…古戸圭一朗(@kei_furuto)
・繋いだ手の中で(マンガ)…磯貝佑司(@isoisoyuji)

当サークルにとって富野監督関係以外の初めての同人誌になります。
レビューあり、マンガありのバラエティな感想本になっています。
当日はぜひ3日目 東U37bにお越し下さい。
 
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[ 2017/08/13 00:00 ] ニュース | TB(0) | CM(1)